ゆちりち

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第八章 《 冒険の最初の目的地 》

「物々交換してくれそうな人のところにいくのよ」
 母親がようやく説明した。
「それで、なんでわざわざ山梨まで?」
「なんでって、そんな遠くないでしょ」
「なんで隣の県まで来なくちゃいけないのよ」
「交換してくれる宛が他にないからよ」
 母親がのらりくらり平然と答えるので、母親に似た性格の姉は観念するしかなかった。
「ねえ、エリマキトカゲは?」
 弟が嫌なことを思い出す。すると途端に母親は「後部座席にいってな」と爆弾を僕に投げて寄こした。
 思い出した。こういう母親だった。いやだと思うことは一切合財僕に押し付ける。都合の悪いときに僕を利用したいためだけに「利口な子」「優しい子」などと普段から僕に人格を刷り込んでいるのだ。
「エリマキトカゲは遠い場所に居るんだよ」
 僕の苦し紛れの釈明は、すぐに足元を救われる。
「遠いってどこ?」
 子供は我慢弱い。遠いといっても、弟の最大限の譲歩できる遠さはせいぜい一時間の距離。
「明日くらいに見れるかな」
 僕の回答に不満げな弟だが、そう言われては弟だって納得せざるをえないはずだ。そんな浅はかな見通しは裏切られ、弟は執拗に食い下がった。
「やだよ。昨日はすぐ見れるって言ったでしょ。すぐ見たい。今日見たい」
「うるせえ!」
 父親の怒号が車内を痺れさせた。竦み上がって背筋を伸ばす僕と弟。
「ごちゃごちゃ抜かすと飯抜きだぞ!」
 ばちーん!
 派手な音がした。ヒートアップしていたはずの車内の空気が瞬時に氷点下になり、時間が止まったように凍りついた。
 ばちーん、とは助手席から母親が父親に張り手を喰らわせた音である。
 父親が心外そうに悲しげな顔をする。
「子供に怒鳴るんじゃないよ」
 低い声。
「……」
 父親に言葉はない。真っ赤に染まった頬がダメージを物語る。
「事故んないでよね」
 まったりした姉ちゃんの声が、妙に異質に感じた。


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