処女+童貞=○○の法則

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五章 《 揮発的ゴシップによる勃起の確率 》


「そもそも四天王って、ちょっと聞きかじったら噴出してしまいそうな恥ずかしい名前の連中は、いったい何者なのか。僕の知っている範囲で話してあげる」
 天見が言うには、高校にあがってから現れた集団で、粟王というやつがリーダー的存在らしい。そもそも粟王が他の三人を集めたのが最初で、四人で組んで好き勝手しようというのが最初の目的らしい。
「あいつらは界隈を好きなように闊歩して、好きな女の子をものにして、他のやつらを文句を言わせず従わせる存在になりたかった。『四天王』っていうのもあいつらが考えたネーミングで、学校内の派閥を取り込んで大きな組織を作ろうとしているらしい。どこまで大きくなったのかは知らないけど、君も知ってるとおり、学校内ではあいつらに盾つくようなやつはいない。他の学校の友達に聞いたけど、あいつらの名前はそれなりに通ってるらしく、たった四人の存在に、地域でそれなりの暴走族も手をこまねいてみてるんだってさ」
「何でそんなこと知ってるんだよ」
「調べてるからだよ。当たり前だろ。僕は地獄のような日々に甘んじて卑屈に過ごそうとは思わない。今は何も言ってこない薬師寺や春日井だけど、いずれ僕のことを思い出して日々のストレスのはけ口に利用されるかもしれない。そのときに備えて、防衛策は考えておいて不思議はないだろ」
「お前……案外したたかなやつなんだな。それで、その防衛策って何だよ」
「そんなのは秘密だ。君から情報が漏れないとも限らないしね」
 どんな策を用意しているのか、非常に気になったが、追及しても時間の無駄だろう。六郎は別の質問をぶつけた。
「それで、これからどうしたらいいんだよ」
「鮎川の妊娠は確実になった。問題は相手の男だよね。今のところその可能性が高いのは四天王の連中。そして君」
「俺じゃないって言ってるだろ」
「分からないじゃないか。覚えてないんだろ。そもそも六郎は、妊娠相手の男が自分じゃないって証明したいんだろう」
「分かったよ。もう、そういうことでいいからさ。でも、どうやって調べればいいんだよ。直接本人たちに聞くわけにはいかないだろ」
「う〜ん、なるほど。直接本人に聞くか。いい案だね」
「まさか、四天王に話を聞きに行くっていうんじゃないだろうな。そんなことできるわけないだろ」
「そうじゃないよ」
「そうじゃないって……他に本人って言ったって……まさか」
「当事者は四天王じゃない。ここでいってる本人はもちろん鮎川のこと」
 六郎は目を丸くして、半腰を上げた。
「鮎川だって? 馬鹿じゃないのか。妊娠のこと俺たちが知ってるってバラすようなもんだろ」
「バラしたっていいじゃないか。そもそも、君は唯村から聞いて知ってたんだろ」
「噂レベルの話だよ」
「なら、噂レベルの話として聞いたらいい」
「どうやってだよ。あなた、妊娠してるって本当? なんて聞いて、鮎川がちゃんと答えてくれると思ってるのかよ」
「そりゃ、聞き方の問題だよ。この件は僕に任せてほしい」
「本人に聞くつもりなのか?」
「話をしてくる。大丈夫、うまく話すよ」
 うまく話す……。なんだか天見なら本当にうまく話しそうだ。
「……どうやってうまく話すんだよ」
「妊娠は確実だ。なら後は心理戦だね。まあ、見ててよ。本人から情報を引き出してくる」
 
 
 
 以上が、ゴールデンウィークに天見が訪れたときに交わした会話だ。
 ゴールデンウィーク明け、天見は直接鮎川と話をすることにしたらしい。
 連休明けに登校すると、唯村が六郎の席までやってきた。朝のホームルームが始まるまでの憩いの時間。
「六郎、まだ天見と付き合ってんのか?」
 開口一番そう尋ねられて、六郎は「別に」とそっぽを向いた。堂々と「まだ付き合ってるよ」とは言いづらかった。天見とは契約関係。それもあまり公言できないような契約内容である。
 唯村もその件はそれ以上聞かなかった。それより別のことが気になっているらしい。
「鮎川の件なんだけど……」
 後ろめたそうに尋ねてくる。それもそうだ。鮎川の件は、唯村から一方的に断ち切った話題である。いまさら鮎川について何の話があるというのか。
「まだ調べてるのか?」
 調べて、何か分かっても唯村には教えてやるつもりはない。それが一方的に鮎川の話題を断ち切った唯村への復讐だ。
「悪いことは言わない。調べてるんなら、これ以上はやめておけ」
「なんでだよ」
「なんでもだよ」
 やはり何か知ってるような雰囲気。思えばこの噂の発端となった唯村は、最初から何か知っているようなそぶりだった。
「俺が鮎川のこと調べてようが何だろうが、もうお前には関係ないだろ」
「親切心から言ってるんだよ。いいから、もう鮎川のこと気にするなよ。俺がへんなこと言い出したのは謝るから」
 妙に潮らしい。裏に何かあると思った六郎は「何で気にするんだ?」と尋ねると、唯村は周囲をしきりに気にしながら、お得意の小声で言った。
「実は、鮎川は強姦されたらしいんだ。最初、お前に話したときは知らなかったんだけど、お前、俺の彼女に詳しく訊いて来いって言ってたろ。そのとおり、話を詳しく聞いてみたら、どうやら鮎川は強姦されたらしいって。それも処女を。なんだかばつが悪くなってさ、これ以上余計な噂話を立てたくなかったんだ」
 六郎の胸がどくんと振動すると、胸の辺りに走った痛みが、胃、腸、下腹部と徐々に下がってくる。
 やはり、そうなのか。もはや噂の域を出て真実となろうとしている。苦痛ばかり感じさせる現実が六郎の周囲の気圧を上げる。
「強姦されたときにできた子供。こんなこと、軽々しく人に言ってみろ。鮎川の気持ちになって考えてみれば最低だろ。だからお前もいい加減にしとけよ」
 答えない六郎。答えるよりも、必死に周囲に漂う紫色の息苦しい空気を振り払いたかった。
 六郎が返事しないので、唯村は核心的なことを言った。
「強姦の噂はまだ広がってないけど、妊娠しているって噂は結構広がってるらしいんだ」
「広がってるのか?」
 どうしてだろう。噂の根源は唯村だけではないのだろうか。いや、唯村が六郎だけに話したとは限らない。
「その噂をもみ消そうと、四天王が動いてるらしい。この噂話をすると、四天王が来てシメられる。何人か被害が出てんだよ」
「四天王が?」
「不自然だろ。これは俺の勝手な解釈だけど、強姦したのってもしかして……」
 ここまで顕著に事実が表面化しようとしていた。繋がって欲しくなかった辻褄が合おうとしている。
「事実はどうあれ、お前もあまりこのことに首を突っ込むなよ」
 唯村がそう釘を刺したとき、教室に担任教師が現れてホームルームが始まった。
 唯村が自席に戻ろうとする背中を眺めながら逡巡した。
 四天王が噂をもみ消そうとしている? 単純に考えて、そんなことをすれば噂の当人が自分たちだと公言するようなもの。
 その六郎の違和感は、天見も同感だったようだ。昼休みに中庭で昼食をとりながら天見が言った。
「ここで四天王が噂をつぶしまわる不自然さはなんだろうね」
 天見がメガネを押し上げながら逡巡するそぶりを見せる。昼食をとっているのは鮎川の教室が見える中庭である。特に鮎川を監視する理由もなくなったが、この場所が天見との情報交換する定位置となって習慣づいていた。
「噂をもみ消そうとして、逆に不信感を抱かれて、ますます噂が広がろうとしてる。わざと噂を流してる? でも、そんなことして特になんかならないだろうし」
 天見がメガネを押し上げた姿勢で固まる。思考を巡らせている様子。
「勘ぐっても仕方ないだろ。これで四天王が鮎川をレイプした疑惑が深まった」
 六郎が言うと、天見は納得いかなそうに空を見上げた。
「でもなあ。なんか気になるな」
「それより鮎川と直接話したのか?」
 天見はメガネにかかった前髪を丁重にどけると、手帳を取り出して開いた。手帳には細かい字でびっしり文字が敷き詰められている。
「まだ話してない。どうもプランが固まらないんだよね。それに今の話も気になるし。直接会うのは中止かな。それより六郎。病院に行って診察はしたのか? 記憶障害は結構厄介だぞ」
「行ったわけないだろ」
「まあ、そうだね。僕も心療内科は行ってみたけど、あれは人の心を雛形に当てはめて、あらかじめ決まった話しかしないよ。条件によって決まった方向に進むプログラムソースみたいだ。事前に勉強して行ったら、次に医者が言う言葉が、預言者のように読めてきてさ。予定調和に会話して終わったよ」
 医者との会話を予定調和といえるのは、お前のような奇特なやつだけだ。そう言おうとしてやめた。それより聞きたいことがあった。
「なあ、鮎川って子供生むつもりなのかな」
「子供? そんなこと気になるの?」
「ならないのか? 妊娠検査薬は妊娠何ヶ月かは教えてくれないだろ。どれくらいたってるのか。堕ろすにしても早く決断しないと、堕ろせなくなるんじゃないのか」
「別に気にならないよ。だって、鮎川なんて話したこともない赤の他人じゃないか。たまたま妊娠を知ってしまっただけだろ。たとえば地球の裏側に同じような境遇の女の子がいても、君はそんなのどうでもいいことのはず」
「確かに。どうでもいいな。でも、身近で起こった出来事はやっぱり特別だよ。臨場感がまるで違うだろ」
「まあね。見えないところと見えるところじゃ気分が違うね。でも、やっぱり同じことだよ。そこは感情的にならないほうがいいんじゃない?」
「つまんないやつだな。ドラマ観るのも、映画観るのも、感情移入するから面白いんだろ」
「傍観者であることの条件付だろ」
「あたりまえだろ」
 昼食をとり終わると話すこともなくなり、お互い自分の教室に戻っていく。まだ昼休み中の教室はにぎやかで、馬鹿騒ぎする男子生徒や、微妙に股を開いて男子生徒の視線を集めようとする女子生徒の空間に入り込んで、自席にたどり着く。
 一ヶ月前に持ち込んだバイク雑誌を開いて、買いもしないがお買い得な50ccバイクを目で追っていく。
 日常。
 細かい悩み事はあっても、こうして俺は学校にやってきて、暇をつぶし、たまに勉強をして帰宅する。
 それはどこかで、思いもよらないタイミングで失われ、出し抜けに蹂躙されるものかもしれない。
 もしかしたら重大な罪を犯し、その罪に毎晩胸を突き刺されながら生きていくような人生を歩むかもしれないし、天涯孤独の身となって死ぬまで慟哭し続ける人生を歩むかもしれない。
 なにもかもが永遠でないことが急に意識され、恐怖を伴う物悲しさが全身を締め付けた。
 前触れもなく襲ってきた恐怖を、六郎は「嫌な予感」として認識した。何か悪いことが起こる。そう思った。
 こんな悪い予感など、数分後には記憶の彼方に追いやられ、思ったことすら忘れてしまうひと時の遊戯みたいなものだ。いつもはそうだった。だが、今回はそうではなかった。
 突然、教室のドアが開かれた。それはひどい音を立て教室中に響き渡り、にぎやかだった教室に水を打った。
 いっせいに生徒たちが入り口を見た。あからさまに殺気のこもった相貌で教室内を見渡す男がいた。
 あれは、紀乃原。
 四天王の一人である。同級生の紀乃原は長い髪をオールバックに固めており、おおよそ一般的な高校生男子とはかけ離れた般若のような顔をしている。
 その表情を見れば彼が友好的でないことは犬でも分かるだろうし、誰もが災いを避けるように目をそらす。
 紀乃原は鬼のような眼光を周囲に散らしながら、教室に入り込んできた。足音は巨人のように重く、発せられる殺気は死をもイメージさせる。まるで目から光線を放って都心を破壊しながら練り歩く巨大怪獣のように教室内を歩き回る紀乃原。
 誰かを探している。教室にいる生徒たちの顔を一人一人覗き込んでいる。
 誰を探しているのか。
 六郎は気づいた。四天王に関する噂なら、今朝聞いたばかり。鮎川の妊娠騒動の噂をする人間を、四天王がつぶしまわっているという話だ。
 すなわち、それに合致する人間はここに独りいる。もはや頭に入ってこないバイク雑誌をただ目で追う男、六郎である。
 六郎は全身にじっとり汗をかいたのが分かった。まさか、六郎が噂話をしているのを聞かれてしまったのだろうか。
 のし、のし、と音を立てて練り歩く紀乃原。
 紀乃原は六郎の席で足を止める。うつむくようにバイク雑誌に視線を落とす六郎の顔を覗き込んでくる紀乃原。たとえるなら、今夜の獲物を選定する吸血鬼に睨まれたような心境。
「お前……」
 紀乃原が低い声を上げた。全身に不快な電流が流れて、手足がしびれた。やっぱり、俺?
「まあいいや……」
 紀乃原は六郎の元を離れると、再び教室を練り歩き始める。
 俺ではない?
 顔を起こすと、紀乃原は再び足を止めていた。
 足を止めていたのは女生徒の近く。紀乃原は物言わず、彼女を見下ろしていた。彼女も自分が見られているとわかっている。だが顔を上げることはできない。
「ちょっと顔を貸せよ」
 小さな声だった。だが、静まり返った教室内には隅々まで響き渡ったに違いない。
 彼女はうつむいたまま動かない。こうしてじっとして、嵐が過ぎ去るのを待っているようだ。
「聞こえたろ。ちょっと来い」
 彼女は今にも泣き出しそうに肩を張った。女子生徒たちの中には友達を助けようと逡巡している者もいたかも知れなし、女を助けようとする男気が働いた男子生徒たちもいたかもしれないが、誰一人として行動しようとするものはいなかった。
 紀乃原は周囲をじろりと見る。誰もがとばっちりを食ってはたまらんと顔を背ける。
 だって仕方ないじゃないか。紀乃原なんかともめたら、のちのちどんな目にあうかも分からない。そんな心の声が教室中に反響しているかのようだった。
「まあいいや……」
 重低音の鷹揚のない声を上げる紀乃原。
「いいか、勝手な噂話をでっち上げたら、今度こそただじゃすまさねえぞ」
 紀乃原はそれだけを言って、ふたたび重い足音を立てて教室を出て行った。
 紀乃原が教室を出て行くと、真空状態に等しかった教室内に空気が満ちたように、生徒たちは息を吸った。
 とたんに女子生徒たちが、標的になった女生徒の周囲に集まり「大丈夫?」「泣かないで」などと慰め、次には周囲の男子生徒たちに「何で助けてあげないのよ」と理不尽に怒りをぶつけている。
 間違いない。鮎川の噂をする人間をつぶして回る噂は本当だったのだ。具体的に鮎川の名前を出しているわけではないが、前提を知っている六郎には容易に理解できた。
 ただの間抜けだ。鮎川の噂をつぶしまわるようなことをしたら余計興味を引いてしまう結果になる。そんな行動に裏があるんじゃないかと勘ぐってみたが、予想を一周してやはり四天王なにも考えずに行動しているのである。
 力で押しつぶせばどうにかなると信じているのだろう。いよいよ核心に迫ってきた。
 なぜ彼女が困っているときに助けないんだ、という女生徒の罵声と、助けてほしかったら助けてと言え、と言い訳めいた男子生徒の罵声が飛び交う中、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いていた。
 
 
 
「鮎川、転校するらしい」
 天見がまた新しい情報を仕入れてきた。紀乃原が教室に乗り込んでから三日ほどたった放課後の体育館。土曜日の午後、体育館を使用する運動系の部活は遠征試合に出かけており、体育館は無人だった。
 校庭からは野球部の金属バットが奏でる甲高い音だけが響いてくる。それ以外の音は遮断され、明かりも体育館の高窓から漏れてくる光だけ。
 体育館の床に反射する窓の羅列を眺めながら、天見の言葉を聞いていた。
「来月にはもういなくなるみたいだ」
「本人に聞いたのか?」
「いや、実はまだ本人と話してない。このあいだ鮎川が校内放送で呼び出されたの覚えてるか? あの時気になってあとをつけたんだ。鮎川の担任教師の教員室で、二人が話してる会話をこっそり聞いた。例の噂の話はしてなかったけど、近々転校するって言うのは本当みたいだ」
 天見は妊娠の噂を「例の噂」と形容した。紀乃原が六郎の教室に乗り込んできて以来、妊娠というキーワードをできるだけ使用しないようにしていた。学校内では誰が聞いているか分からない。無駄に四天王ににらまれるようなことにはなりたくなかった。
 こうやってお互い仕入れた情報を交換し合って、契約に沿った目的を達成するために交流を繰り返す。
「時間がないってことだね。ここにきてタイムリミットが明らかになった。あと二週間くらいしかない」
「そんなに早く?」
「来月初旬にある高校演劇フェスティバルの直後みたいだね。この学校で最後の活動だから、鮎川は熱心だったみたいだ」
「でも、体は大丈夫なのかな」
「まだ中絶してないのなら、つわりとか厳しい時期だよね。まあ人によってつわりの症状は違うみたいだし、楽な人は楽なんだってよ」
 無人の体育館で、野球部が玉をはじく甲高い音ばかりが聞こえてくるはずの体育館で、誰かの話し声に気づいたのは天見だった。
 天見がおもむろに人差し指を唇に当てる。不穏な空気を悟って、六郎も耳を澄ますと声が聞こえてくる。
 天見が何も言わず、腰掛けていたステージからフロアに降りると、声のするほうに歩いていく。六郎もついていくと、声は徐々に鮮明になっていく。
 ――あの子を狙うのか?
 男の声。天見が振り返って六郎の顔を見る。何か言いたそうだったが、声を上げればこちらの存在が知られてしまう。
 声は体育館の防火扉の向こうから聞こえてくる。ちょうど体育館の裏手になる。
 ――いつやるんだよ。
 ――すぐにでもだよ。
 ――やめておけよ。そんなに好きなのか?
 ――そういうんじゃない。分かるだろ。
 ――今やるのはやばいだろ。
 誰の声だ。
 なにやら不穏な会話から、薬師寺と春日井を想像したが、声が違う。
 ――お前も物好きだな、紀乃原。
 再び天見が振り返った。
「紀乃原……」
 天見の独り言が聞こえてきたが、一人ごとのようだ。
 ――お前も協力しろよ。ビデオの撮影係として。
 ――ビデオ? 冗談じゃねえよ。共犯じゃねえか。
 天見の表情が険しくなる。
 この会話は……。
 ――ほどほどにしとけよ紀乃原。時期が時期だろ。噂も広がってるし、やりにくいんじゃないか?
 ――狙うのはよその学校の女だ。問題ない。それに噂が広がったのは俺の撒いた種だし、きっちり収拾つけてやる。それより、本当に撮影係やる気ないか?
 ――やめとく。
 天見が口元をなでつけながら考え込んでいる。
 紀乃原と話しているのは誰だろう。会話からすると、紀乃原にやめさせようとしている。薬師寺、春日井の声でないのは分かる。親しげな口調。だとするとこれは残る四天王。
 ――まあ、成功したらまた教えてくれよ。
 その声を最後に、紀乃原と誰かがその場を離れていく足音がした。
 その後しばらく、天見はその場で険しい顔をして考え込んでいた。
「おい、天見……」
 声をかけると、今目覚めたかのように天見が六郎を見た。
「今の会話って」
「うん。紀乃原が事件を起こすみたいだ」
「みたいだって……でも、まさか」
「まさかってなんだよ。いま聞いただろ。紀乃原が女を襲うんだ」
「どうしたら……」
 天見がいぶかしげに六郎を見る。
「どうかしたいの? ひょっとして止めたいとか?」
「……いや」
 止めたいのか、といわれた瞬間、保身の感情が先立った。関わればひどい目にあうのが目に見えている。だが、六郎の心はそれを「興味ない」の嘘で納得させようとした。
 だが、胸に広がるわだかまりは心の嘘を許さない。
「僕は興味ないね。それより、気になることがある」
「このことより気になることが?」
「うん。やっぱり、いよいよ鮎川に直接会って話をしなくちゃならないかもしれない」
 なぜ、鮎川と直接会話するという結論に至ったのか、経緯を天見は教えてくれない。
「直接何を話すんだよ」
「いろいろさ。でも、ここで知る真実はもしかしたら、傷つくのは君のほうかもしれないよ」
 天見はまだ六郎を疑っている。
 天見はそれ以上言わなかったし、六郎も尋ねなかった。
 鮎川と直接話す。
 天見が言った言葉だが、それが実行されることはなかった。
 鮎川が翌日から学校を休んだせいもあるが、別の理由もある。
 鮎川藍子が自殺を図ったのである。
 
 
 
 鮎川が自殺を図った事実は、感染力のつよいウィルスのように学園という体内を急速に汚染していった。なぜ自殺の事実が知られることとなったのか。経緯は一人の教師の軽率な発言だった。若い教員で、まだ理想も高く心が熱かったのだろう。
 鮎川が自殺を図ったことを最初に知らされたのは学校の教員たちだった。詳細な事情は知らないが、どうやら怒り心頭の鮎川の両親から鮎川自殺未遂の調査をしろと学校側に要求されたらしい。
 自殺未遂の原因を学校側に擦り付けられたらたまらんと、学校側は迅速に、あるいは冷たい裏腹を抱えて慌てて動く。
 鮎川と同じ部活動の仲間。親しかった友達が次々に学校の応接室に呼び出され、鮎川と何かあったか事情徴収を受けた。それだけでも鮎川に何かあったと気づくだろうが、鮎川のクラスメートの男子生徒が呼び出されたとき、ふてぶてしい男子生徒の態度に、新人教員の男性が業を煮やして怒号を上げたという。
「鮎川は自殺を図るほど苦しんでいたんだ。お前は人の気持ちが分からないのか」と。
 心優しい人間なら発言を真摯に受け止め、口を閉ざしていただろう。ところが一般論の例に漏れず、男子生徒はクラスに戻ってくるなり仕入れた情報を興奮気味に友人に話した。
 ゴシップという名の電気刺激は、瞬く間に学校中に広がり、天見、六郎の耳まで届く。
 いつ自殺を図ったのか。容態は? 入院? いろんな言葉が聴かれたが、一番多かったのは「なぜ自殺したのか」という動機に尽きる。それは甘美な謎で、謎のある噂は必要以上に膨れ上がった。
 いったん学園に満ちた初動の噂話は、第2波でデマが混じりだす。人が面白おかしく想像する自殺原因が、まるで真実かのように流れ込んでくるのだ。
 男に振られた説。うつ病説。人間関係説。中には四天王が関係しているのではないかという噂もあったが、妊娠やレイプには結びついていない。
 その節を裏付けるような理屈も同様に流れてくる。
 ところが、どの噂も六郎にとっては下らない下世話な影口にしか聞こえない。なぜならば六郎は自殺の原因をほとんど確信に近い状態で知っていたからである。
「自殺っていうのも案外信憑性がないかもね」
 そういったのは天見だ。いつものように昼休みに中庭で昼食をとっていた
「そこから覆すのかよ」
「誰かが鮎川の噂話と連動させて作り出した妄想かもしれない。でも、幸いなのか、いま噂は「鮎川の妊娠」じゃなくて「鮎川の自殺未遂」っていうものだろ。妊娠を事実と知ってるのは僕と六郎だけだし」
「でも、このままじゃ時間の問題だろ。「妊娠」「自殺未遂」じゃ、もう鮎川は学校にこれなくなる」
「これなくなったっていいじゃないか。僕がこれないわけじゃないし」
「天見は俺のことを軽薄だとののしるけど、よっぽどお前のほうが心のない冷徹人間に思える」
「冷徹なんじゃなくて、冷静なんだよ。すぐにパニックになる君と違うんだ」
 このやろう。最初の印象とは違う、氷のハートをさらけ出してくる天見。
「君は納得しないけど、この世に噂を止める術なんてないんだ。膨らみ続ける風船をはじけないように押さえ込んでも無駄なように。逆に圧力をかけた結果、はじけ飛ぶのが早くなるだけ」
 天見がいつものように懇々と理屈を語る。
「噂っていう病の特効薬は真実しかない。噂ってやつにとって真実ほど邪魔者はいないんだ。噂の生命力は「謎」に支えられてるんだから。真実が明らかになった瞬間、それはなんともつまらない現実になる」
「じゃあ、真実を暴露するしか噂を終わらせる手段はないのか?」
「そうだろうね。いつか真実が知られて、幕を閉じる。そのときは誰かが深く傷ついているかもしれないけど、その他大勢の人間にとっては一時の道楽みたいなもんだから、誰も気にしないだろう。ひょっとしたら傷つくのは君かもしれないけど」
 また疑ってる。
 とにかく、天見は鮎川と会話する機会を失ったくせに、鮎川の自殺未遂にはあまり関心を示さず、むしろ自殺未遂自体を疑ってかかってる。しかも紀乃原が起こそうとしている事件にも興味がないらしい。この天見と一緒にいると、自分が優しい人間に思えてくるから不思議だ。こんな軽薄な俺でも、天見よりは人間味があるに違いない。
 鮎川と紀乃原に興味をなくした天見は、もうこの件についても興味を失っているようだ。
「契約はどうなるんだよ」
 不安になった六郎が声を上げると、天見は脳天あたりをぽりぽりとかく。
「契約はちゃんと成立させるよ。僕は君が犯人かどうかを証明する。君はレイプ犯を見つける。だけど、もう何もする必要がない。これから先は傍観者になる。だいたい分かったんだ、今回の事件の内容は」
 六郎は目を見開いて天見に詰め寄った。
「分かったってどういうことだよ。犯人が誰だか分かってるのか?」
「言っとくけど、証拠はないよ。全部想像だよ。でも、これから起こることも結末も、鮎川が本当にレイプされたのかどうかも全部想像がつく」
「想像が付くって、どういうことだよ」
「もう結末が見えたってことだよ。あとはその結末が訪れるのを待つだけ」
「じゃあ、教えてくれよ。俺が分かってるのは鮎川が妊娠してることだけだ。相手は誰だ?」
「まだ駄目だ。ひょっとしたら僕の想像は間違ってるかもしれないし。ここでいい加減なことを言ったら、僕の大嫌いな噂の餌食になる」
「いいだろ、そんなこと。教えろよ。契約だろ」
「契約は果たすって言ってるだろ。少し待ってなよ。すぐに分かるから。でも、今僕らは何かをする必要がなくなったんだ。鮎川がいなくなったからね」
「どういうことだよ。誰かが解決してくれるって言うのか?」
「誰か、じゃない」
「わけが分からない」
「ひとつだけいえることは、噂が広がって起こった騒動は、噂によって解決する。全部ね。自然の法則みたいなもんだと思う。川の流れをゆがめても、結局自然な湾曲に戻るって言うだろ。だから自然に解決するのを待つんだ」
「それは誰かが傷つく結末なのか? 鮎川のことが洗いざらい、みんなに知られるのか?」
「絶対とはいえないけど、知られることは無いように思う。それに、妊娠やレイプの真実以外の、本当に本当の真実を知ることができるのは僕らだけかもしれないね。人間の心情的に。でも、あまり良い結末ではなさそうだけど。でも、結構、面白かったよ、六郎。世の中の仕組みのひとつが分かった気がする。案外、勉強になった」
 このやろう。自分だけ納得して何も教えない気だ。一人で完結した気になりやがって。噂で起こった騒動は、噂が解決する? いったいどういう意味だ。待てばいずれ真実が明らかになる?
 
 
 
 傍観を決め込んだ僕らの耳に、ひとつの事件の話が舞い込んできた。その噂の発端は、やはりいつものとおり、唯村だった。
 だが、今回は様子が違う。唯村は朝登校してくるなり、険しい顔で六郎を呼び出した。
「ちょっと六郎、顔を貸してくれるか?」
 明らかにいつもと違う様子に、六郎はただ無言でうなずいて立ち上がる。周囲も多少違和感に気づいて、何事だと物欲しそうにしていたが、こっそりついてくる人間もいなかった。
 何か唯村の気に触ることをしでかしただろうか。ひょっとして殴られるんじゃないかと不安になりながらつれてこられたのは教員が使用している駐車場。前に六郎が天見を強請した時に使用した場所で、教員も生徒も普段は一切立ち寄らない学校の死角である。
「お前に頼みがあるんだ」
 改まった様子の唯村は、こぶしを振り上げるどころか、急に泣き出しそうな顔をして懇願してくるではないか。拍子抜けした六郎は唖然とする。
「これから言うことは誰にも言わないで欲しい。約束できるか?」
 ぞくぞくした。誰にもいえないような秘密を、唯村は俺に告白しようとしている。いったいどんな内容なのか。期待と焦燥に思わずにやけてしまいそうになったが、どうにか真顔を顔面に固定して、神妙そうにうなずいて見せた。
「絶対に誰にも言うなよ。友達だと思って話すんだ。裏切ったらただゃおかないからな」
 正直「いいから早く教えろ」と罵声を吐きたい気持ちを必死に押さえ込んで、六郎は「何か困ってるのか? 俺に力になれるか?」と唯村の口が滑らかになるような呪文を唱える。
 するととたんに唯村の顔が崩れだす。本当に泣きそうな雰囲気だ。
「実は……」
 そう言って唾を飲みこむ唯村。その数秒の沈黙がもどかしい。唯村はたっぷりと逡巡して六郎を焦れさせてから、ズボンのポケットをまさぐり始めた。
 ポケットから取り出したのは携帯電話。険しい顔で携帯電話を操作する唯村。
 唯村の行動が読めない。突然、携帯をいじり始めてどうするつもりだ。
「本当は見せたくないんだけど、きっと見せたほうがお前も本気で考えてくれるはず」
 携帯に保存されている何かを見せたいらしい。やがて、唯村は意を決したように携帯の画面を六郎に向けた。
 六郎が画面に注目すると同時に、唯村は携帯の中央付近のボタンを押す。すると、画面に動画が流れ始める。
 黙って小さな画面をにらみつける。唯村は再びボタンを操作し、動画のボリュームもあげていく。
 ――やめて!
 女の悲鳴が六郎の耳に飛び込んできて、六郎は目を見張った。流れてきた動画は、例えるならば安いアダルトビデオ。
 画面にはおそらく後ろ手に縛られている制服姿の女子高生。不安そうに眉をひそめ、必死に「やめて!」と悲鳴を上げている。
 夕暮れなのか、すべての輪郭ははっきりしないが、動画を撮っている人間が女の子に手を伸ばし、髪をつかんだり、襟をつかんだりしているのが見える。
 ――でかい声だすとぶん殴るぞ。
 男の声がした。同時に画面のこちら側から伸びた手が、女子高生の両頬をつかんで揺する。
 ――なんなの!? やめてよ! 帰して!
 ――黙れって言ってるだろ。本当にぶん殴るぞ。
 動画は続く。画面越しにみえる唯村の表情は、深い慟哭を絶えるかのように歯を食いしばっている。
 しばらく「やめて」「うるせえ」のやり取りが続いたころ、カメラを持った男が唐突に女のブラウスを掴むと、力いっぱい左右に開き、女子高生の上半身があらわになる。
 ブラジャーに包まれた豊満な乳房。その向こう側にある神秘に期待しそうになったとき、ふと気づいた。
 気づいた瞬間、ちんけな興奮と背徳を同時に抱いた。
「これは……美佐子ちゃん?」
 知っている女の子だ。
 会ったことはないし、話したこともない。だけど、よく見知っている女の子だった。
 なぜならば、震える手でカメラを持つ唯村が、自分の彼女であると自慢げに写真を見せてきたのは、一回や二回ではないからだ。
「おい、これって……」
「最後まで見てくれ」
 苦しげな声。
 六郎は画面に視線を戻す。
 ――これからお前を犯すところをビデオにとってやる。騒ぎやがったらビデオをばら撒いてやるからな。
 男の声。言葉の内容。
 そして、六郎だからこそ分かってしまった男の声の主。
 レイプ、よその学校の女子生徒、ビデオ撮影。
 まさか、そんな。
 ――これからひとつ質問をする。正直に答えろ。嘘を付きたかったら付いてもいいけど、どちらの答えが正解かは教えない。だけど、どちらかが正解だ。正直に答えろよ。
 そう言って画面が女子高生の顔をアップにする。ここで確信を持つ。間違いない。美佐子ちゃんだ。
 ――お前、彼氏はいるか?
 男の質問。カメラは極限まで彼女の唇に近づく。その映像がなんとも卑猥に思えたが、表情ではそんな感情を隠し通す。
 ところが美佐子ちゃんは何も答えない。携帯電話からは荒々しい美佐子ちゃんの息遣い。やはり卑猥であるが、できるかぎりスケベな感情は脇にどける。
 ――いいから答えろ、コラア!
 とつぜん大声がして、携帯の音声が割れる。
 美佐子ちゃんは痛々しい悲鳴を上げると「います」と答えた。震える唇。息遣い。ひょっとしたらあえぎ声のようにのぞから漏れる声。
 男が「なるほどね」と妙に高揚した声を上げたのが分かった。
 ――よし、次の質問。お前は処女か?
 処女か? なんて質問だ。俺は知ってる。唯村が童貞を捨てた日を知っている。だからこそ、この質問の答えを知っている。
 こんどこそ、美佐子ちゃんは答えを言い渋った。
 逡巡しているのだ。この質問の意図はきっと見ているほうより、その場にいる美佐子ちゃんのほうが理解している。
 レイプされようとしているとき、男が「お前は処女か?」と尋ねている。答えは二通り。処女であるか処女ではないか。
 答えによって、運命が決まるかもしれない。この選択に彼女は逡巡しているのだ。この男がもし、処女を嗜好する変態であるならば、処女と答えた瞬間に最悪の結末を迎える。だが、逆の場合、つまり処女が嫌いな場合、彼女は処女と答えれば救われる。
 ――しょ、処女です。
 どんな気持ちでその選択をしたのか。必死に男の心理を読んだに違いない。正直に話していれば彼女は処女ではないのだから、これは嘘である。
 すべては「彼氏がいる」と答えたときに聞こえてきた期待と高揚を表す男の「なるほどね」という言葉。この男は処女は狙わないのだ。
 ――くそ!
 男は女の顔を掴んでいた手を乱暴に離す。
 ――彼氏がいて処女なのかよ!
 悔しそうに声を上げる。
 ――処女は血を垂れ流して汚えから嫌いなんだよ!
 理不尽に怒鳴り散らす男。スピーカから漏れる声はことごとく割れる。
 ――二度目だぜ、二度目! 冗談じゃねえよ! 前はたしか西高の女だった。あいつも処女だった。くそ!
 ――西高の女って……。
 カメラ越しの美佐子ちゃんが震えた声を上げる。
 ――ひょっとして鮎川さんじゃ……。
 ――ああ? 知ってんのか?
 六郎は鳥肌を立てた。
 なんてことだろう。まさか、こんなところで鮎川の名が出てくるなんて。
 意思とは関係なく、天見の言った言葉がよみがえる。真実は待っていれば向こうからやってくる。そう言っていた。まさに天見の予言が実現しようとしている。
 天見はこのことを分かっていたのか。なぜ? なぜ知っていたのか。
 いや、それよりも。
 小さな携帯電話の中にいる美佐子ちゃんと男の会話は続いている。
 ――いいか、このことは誰にも言うんじゃねえぞ。鮎川って女も処女だっていうから犯らなかったが、替わりにしこたま腹を殴ってやった。お前もぶん殴られたいか?
 美佐子ちゃんは必死に首を横に振る。
 ――誰かにしゃべったら殺す。いいな?
 美佐子ちゃんはやはり必死にうなずく。最後に画面がぶれる。めちゃくちゃに動き回る画面の中、最後の一秒ほど、男の顔が映った。
 携帯の画面が、動画の終了をブラックアウトで知らせた。
「紀乃原……」
 六郎が声を上げると、痛々しげに唯村は携帯を閉じた。
「六郎に鮎川のこと話したことがあるよな。あいつ、妊娠してるかもしれないって。襲ったのは紀乃原、四天王のやつらだ。あいつらがレイプしたんだ」
 そうだったんだ。真実は待っていればやってくる。まさに天見の言葉通り――いや待てよ。
「唯村、ちょっと待て。美佐子ちゃんは……」
「幸い、何もされなかったみたいだ。美佐子に問いただしたときの様子からすると間違いない」
「ってことは……」
 どういうことだ。よく分からない。考えがまとまらない。
 真実が口を開いたかのように見えたが、実はここに重要な謎が新たに生まれることに気づく。
 ということは、一体何なんだ?
 頭が混乱してきた。
「これを見たお前に頼みがあるんだ、六郎」
 混乱から目が覚める。答えは見つからないが、唯村にはこの動画を俺に見せた真意があるはず。ますはそれを聞くべきだと頭が切り替わる。
「紀乃原を……潰す」
 静かな怒号。そんな声だった。唯村はまるで六郎を恨んでいるかのように睨み付ける。
「このことを何人かの友達に話してるんだ。でも、動画を見せたのはお前だけ。鮎川の話をした手前、お前には見せるのが筋だと思ってな」
「それはいいけど、紀乃原を潰すって……」
「人を集めてる。このまま見過ごせるもんか。美佐子、気丈に振舞ってるけど、きっとおびえてる。外に出るのだって怖いはず。自分の女がこんな目に合わされて、黙ってられるかって言うんだ。紀乃原を呼び出して思い知らせてやる。お前なら分かってくれるはずだ。親身になってくれるだろ? 一緒にやってくれないか?」
 気持ちは分かるけど……。正直、否定的な感情が胸に広がったが、それを口に出すのは気が引ける。
「四天王に手を出すってことだろ。やばくないか?」
「いつまでもあいつらにビビッて暮らすわけにはいかないだろ。あいつらはたった四人なんだ。絶対負けるわけがない」
 断れない。
 四天王に関わって災いが降りかかることは恐ろしいが、ここで否定的な感情を示すのもまた恐ろしかった。
 どう答えるべきなのか。
「もし一緒にやってくれるなら、あさっての夜の七時に四面公園まで来てくれないか? そこに紀乃原を呼び出す手はずになってる。あいつは一人で来るはず。この件で脅してるから」
「もし四人できたら?」
「それでも問題ないくらいの仲間が募ってる。大丈夫、問題ない」
 唯村の悲壮な決意のこもった目。
 正義は間違いなく唯村にある。だが、正義だろうと悪だろうと選択肢に優先度はない。
 実際、よく分からない。四天王の恐ろしさは目のあたりにしたことがあるわけでもないし、実は四天王に対するみんなの畏怖は虚像なのかもしれない。
「返事はしなくていいよ。当日、お前を待ってる。来るか来ないか、ゆっくり考えてきてくれ。でも、これだけは言っておく。いつまでも四天王とか言う最低なやつらに遠慮して暮らすか、あいつらを潰して不安のない高校生活を勝ち取るか、他人任せじゃいけないんだ」
 唯村が誰を集めたのかは知らない。だが、ここで間違いないのは、あさっての夜七時に四面公園に行かなかった瞬間、俺と唯村の友人関係は失われるだろう。
「じゃあ、期待して待ってる」
 唯村はそういい残して、一人で立ち去った。
 六郎はしばらく呆然と立ち尽くしていた。頭がうまく整理できない。要するに何なんだ? 何が答えなんだろう。
 天見だ。とりあえずあの有機コンピュータに情報を打ち込んで、アウトプットされる答えに期待しよう。
 そう決めて、ホームルームの開始を知らせるチャイムの音を聞きながら、重い足取りで教室まで戻っていった。
 
 
 
 早速、昼休みに仕入れた情報を有機コンピュータに打ち込んでみた。早々に唯村との約束を破ったことになるが、そこは軽薄な人間であるので問題ないとして、情報を打ち込んでいる相手も人間といえる心を持っているわけではないので、やはり問題ない。
 そうやって納得して、打ち込んだ情報が整理され、出力されるのを待った。
「なるほどね。そういう展開になったか」
「やっぱり分かってたのか?」
「半分くらいかな。正直、僕はもうどうでも良くなってる。後は待つだけだから。そうだな。あさっての夜七時に四面公園だっけ。そこで僕の想像が正しいかどうか明らかになると思う。一緒に行ってみようか」
「そんなことは今どうでもいいよ。要するに鮎川の妊娠はレイプされたものじゃなかったってことなのか?」
「君が感じてる矛盾は分かるよ。鮎川はレイプされていなかった。動画を見る限りそういう理屈になるよね。でも、妊娠しているのは事実。まあ、焦らず明後日を待とうよ。たった二日。それで全部分かるから。それに、やっぱり鮎川と話しする必要がある。自殺未遂は本当なのかも確かめたい」
「じゃあ、俺も行く」
「六郎も? やめておいたほうがいいって」
「やっぱりまだ疑ってるのか?」
「君がどう関わってるのか、実はまだいまいち釈然としない。実際のところはどうだったのか、ってことがね。でも、それも明後日に明らかになると思う。僕は待つから、君も待てよ」
 くそ、もったいぶらせて楽しんでいるのではないか。俺がむりやり巻き込んだ腹いせに復讐しているのかもしれない。
 天見とはそこで別れた後、二日後の四面公園まで会わないことになる。その日まで天見が学校を休んだせいであるが、六郎は天見と話したくて仕方がなかった。自力で何一つ真実を導き出せない。歯がゆさに二日間を悶々と過ごす。
 二日間の間、やはり紀乃原が唯村の彼女を襲った事件のことは押さえが聞かなかったようだ。噂は学園中に広まり、鮎川との関連性を示唆する噂も少なくなかった。
 無遠慮に耳に飛び込んでくる勝手気ままな噂話にできる限り耳をふさぎ、天見の言う「真実が明らかになる」瞬間を今か今かと待ちわびた。

 

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