ゆちりち

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第九章 《 冒険の素敵な出会い 》

 落雷のような母親の迫力のショックに一時記憶喪失になった弟だが、またいつエリマキトカゲ発作を起こすか分からない。どうにかして明日までにエリマキトカゲ見物の延長する案を考えなくてはならなかった。真冬にまた氷点下を味わうのは御免である。
 獣道を終えると、閑静な農村が見えてきた。見渡す限りがこの村の全容らしく、付近に人影は全くない。
「恐いわね。こういうことろに猟奇的な変態って居るもんなのよね」
「リョウキテキってなに?」
 訊ねると、姉ちゃんは嫌らしく笑って「ケ・ダ・モ・ノって意味よ」と答えると、母親の悪霊のような視線を感じ、姉ちゃんは誤魔化すように欠伸をしてみせる。
 ちょうどその頃、車が停車した。とても広い敷地に豪華な文化住宅が建っており、人影はないが庭園や建物は綺麗に手入れされているのは一目で分かった。
「ちょっと待ってなさい」
 そう言って、父親と母親二人で車を出て行った。
 車内から住宅へ歩いていく両親の後姿を見ながら、不思議に思った。
「あんなブリキの玩具なんか、高価なものと交換してくれるのかな」
 弟が窓から外にシャボン玉を吹いている様子を眺めながら姉ちゃんが「金持ちそうだから大丈夫じゃない」と気のない返事をした。
「でも、なんでこの家なんだろう」
 姉ちゃんが眠たそうな顔を向ける。
「あんた、覚えてないの?」
「覚えてないって、なにを?」
 姉ちゃんは口を尖らせて、目をくるりと回して見せる。
「そっか、あんたは小さかったもんね。覚えてるわけないか」
「なにを?」
「私も家を見て思い出した。ここ、お父さんの妹の家だよ。つまり私達の叔母さんの家」
「親戚なの?」
「そう。身内なら物々交換なんて馬鹿らしいことにも付き合ってくれると思ったんじゃないの?」
 ふうん、と鼻を鳴らし、冬の寒空に紛れていくシャボン玉をぼんやり眺めた。
 父親がブリキの玩具を一体なにと交換してくるのは少し興味がある。果たして価値のある物と交換してこれるか期待は出来ないが、物々交換で価値のある物を手に入れ、一戸建てを手に入れるという話には、少なくとも夢があった。
「どんどん価値のないものと交換して、最後はこのシャボン玉みたいに弾けて消える結末にならなきゃいいけどね」
 現実を考えれば、それはそれで早く帰れるので好都合である。
「あのブリキの玩具って――」
 言いかけて僕は口を噤んだ。何か音がした気がしたからだ。
 ――コンコン。
 ノックする音。一度、姉ちゃんの顔を見てから、次に姉ちゃんの視線の先を見る。
 ワンボックスカーの後部座席のスライドドア。その窓の向こうで、窓をこつこつと叩く人がいた。
 不思議に思ってもう一度姉ちゃんを見ると、姉ちゃんは身を乗り出して後部座席のドアを開けた。
「突然すみません」
 丁寧にお辞儀して見せたのは、若い女性だった。まだ成人していない、ともすれば高校生くらいの女の人がいた。
「もしかして、村の外から来た方ですか?」
 彼女は愛想良く尋ねてくる。
「そうだけど、どうしたの?」
 姉ちゃんが答えると、彼女は「実は、山の麓の町まで連れて行ってもらえないかなって思って。もし、町に行かれるのならですけど」とにっこり笑った。
 姉ちゃんは僕を見る。僕を見られても決定権はない。姉ちゃんは「ま、とりあえずパパに相談してみるよ」と答えた。
「本当にすみません。麓の町にいくには日に二本しかないバスを待たなくちゃいけないんです」
 ま、寒いから乗って待ってたら? という姉ちゃんの提案に、すみませんとお辞儀しながら車内に入ってきた。
「ご両親はどちらに行かれてるんですか? もしかして正面の家ですか?」
 彼女は笑顔で気さくに話しかけてくる。僕と目が合ったが、とっさに逸らした。僕の幾つ年上なのだろうか。
 姉ちゃんは弟から奪ったシャボン玉を、窓の外に吹かしながら答える。
「そう。あの家に訪ねてるの。少し待てば戻ってくると思うし、この村には長居しないからすぐに出発だと思うよ」
「乗せていってもらえるでしょうか」
「大丈夫じゃない?」
 姉ちゃんは素っ気無く答えると、沈黙が流れた。僕がちらりと彼女を見ると、にっこりと笑顔が返ってきた。笑って目を細めると彼女の表情はとても優しい形になる。
「私、小春っていいます。君はなんていう名前?」
 言葉遣いに、少しだけ子ども扱いされた気がした。
「晋之介です」
「晋之介くん? 幾つなのかな」
「十二です。中学一年生」
「私は十八歳。大学一年生。どうもよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
 つん、と姉ちゃんが後ろの席から僕の後頭部を突付いた。
「なに意識してんのよ」
 この馬鹿姉ちゃんが。そんなこと言ったら気まずくなるじゃないか。
「小春です」
 小春は姉ちゃんにぺこりと頭を下げる。
「小百合です。小百合さんって呼んでいいよ」
 さん付けで呼んでいいよ、とは何かおかしくないだろうか。
「小百合さん、そちらの子は?」
 シャボン玉を飛ばすことに夢中で、まるで車内の様子を把握出来ていない弟は、姉ちゃんに後頭部を突付かれて振り返る。
「ほら、このお姉ちゃんにご挨拶しな」
 弟はきょとんとしながら「俊彦です」と語尾を跳ね上がらせながら、子供らしく自己紹介した。
「こんにちは俊彦くん。私は小春です。皆さん家族旅行ですか?」
 姉ちゃんは「ふん」と鼻先で笑って「そのようなものね」とやる気がなさそうに答える。相手が女だと無気力になる人間だ。
 姉ちゃんの失礼な態度に業を煮やし、僕が口を開いた。
「小春ちゃんはどこに行くんですか?」
 小春がこちらを向いた。質問したくせに、顔をそむける僕。
「私も旅行」
 そう答えたとき、弟が「あ、帰ってきた」と声を上げた。窓の外を見ると、立派な庭を横切って、こちらに歩いてくる両親の姿。険しい顔で何かを会話している。父親の手に握られたのは地球儀だった。物々交換に成功したらしい。我が家の資産はブリキの玩具から地球儀に変った。
 すると、両親が歩いてくる背後の玄関から、家主と思われる夫婦が飛び出してきた。慌てた様子に何事だと注目していると、夫婦は必死な形相で手に持っていた粉を両親の背中めがけて投げつけた。何かを叫んでいるようだが、言葉の内容まで聞こえてこない。
 酷く怒っているようだ。粉を浴びた両親は背中を丸めて、逃げるように車に駆け戻ってきた。
 車を大きく振動させながら車に乗り込んだ両親は、物言わずエンジンをかけると、地球儀を後部座席に投げて寄こす。意図せず僕がキャッチする羽目になった。
「ろくなもんじゃねえ」
 父親がそう呟いたのが聞こえてきた。


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