ゆちりち

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第七章 《 冒険の始まりの再開 》


 青年を病院から一人暮らしのアパートまで送り届けると、後部座席で寝息を立てる姉ちゃん以外は、一切口を開かなかった。
 窓の外を流れる夜の風景を眺めながら、ふと考えた。
 あの青年は、また家族と仲良く暮らしていける日々が戻ってくるのだろうか。それとも、失われたものはもう取り戻せないのだろうか。ぼんやり青年の未来を想像する。答えはでないまま、胸の奥にずきずきとわだかまりがうずき続ける。
 沈黙が流れ続ける車内で、最初に口火をきったのは父親だった。
「さて、そろそろ眠くなってきたぞ」
 やっと帰れる。そう思った。ここからなら家まで来るまで十分かそこら。
 それなのに。
 途中のスーパーで購入したカップラーメンの夕食を終えると、車は河川敷に停車した。エンジンが止まると、母親はいそいそとトランクから人数分の毛布を取り出して家族に配る。
 なんと、そのまま車の中で就寝となったのである。
 弟はキャンプ気分ではしゃいでいたが、僕はこの旅が一日や二日で終わらない事実を思い知らされ、打ちのめされたのだった。
 好きな女の子との初詣。
 大晦日から正月の特別テレビ番組は一切見れず、新学期が始まってから僕は一切友達との会話についていけなくなる。
 座席に横になると、窓越しに星空が見えた。素直に綺麗だと思ったが、星々の輝きは、今夜ばかりは切なげに明滅しているように見えた。
 やがて夜もふけたころ、父親の悲壮なるイビキ声に一晩中嘖まれ続けることになった。

 

 翌朝、僕が目を覚ますと車はすでに走り出していて、知らない町の風景が窓の外を滑っていた。
「ここはどこ?」
 姉ちゃんと弟はまだ寝息を立てている。振り返った母親は二人を起こさないように「山梨よ」と答えた。
 山梨? 学校の授業で習った地理。日本地図を頭の中に広げる。確か、東京や埼玉の左側くらいにあった気がする。
「どこにいくの?」
 質問して気づく。僕らはどこを目的地として旅に出発したのだろうか。この旅についてはまだまだ疑問だらけである。
 僕の質問は無視されたので、昨日読みかけていた新聞記事の切れ端を捜した。ポケットや財布にはなかった。どこにやってしまったのか。記事を読んでいたのは事故にあった時だ。座席の下に落としたのだろうかとくまなく探したが見つけられなかった。
 そもそも物々交換の旅に出たのだから、最初に交換するための物品が必要なはずだ。それに一体誰と交換する気なのだろう。その辺の人に声をかけて頼むわけにもいかないだろうし。
「物々交換をするんでしょ?」
 思えば、旅の目的を訊ねるのも初めてである。
「そうだ。さすが俺の息子だ。察しがいい。その通り、物々交換をして一戸建てを手に入れる旅だ」
 一戸建て……。それはどれくらい物々交換を繰り返せば終わる旅なのだろう。たしか、新聞の記事には書かれていたような。
「まずは馬鹿息子のブリキの玩具をだな、高価な置物なんかと交換できれば」
 不意に、このカラクリの盲点に気づいてしまった。たとえば一万円の壺があったとしても、二万円の壺と交換してくれる物好きがどこに居るというのだろうか。
 ひどく無計画で幼稚な動機を改めて気づいたとしても、それは酷く疲労感を抱かせるだけなので忘れることにした。
 しばらく沈黙を守っていると、車が異様に揺れだしたので窓の外を見た。車は険しい山道を突き進んでいることに気づいた。さすがに姉ちゃんと弟が目を覚ましだす。
「なによここ。どこに向かってるの?」
「山梨よ」
「山梨?」
 訝しげな姉ちゃんの横で、寝ぼけつつも弟がシャボン玉セットを取り出した。まるで朝起きたら歯を磨くかのように、弟は車内でシャボン玉を噴出したのだ。車内に誕生した無数の球体が運転席まで届くと、父親は「うわあ」と悲鳴を上げてブレーキを踏んだ。
「こらっ! 車内でシャボン玉しちゃいかん!」
 父親が怒鳴ると、弟の顔がみるみる歪んでいき、ついにはウワンと泣き出した。やれやれと母親が「おいで」と手を出すと、弟はブリキ玩具のゼンマイのような声を上げながら母親に抱きついた。
「ねえ、ちょっと。山梨ってどういうことよ。なにこの山奥」
 姉ちゃんが声を上げると「どいつもこいつも、うるせえな!」と父親も怒鳴り返す。「大きな声を出さないでよ」と母親が怒鳴れば、「そんなこといいから説明してよ」と姉ちゃんがかんしゃくを起こした。
 一家全員が起きだすと、途端に車内はグダグダだ。僕は今すぐ外に飛び出して、どこでもいいから走り出したくなった。


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