ゆちりち

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第十四章 《 冒険の二日目の夜 》

 さて、小春はどこまで認識していたのだろうか。僕らの悲劇的な旅は決して悠長な旅行などではない。
 それに小春が気づくのは、ワンボックスカーが夜の河川敷に停車したときだった。
「どうしたんですか?」
 涙のリクエストの冒頭部分ばかり繰り返し歌う弟の声がする中、小春が不思議そうに訊ねる。
「今日はここに一泊することに決めた」
 父親の言葉に、小春は言葉を失う。
「泊まるって……」
 僕は心苦しくも説明した。
「ホテルに泊まるお金なんてないんだ。昨日も車の中で泊まったんだよ」
 こんな表情をする小春を始めて見た。姉ちゃんがのんきな声を出す。
「ま、近くに銭湯があるみたいだからお風呂は大丈夫よ。明日には新潟だから、一晩くらい大丈夫でしょ、小春ちゃん」
 と勝手に決め付ける。
「え、ええ」
 年頃の女性である。こんなわけの分からない一家と、狭い車の中で身体を折り曲げて寝る羽目になるなんて想像すらしていなかっただろう。
「それじゃ、お風呂行くわよ」
 母親の合図で、僕らは車を降りた。
 口数の少なくなった小春と夜の道を歩く。僕の前方は姉ちゃんが歩き、その前を両親と、両親に挟まれた弟が歩く。
「ねえ、晋之介くん」
 小春が声をかけてきた。なんて質問する気なのか、大体分かっていた。
「晋之介くんたちは、新潟になにしに行くの? スキー? 観光?」
 そう思うのが正常だ。
「新潟になにをしに行くのは分からないんだけど……」
 正直に話していいものか。いい恥さらしなのではないのか。
「わらしべ長者って知ってる?」
「わらしべ長者? 言葉の意味? それとも民話の?」
「どっちでも」
「知ってるけど……まさか」
 察しの良い人で助かった。
「地球儀が車の中にあるでしょ。あれって、前はブリキの玩具だったんだ」
「あの村にいたのって、もしかしてそれが理由?」
「親戚の家に、ブリキの玩具をもう少し価値のあるものと交換してもらいに行ったんだ」
 小春は目を丸くした。当然呆れるだろう。僕だって同じだった。ところが、小春はすぐに目を細めるとケロケロと笑った。
「面白いご両親だね。なんか楽しそう」
「楽しそう?」
「いいなあ。私の両親もそんな遊び心があればなあ」
 遊び心などではない。あの両親は(あるいは父親は)本気で物々交換の旅に人生を賭けているのだ。
 可愛らしく声を上げていた小春は「ところで」と改まって僕を見た。
「物々交換の旅なら、終着点があるよね。どんなものが手に入ったらゴールなの?」
「一戸建て」
 小春の笑いがぴたりと止まった。
「一戸建てって。それまで日本中旅するの?」
 僕は物言わず小春を見返しただけだった。それが現実になることだけは避けたい。できれば冬休み中に帰りたい。
「思ったんだけど、一戸建てを手に入れるまでに車で移動したら、ガス代とか馬鹿にならないよね。ブリキの玩具の玩具と地球儀、そんなに価値が違うとは思えないし。赤字になるんじゃ……」
 分かってるよ、そんなこと。僕が返答に窮していると、小春は無理に笑って「そういう旅行だもんね。楽しければいいんだよね」と取り繕った。
 そういうことにしておいてください。
 心の中でお願いした。

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