ゆちりち

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第十七章 《 冒険を唄う人 》

 高速を降りた車が停まったのは、変哲もない田舎町。周囲は田畑に囲まれ、遠くには真っ白な山が連なっているのが見える。
 道端には降った雪の名残があり、気温も低いため出歩く人は少ない。
 片側を桑畑、片側を養鶏場に挟まれた路肩に車を停める。これから伺う家は養鶏場を経営しているらしい。
「少し待っててね。すぐ戻ってくるから」
 僕と小春の交流を産みだしてくれた地球儀は取り上げられ、両親は母屋のほうへ歩いていった。
 さて、次はどんなものと交換してくるのだろうか。ブリキの玩具も地球儀も、価格を鑑定してもらったわけではない。どんなものを持って来られても、どれくらい価値が上がったのかは結局良く分からないだろう。
 姉ちゃんは最後部座席で寝息を立てており、弟もどうやら眠ったようだ。ここがキーホルダーを渡すチャンスと思いきや、小春もウトウトと小船をこいでいる。
 僕は溜息を漏らすと、財布の中に入った貝殻のキーホルダーの感触を意識しながら、静かに車外の風景を眺めていた。
 田畑に挟まれた細い通りは遠くまで続いている。道のずっと遠くに、豆粒のような人影が見える。あんなに小さく見える。あの人は何キロ先に見えているのだろうと考えた。
 みんなが寝静まった耳鳴りのする車内で、手持ち無沙汰に小春の寝顔をちらちらと覗き見て時間を潰す。
 再び窓の外を見ると、まっすぐ続くあぜ道に見えていた小さな人影が、少し近づいてきているように見えた。こちらに向かって歩いてきているようである。目を細めて凝らして見ると、なんだか異様な体型をしているように見えて、少し恐くなった。頭が異様に大きい気がする。
 鳥肌を立てて、あの人影がこちらに来ないように祈った。小春の寝顔を見て心を落ち着けてからもう一度、一本道を歩く人影に目を凝らす。
 こちらに向かって歩いてきていることは間違いない。どこかで道を折れるにしてもわき道はなさそうだ。このままでは間違いなくこの場所までやってくる。
 五分ほどすると、容貌がだいぶ明らかになってくる。よく見ると、頭が大きいと思っていたのは、実は大きな荷物を抱えているからで、よく登山家が背負うような大きなリュックサックの上部に、寝袋かなにかを撒きつけているらしい。
 ただの人だと分かると、安堵とともに興醒めした気がした。正体が分かると興味も失い、僕は財布からキョンキョンの生写真や貝殻のキーホルダーを眺めて過ごした。
 どれくらい時間がたっただろうか。両親はまだ戻ってこないのかと窓の外に目を向けると、車の傍で四つんばいになっている人を発見した。ぎょっとして注目すると、果たして先ほど大きなリュックサックを背負って歩いていた男性のようあった。荷物に押しつぶされそうになりながら四つんばいで息を付いている。明らかに様子がおかしかった。
 どうしたものかと逡巡したあと、良心に従って行動しようと決めて、僕は窓を開けて「大丈夫ですか?」と声を掛けた。
 青ざめた顔を起こした男性が、大丈夫だと左手を挙げて見せた。
「ちょっと疲れただけだから。ここで少し休んでもいいかい?」
 思いのほか若い青年が訊ねてきた。どうして僕に訊ねるのだろうと不思議に思いながら「どうぞ」と返事をした。
 青年は辛そうに荷物を地面に降ろすと、深海から水面に這い出たかのように天を仰いで息をついた。
「誰?」
 僕の声で目を覚ましたのか、小春が小声で僕に訊ねてきた。
「知らない人。なんだか調子が悪いみたいで、少し休んでるんだ」
「あんなところで?」
 あんなところで。
 なんだか僕があの青年を道端なんかで休ませているみたいな言い方に聞こえて、慌てて「車の中に呼ぼうか」と提案した。
「でも、知らない人だよ」
 小春は怪訝そうだ。どっちなんだよ、と僕が小春に言えるわけがない。
 どうしようか迷っていると、両親が戻ってきて、道端に座り込む青年を発見した。
「どうしたの?」
 母親が僕と青年を交互に見ながら訊ねてくる。小春に話した内容と同じ言葉で母親に説明すると、「あんなところで?」と、小春と同じ反応を示す母親。
 父親が青年の正面にしゃがみ込み「どうしたあ」と訊ねると、「疲れてしまって」と青年は消え入りそうな声を上げる。
 父親が青年にあれこれ尋ね終えると、窓から顔を出す僕と小春に向かって言った。
「なにか飲み物あっただろ。なんでもいいから寄こせ」
 父親の命令に、僕と小春は顔を見合わせる。小春が買ったファンタオレンジを渡すと、青年は一瞬にして飲み干した。


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