ゆちりち

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 -- 無情な神様は、幸福を横から掠め取る --


 借金、兄失踪、お年玉没収など、事件に見舞われる僕の、人生最大最悪の悲劇的な冒険が始まる。少しだけ不思議な青春の御伽噺。


  

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 〔一幕 急ぐ青年〕 0 /1 /2 /3 /4 /5 / 6 / 7/
 〔二幕 女子大生〕 8 /9 /10/11/12/13/14/15/

 〔三幕 吟遊詩人〕 16/17/

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プロローグ 


 以下、僕の日記から抜粋。

 1983年2月
 大好きだったカレン・カーペンターが死去。カレンの存在しない将来に絶望し、希望のなくなった未来に失望する。

 同年4月
 ディズニーランドという遊園地がグランドオープンし、強烈な興味をそそられるが、両親は断固として僕を連れて行かないと決めたようだ。理由は考えられる限り、ひとつしかない。


 同年5月
 このころの僕は、中曽根総理の七三分けが気になって仕方がなかったらしい。あの頭皮にひっついた横分けの髪の下にはどんなミステリーが隠されているのだろうか。バーコードリーダを総理の頭にかざしたら、果たして総理の値段が分かるのだろうか。
 また、弟が肺炎で入院し、僕のお年玉が没収される事件が発生した。


 同年9月
 世間で空前の話題になった家庭用ゲーム機ファミリーコンピュータが欲しくて、ディズニーランドの恨みを晴らすように両親にねだって見せるが失敗に終わる。ところが、兄ちゃんがパチンコの景品で見事ファミコンを獲得し、兄貴面しながら僕にプレゼントする。思えは僕の誕生日だった。ところがゲームソフトがないと遊べないことを馬鹿兄貴は知らず、しばらく僕はゲーム機があるのにゲームで遊べない日々に苦悩することになった。


 同年10月
 三原山が噴火。衝撃的な映像がテレビで放映された。三原山河口付近に、噴火をバックにシルエットとなる人間がテレビで中継された。あの後、あの人はどうなったのだろう。


 同年11月
 パチンコの景品で、兄ちゃんがファミコンのソフトを取ってきた。ところがファミコン知識に疎い馬鹿兄貴が自慢げに手渡したゲームは酷くつまらないカーレースもので、なぜマリオブラザーズを取ってこないのだと思いつく限りの罵倒を繰りかえした。


 同年12月
 兄が置手紙を残して失踪した。「僕は自分探しの旅に出ます」と冷蔵庫にメモ書きを貼り付けて、荷物も持たずに家を出て行ったものだから、家族が失踪に気付くまでに三日掛かった。
 同時に「私はドジでノロマな亀よ」が小学校で流行し、弟がお風呂で口遊んでいるのを目撃する。もちろん、その二つの言葉に因果関係はない。


 1984年1月
 お年玉の使い道で二択を迫られた。ファミコンソフトかディズニーランド。結局ディズニーランドに行く決心をするが、ディズニーランドがどこにあるのかも、どうやって行ったらいいか、さっぱりわからない。頭から反対するであろう両親に相談することも出来ず、後日、学校の友達に相談することにする。


 同年2月
 兄ちゃんが多額の借金を負っていた事が発覚。なんと今年もお年玉が没収される。ディズニーランドの夢、ここに破れる。


 同年3月
 姉ちゃんが大学を中退した。理由はひとつしか考えられない。相変わらず兄ちゃんは帰ってこない。僕はカレン・カーペンターの傷心が癒え、キョンキョンとチェッカーズにはまりだし、強烈にラジカセが欲しくなったが、小学校六年生の僕の欲望など何ひとつ叶えられないことが分かり、カレン死去以来の絶望を味わう。


 同年4月
 ディズニーランド一千万人目の来客がニュースで報道され、苦汁を飲んだ。同時に晴れて僕は中学生になった。また、弟もピッカピカの一年生となる。


 同年6月
 大学を中退した姉ちゃんの就職先が決まった。職種はトルコ風呂。就職してからというものの、姉ちゃんは夜出かけて朝帰ってくる生活になった。その頃、僕はヘソクリを取り出し、チェッカーズのカセットを購入。夜な夜な父親の車のラジカセで息を潜め鑑賞することが唯一の楽しみになる。


 同年9月
 弟が学校で馬鹿にされたと泣いて帰宅する。一人だけエリマキトカゲを見ていない事が原因らしい。近くのイトーヨーカドーに特設会場を設けられており、入場料三百円でエリマキトカゲが鑑賞できるらしい。弟にエリマキトカゲを見せてやりたかったが、ヘソクリを遣ってしまったばかりだ。どうやって三百円を捻出するか必死に悩み始める。ふと自分の誕生日だと思い出し、両親にねだってみるが、全く取り合ってもらえなかった。どうやらそれどころではないらしい。
 なにやら家庭に不穏な空気が流れ始める。


 同年10月
 父が会社をクビになる。以前から分かっていたことらしい。白々しく我が家では退職祝いなる奇妙なパーティが開催された。またパーティの途中、弟が「私はコレで会社を辞めました」と小指を突き立てながら無邪気に連呼していると、普段は鬼のような顔ばかりしている母親が溜まらず泣き出してしまった。


 同年11月
 悲劇的事件が勃発。僕が生まれたときから住んでいた我が家が没収されることになった。正確に言えば貸家なので、払う家賃がなく立ち退きを余儀なくされたのだ。没収されたのは家の中のものだ。部屋中に張り巡らされた「差し押さえ」のシールに、弟が「これはなんだ」と尋ねるが、「あんただって家具におまけのシール張るでしょ」と、母親にわけの分からない理屈で丸め込まれる弟が気の毒だった。弟も気の毒だが、僕だって例外ではない。ファミコンとファミコンソフト。その両方にもしっかりお札は貼られていたのだから。


 同年12月
 兼ねてより世間を騒がせていたグリコ森永事件。キツネ目の男が転任してきた僕の担任教師に非常に似ており、疑いを持ち始める。だが、疑いの真相を突き止める前に僕は再び悲劇に見舞われる。そのきっかけとなるのが読売朝刊の社説だった。その社説を父親が発見してしまったことから、この悲劇の冒険が幕を開けた。
 以上が僕が人生最悪の冒険に出かけるまでの経緯である。

 

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