ゆちりち

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第三章 《 冒険の始まりの悲劇 》


 レンタカー業者と言っても、近所の車修理工が敷地内に汚い車を三台並べて貸し出しているだけである。冠婚葬祭のときに、親戚一同で移動するときなど、良くお世話になった記憶がある。そんな顔馴染みの修理工に借りた車は錆だらけのワンボックスカーだった。
 家族旅行でも行くと思っているのか、浮かれ調子で乗り込んだ弟の様子を不思議に思った。あれだけ嫌がっていた弟をどうやって説得したのだろうか。こっそり弟に訊ねてみる。
「父ちゃんになんて言われたんだ?」
「エリマキトカゲを見に連れてってくれるって」
 嘘だ。そんわけなない。そんなその場しのぎの嘘なんてすぐにばれる。僕は先が思いやられた。
「トシは荷物、なにを持ってきたんだ?」と訊ねると、ポケットから無造作に取り出したのは百円玉一枚とエリマキトカゲの小さな人形。それと、なんのものだか分からない小さな鍵だ。そんなものが弟の宝物なのである。
「絶対その宝物は僕が守ってやるからな」
 そう言うと、弟はにっこりと頷いた。運転席に父親、助手席に母親。座席が三列並ぶ後部座席に僕と弟が並んで座り、一番後ろの広い席に姉が乗り込んだ。
「よし、行くぞ!」
 興奮気味の父親の声に答えたのは、エリマキトカゲを見に行くのだと信じて疑わない弟だけだった。


 レンタカー店を出た車は、周囲に何もない山道を下り始める。周囲は疎らに住宅が存在するだけで、おおむね自然や町工場ばかりである。山を降りて駅周辺まで出なければ、ろくな商店や施設は存在しない。
 走り出した車の後部座席で、ズボンのポケットからこっそり紙片を取り出した。母親に丸めて捨てられた新聞紙の、問題のコラム部分である。わらしべ長者を現実にした男。その続きを読んだ。


「わらしべ長者を現実に再現したのは、現在、愛媛在住の無職の男性Aさん(32)だ。Aさんはそれまで住んでいたアパートを解約して、自転車にて旅に出発した。わらしべ長者という言葉で賢明な方は察していると思うが、Aさんは自転車を元手にして物々交換を繰り返し、最終的に一戸建てを手に入れたのである。
 さて「わらしべ長者」とは日本を代表する御伽噺のひとつで、宇治拾遺物語に「こぶとり爺さん」「すずめの恩返し」などと一緒に収められている。貧乏人が「わらしべ(藁)」を元手に高価なものと物々交換してゆき、最終的に大金持ちになるサクセスストーリーだ。
 教養、道徳としても親しまれるわらしべ長者を地で行くこの男性が最終的に一戸建てを手に入れるまで要した時間は――」


 きー、どかん。


 ああ、そうだ。きー、どかん。この悲劇の冒険は間違いなく、この音と衝撃から始まった。後部座席に乗っていた兄弟たちは軒並み座席の下に飛ばされ、母親の悲鳴が聞こえたあと、何事だと顔を起こした僕の目に最初に映ったのは、顔面蒼白な父親の横顔だった。
 この悲劇の冒険は、人身事故から始まったのだ。



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