Ultra Violet

処女+童貞=○○の法則

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二章 《 めくるめく谷間の熱反応 》


 果たして調査班に女の子二人増やした俺たちは、次の目的地を模索した。二人増えたといっても、記憶の朧げな芽衣が、誰から聞いたか覚えていない以上、ここで噂の分岐は途絶えてしまったのだ。どうするかと悩んでいたところ、春枝が提案した。
「その噂なら私も知ってる。私も芽衣から聞いたんだけど、そのあと別の人からも聞いたんだ」
 その人は春枝の所属する弓道部の先輩だという。聞いた時期は先週。死んだのは三人。一人増えている。振り出しに戻るどころか、スタート時点以前に戻ってしまった気がするが、気に病んでも仕方が無い。気を取り直して春枝の弓道部の先輩に電話で連絡を取った。春枝が交渉役となってくれたおかげで会うのは容易だった。
 近くの公園で待ち合わせた俺たちは、弓道部の先輩がやってくるまで待った。
「ねえ、変態トリオさんたちは何であんな写真取られたの?」
 春枝は興味津々そうに訊ねてくる。転じて緑川芽衣は不機嫌そうに沈黙を守っている。
「変態トリオはやめてくれ」
 俺はそう答えながら、深刻なトラウマになりつつあるその記憶は出来れば思い出したくないと思い、必死に話題を逸らそうと試みたが、春枝は生粋の空気を読まない女の子だ。
「四枚の写真があってね、一枚はラブホテルの前で三人が揃って股間を隠してる写真で、他の三枚は室内で個別に撮られた写真なのね」
 俺が心の傷を刳られていると、緑川芽衣が傷口に塩を塗り込んだ。
「どうせ女の子に誘われて、ふらふらラブホテルまで付いていって瞞されたんでしょ」
 涙が出てくる思いで「お前に関係ないだろ」と言うと、緑川芽衣はヒステリックに「関係ないのなら帰る!」と立ち上がったが、春枝が「どうどう」と宥めつけた。
 我関せずとそっぽを向いていた天見が、公園にやってきた弓道部の先輩に気づいた。
「こっちです」
 天見が手を振ると、戸惑いがちに近づいてきた女の子は、俺たちの一個年上の長身の女の子だった。やけに大人っぽく見えるのは歳の差ではなく彼女が持っている独特の雰囲気のせいだろう。
「山本早紀です」
 丁寧にお辞儀する山本という先輩女性に、天見もぺこりと頭を下げ、女性免疫機能の低い俺は、お辞儀した彼女の胸元に目を奪われた。意外と豊満な……。
「この変態」
 暗い視線を緑川芽衣に気づかれ、刃物のような言葉で斬り付けられた。
 春枝と山本早紀が挨拶を交わす横で、天見が「早速質問いいですか」と切り出した。
「お電話でも少しお話しましたが、噂の出所を捜してます。その噂、誰からいつごろ聞いたか覚えていますか?」
 山本早紀はまだ多少警戒心のあるような目で春枝や天見を挙動不審に見ている。天見が無言で頷き「さあ話して」と促すと、彼女はようやく口を開く。
「一ヶ月くらい前、友達の家で……」
「誰から聞いたか覚えてますか?」
「覚えてますけど、その時他にも三人友達がいて、一人が話し始めたらみんな私も知ってると話し始めて」
「なるほど」
 天見が顎に手をやった。俺に耳打ちをしてくる。
「困ったぞ。分岐が四つに分かれた」
 考え込む天見をよそに、俺はここぞとばかりに質問した。
「みんな同じ噂を話したんですか? 内容が違ってたりしました?」
「違ってたような……」
「実際に死んだ人の話はしましたか?」
「ええ。死んだのは一人だったと思います。高校生の交際してた人だとか」
 天見が再び僕に耳打ちする。
「さらに困ったぞ。今度は人数が減ってしまった。有力な死者数は二人だから、ということは、噂を詳しく知らない人たちが集まって、あれこれ話してたんだ。話に脚色が付いてる恐れがある」
 距離が遠くなったって事か。
「他に何か……噂の女性の張本人は知ってますか?」
「それは……」
 困ったように春枝を見る早紀。おや、知ってるな。天見でなくても分かった。だが、ふと気づく。山本早紀が噂の張本人を知っていようがいまいが、なんの進展もない。俺が頭を混乱させて口ごもると、天見がやれやれと身を乗り出す。
「それでは、実際死んでしまった男の人のことはご存知ですか?」
 再び困ったように春枝を見る早紀。おや、さっきと同じ反応。見られた春枝は戸惑ったかのように芽衣を見たが、見られた芽衣はどうしていいかわからなそうに天見を見た。視線が一巡して天見に戻ってくると、「教えてもらえませんか?」と訊ねた。
「高梨康平くん」
 突然、知らない名前が飛んできた。俺も天見を見る。俺たちは噂で死んでしまったとされた二人の男の事を知っている。そのどちらでもない名前。風向きが変ってきた予感。
「高梨康平さん。それは誰ですか?」
「誰って、三越高校の生徒だって話ですけど」
 三越高校。知ってはいるが、縁はない。
「何年生か分かりますか?」
「二年生だったと」
「実際に知り合いだったわけじゃないんですか?」
「知りません。ただ、有名な人だったから」
「有名?」
「知ってますか? この辺で悪いことしてるグループ」
 そんなグループ、この界隈ではひとつしかない。
「そこのメンバーの人で、そのグループは何人か人を殺してるって、男子の間で有名な話で」
 天見が考え込んでしまった。すると山本早紀が「もういいですか? 私これから用事が」と言い出したので、俺が幾つか質問した後、たいした情報も得られないまま、山本早紀は帰っていった。
 天見は考え込んだまま固まってしまった。
「ねえ、どういうことなの? 阿佐美ちゃんと、さっきの高梨って人が付き合ってたって事なのかな」
「付き合ってなくてもいいんじゃないか」
「どうして? 噂が本当ならエッチしちゃったってことでしょ」
「エッチしたからって、付き合ってるって訳じゃ」
 そう言いかけた俺に対しての、緑川芽衣の軽蔑のまなざしに気づく。
「付き合わなきゃ、エッチできないのかよ」
 釈明っぽく言うと、緑川芽衣はそっぽを向いただけだった。
「困ったぞ」
 ようやく天見が口を開く。春枝が興味津々そうに身を乗り出して天見の次の言葉を待った。
「最新の噂は、多分ほかの噂が混じってるんだ。このまま噂を辿っても噂の内容が別のものになってしまうかもしれない。こりゃ、別の路線を辿んないと」
「別の路線って、アテがあるのかよ」
「ないよ。でも、迷路の脱出方法って知ってるか?」
「迷路の脱出方法?」
「そう。どんな迷路も、右の壁か左の壁かどちらに決めて、壁に手を付きながら進めば出口に出れるって法則。でも、もし広い空間があって、その中央に階段があった場合、幾ら片方の壁に絞って歩みを進めても円を回ってるのと同じように、永久に迷路にはまるんだよ」
 うんうんと春枝が肯定いている。
「要するに、きっぱり路線を変えて違う方角からアプローチしないと迷路は脱出できない」
 相変わらず難解な説明だ。
「そんなことより、ほら、私たちの仕事は済んだでしょ。もう帰るよ、春枝」
「ええー。面白いところなのに」
「アテがなくなったって言ってるじゃない」
「そこがいいんじゃないの。どうやってこの窮地を乗り越えるか。知恵を絞って考えるのよ」
「呆れた!」
 緑川芽衣は言葉どおり呆れて立ち上がった。
「くだらないよ。時間の無駄だって。春枝が帰らないのなら、私一人で帰るから」
 春枝が泣き出しそうにほほを膨らませた。
「そんな顔をしたって駄目。私、帰るからね」
 そう言って、俺たちに背を向ける。その背中に向かって「おい」と俺は声をかけた。仏頂面で振り返る芽衣。
「くだらないってなんだよ」
「くだらないって、くだらないって意味よ」
「そんなこと言ってないだろ。俺たちは真剣なんだよ」
「真剣なのはいいけど、そもそもなんでこんなことしてるの? 友達のためだなんて嘘でしょ」
「嘘じゃない」
「じゃあ、誰のためか言ってみてよ」
「誰のため……?」
 いまさら言えるわけないじゃないか。俺が黙っていると緑川芽衣は透かしたような態度で言った。
「ほら嘘っぱち」
「嘘じゃない」
「はいはい」
 緑川芽衣の態度に腹が立った。俺が勢いよく立ち上がると、緑川芽衣がひるんだように後ずさりした。俺は緑川芽衣に詰め寄りながら人差し指を振った。
「いいか、馬鹿にするなよ。この合理主義の冷血男の心のない天見が何かしてるときはな、なにか考えも及ばないことを企んでるときなんだよ。お前には分からないだろうけどな、俺にはそれで十分なんだよ」
「な、なによ。何なのその話。意味わかんない。それが私に何の関係があるの?」
「ないよ」
「勝手な都合で私を巻き込まないでよ」
「巻き込んでないよ。勝手に付いてきたんだろ」
 芽衣が目を丸くした。
「あ、そう! 勝手に付いてきて悪かったわね。二度とあんたらなんかと関わらないから!」
 そう言って背を向けたとき、天見が「あ」と声を上げた。
「うっかり一番大事な目的を忘れるところだった!」
 そう声を上げると、不審そうに振り返った芽衣に天見が言った。
「気に食わないだろうけど、お願いがあるんだ。後一箇所だけ付き合ってくれないかな。君の力がいるんだよ」
「なに? 私の力って」
「思い出したんだよ。高梨康平くんのいた三越高校。たしか、サッカーのスーパースターがいたよね」
 そこまで言うと、「あ」と芽衣が口をあけた。俺は不審そうに「路線を返るんじゃないのか?」というと、天見は薄笑いを浮かべた。
「だから、きっぱり路線変更するっていうのは、そういうことだよ」
 それが三越高校の高梨康平と何の関係がある。
 訊ねるより、天見と春枝のタッグで、芽衣の必死な説得のほうが先だった。

 

 日が沈みかけていた。今日中に回れるのはあと一件が限界だろう。三越高校まで足を運んだ俺たちは、どうにか説得した緑川芽衣を強引に連れてきた。
 よく説得できたものだと思ったが、説得というよりは脅しに近かった。
 紀乃原恭二という男。変態トリオの残り一人であるが、彼が徒党を組んで三越高校のスーパースターサッカー選手の朝倉祐樹を狙っているという話を知っていると緑川芽衣を脅したのだ。
 僕ならどうにか未然に防げるけど? などと嘘八百を吹いた天見は自信ありげに言った。当たり前だ。そんな話などないのだから、防ぐも防がないもない。
 歯軋りしながら承諾した緑川芽衣は、三越高校前までやってくると結構ノリノリだった。朝倉祐樹に会う口実が出来てそれなりに嬉しいらしい。
 いまは部活動の時間だから携帯電話には出ない。直接行くしかないと、緑川芽衣は一人で校内に立ち入っていった。
「意外と、こんなところで度胸のある女だな」
 俺が漏らすと、春枝が「ことさら恋に関しては積極的なのよね。というより、周りが見えなくなるっていうか」と感想を漏らした。
「でも、芽衣を一人で行かせたら、朝倉君に余計なことをしゃべるなとか吹き込まれるかもよ」
 まるで芽衣を擁護しようなどという気のかけらもない春枝が心配した。俺も心配になったが、程なくして緑川芽衣が楽しげに朝倉祐樹を連れて戻ってきた。
 なんて態度の豹変だ。俺たちと話していたとき、一度でもあんな笑顔をもらしたか?
 天見が会釈すると、俺たちに気づいた
「お呼びだてしてすみません」
 朝倉祐樹が怪訝そうに眉を顰めた。俺たちとの間に開いた距離感が、警戒心を現している。どうやら文化祭で会った俺たちのことを覚えているようだ。
「お呼びしたのは、ちょっと話があって……」
 そう言った途端、天見は満面の笑みを作って手帳とペンを取り出した。
「すみません、僕、朝倉さんの大ファンなんです。すみません、サインを貰ってもいいですか?」
 呆然とする俺と春枝。不審そうにしながらも朝倉は手帳にサインした。
「ありがとうございます。大事にします」
 そう言って何度か頭を下げると、おもむろに真顔になって「さて」と名探偵の顔になった。
「実は、ご学友の高梨康平さんのことを聞きたいんですが」
「康平のこと?」
 名前の呼び方が自然だ。朝倉は高梨康平を知っている。しかもある程度親しい。いや、死んでしまっているとしたら「親しかった」が正しい。
「まだ、在学されてるんでしょうか」
「康平が? してるはずだけど」
 この学校に実在する生徒だということが分かった。口ぶりでは、高梨康平はまだ生きているニュアンス。天見も高梨が生きている前提で話を進める。
「高梨さんとは親しいんですか?」
「ええ、まあ、話は普通にしますよ。でも、友達ってわけじゃ……」
「そうですか。ちょっと会ってお話したいんですけど、繋いでもらうことは出来ますか?」
「話ってそれ?」
「そうです」
「それなら、わざわざ会いに来なくても……」
「電話だと話してもらえないと思って。ほら、僕ら例の文化祭で」
「……ああ、あれか。それにしてもあのときの人たちと、緑川さんがこうして一緒にいるなんて」
 緑川芽衣が飛び上がるように弁解した。
「ちっちがうのよ! この人たちとはぜーんぜん全く関係ないの。ただ、人助けだと思ってしかたなく、ね」
 ね、のところで可愛らしく首をかしげて同意を求めるところなんて、憎たらしい限りだ。朝倉の警戒心を解けないまま取り留めないやり取りを繰り返していると、業を煮やした春枝が助け舟を出す。
「お願いします朝倉くん。困ってる人がいるの。高梨くんと話できるように取り計らってくれないかな。朝倉くんと同じで、知ってる人が紹介してくれないと多分お話も聞いてもらえないと思うんだ」
 女の子からのお願いは強力である。態度の軟化した朝倉が「ううん」と悩みだす。あと一押しと俺が口を開こうとしたとき、天見が制する。無言で「静観しろ」と訴えてくる。
 それが功を奏したのか。朝倉はあいまいに頷いた。
「分かったよ。でも、俺の面通しなんて必要ないよ」
 面通しが必要ない? どういう意味だろうと首をひねっていると、朝倉が鼻のあたりを指で触ってからはにかんだ顔で言った。
「先月から入院してるんだよ。怪我したらしくてさ。友達装って見舞いに行ったらいいんだよ」
 なるほど、と思った俺をよそに天見が食い下がった。
「ぜひ一緒に行きませんか? 何れにしても知り合いの方が行ったほうが話がスムーズだと思うんです。お忙しいのは重々承知です。人助けだと思って力を貸していただけませんか? それなりには親しいんですよね。御見舞いついでにでも」
 朝倉は悩んで見せる。春枝が目で芽衣に訴えかけている。協力しろ、そういいたいのだ。仕方無さそうに芽衣が言った。
「それなら、私も行こうかな。最近、朝倉くんと会えてないし」
 きっとこれは本心だろう。
「分かりましたよ。いいですよ、少しなら。でも今日はまだ部活があるから。明日の午前中なら紹介できます。それでいいですか? 面通ししたら僕はすぐに帰りますからね」
「ありがとうございます」
 天見が深々と頭を下げた。珍しい姿だ。へつらってサインを求めるといい、こんなに他人に対して頭を下げる天見を見た事がない。毎度理屈で説き伏せて相手を納得させる天見がなりふりかまっていないということなのか。それほどまでに阿佐美という女に肩入れしてしまったのだろうか。これはまさか、天見の恋の始まりなのか。
 俺がかんぐっていると、春枝の呟きが聞こえてきた。
「すごい……本当に天見くんの言うとおりになった」
 感嘆とした声だった。
 言うとおりになった? それは一体どういう意味だ。天見が予言するようなことを何か言っただろうか。
 考えたが思いつかなかった。

 

 翌日、病院に見舞いに出かけた五人は、ある事実を知ることになる。
 もちろん、芽衣と春枝も一緒だ。俺と天見は病院の前で芽衣と春枝と朝倉の三人と待ち居合わせた。
 高梨に噂の話を聞きにやってくると、まず朝倉が面通しした。高梨は警戒したように俺たちを見る。それもそうだ。俺たちは朝倉以外、全く面識がないのだ。
「高梨、こいつらがお前に話があるんだってよ。悪いけど、ちょっと時間くれないか?」
 戸惑ったように朝倉や俺たちを見る高梨。気が小さいのか、だいぶ戸惑っている。
「は、話ってなんだよ。俺は何もしらねえよ」
 まるで容疑者が釈明するような口調。朝倉が苦笑交じりに俺たちを振り返った。
「こういう奴なんだよ。ちょっと外に出ててくれるか? 俺が説得するから」
 そう言われて俺たちは病室を追い出された。中では朝倉と高梨が話している。やがて朝倉が病室を出てくると「OK。話し聞いてくれるってよ」と言ったので、天見が病室に乗り込んだ。
 さっきの戸惑いはなく、落ち着いた様子で「俺になんの用だよ」と高梨。俺は雰囲気で悟る。こいつは夜になると煙草とバイクのエンジンを吹かせて闊歩する類の人間だ。
「倉本阿佐美さんって子の事、知ってますか?」
「は? 倉本?」
 天見は前提を説明しなかったし、噂についての質問もしなかった。突然核心を迫るような固有名称を出した天見に度肝を抜かれる。呆然とする俺をよそに天見は続けて質問する。
「聖林学園の二年生で、演劇部に所属している倉本阿佐美さんという女子生徒」
 高梨ははにかんだあと、ちらりと朝倉を見た。その目配せに、何らかの意味があるのか。実際に顔を付き合わせて話すことで、相手の嘘を見破る。そう言った天見。
 否定も肯定もしない高梨に対して、天見は別の質問をした。
「その怪我はどうされたんですか? バイクで事故を起こしたとか」
「おい」
 背後から朝倉が口を出した。
「そんなプライベートなことまで突っ込むのか? 俺は噂の話だって聞いたから」
「すみません」
 天見は無表情で謝罪した。春枝と芽衣が怪訝そうに俺のほうを見ている。見られても俺にもわからない。
 天見はもう一度「すみません」と言いながら、ポケットから何かを取り出す。
「倉本阿佐美さんの写真です。お顔を見ても分かりませんか?」
「悪いけど、知らないな」
「そうですか」
「一体なんなんだ。お前らはなにを聞きたいんだ?」
「すみません」
 天見は三度頭を下げた。
「実は、噂に苦しんでる方がいるんです。その人を助けてあげたくて」
「噂?」
「ある女性とセックスをすると、相手の男性が死んでしまうという噂」
「なんだそりゃ」
「聞いたことないですか?」
「ないな。さっきの写真の女が、お前の言う苦しんでる女なのか?」
「いえ、違います」
 違う、と否定したのは倉本阿佐美の名誉を守るためか。
「そんなばかげた噂を調べるためにこんなところまで来たのかよ。まったく物好きだな」
「実は」
 天見は写真を仕舞いながら言った。
「この噂で死んだ一人に、あなたの名前があるんです」
 高梨は反応しなかった。馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべている。
「ところがあなたは学校からはいなくなったけど、実際は入院しているだけ。何でそんな噂が生まれたんでしょう」
「俺が知るか。誰だそんなこと言った奴は」
「噂ですから、沢山の人が言ってます」
 敵意を感じる高梨から話を聞くのは難しそうだ。天見は表情を変えず坦々と質問を繰り返す。
「それじゃあ、こういう噂はご存知ですか?」
「もういいだろ。そろそろ検査の時間なんだよ」
「すみません、もうひとつだけ」
 天見が懇願すると、高梨が朝倉を見やる。
「あとひとつだけだからな」
 了承を得ると、天見は言った。
「ある男子校の男三人が、女の子にだまされてラブホテルまで付いていき、裸の写真を撮られて、女子高に写真を公開されたって話」
 高梨がせせら笑った。
「それなら知ってるぜ。そうか。お前らどこかで見た事があると思ったら」
「知ってるんですか? 誰から聞いたんですか?」
「さあ、忘れたな」
「実はそれ、僕らなんですけど。写真は見たんですか?」
 高梨は薄ら笑いをやめて黙った。俺らのことを見覚えがあると言ったのだ。それは写真を見たからに他ならない。
 あの写真の出所。写真を撮った奴ら。あいつらとつながりがあるのだろうか。
 写真を見た、といえば当然天見は次に「どこで見た」と質問するだろう。そこから俺たちの写真を撮った連中を探し出すつもりなのか。
 ところがその時、病室に看護師が訪れて、検査の時間だと俺たちは追い出されてしまった。
 潮時を感じ、帰ろうと病院の外まで行くと、朝倉は部活があると先にいなくなり、四人は残された。
 病院を出ると、駐輪場付近で四人は立ち止まる。自然に足が止まった。天見以外の三人はおそらく同じ思いに駆られている。
 あの病室で、天見の発した質問。あれに一体何の意味があったのか。これは噂の出所を探すための調査ではなかったのか。
 まず最初に俺が口を開いた。
「どういうことだよ。天見、まさか俺たちの写真を撮った連中を捜してるのか?」
「違うよ。ちょっと知りたかったんだ」
「なにをだよ」
「高梨が僕たちのことを知ってるかどうか」
「高梨が俺たちのことを知ってたらなんなんだよ。例の噂となにか関係あるのか?」
 天見がじっと俺を見る。俺がたじろいでいると、天見は溜息混じりに顔を逸らす。
「要するに、俺たちをハメたのはあの女の子たちだけど、写真を撮ったのは知らない男たちだろ。その男たちのほうと高梨が関係してるかもしれない。ということは噂にも近づくって事」
 なるほど。そういうことか――ってなるか馬鹿野郎。
「まったく意味がわかんないぞ、天見」
「ねえ」
 芽衣が口を開いた。
「あの学校に張り出された写真って、もしかしてうちの学校の女の子にハメられたの?」
 俺はふと気づく。天見が言いづらそうに曖昧に話していたのは、何も知らない春枝や芽衣に話を聞かれたくなかったからか。でも、どうしてだろう。
「そうだよ」
「瞞されたって、なんでそんなこと。もしかして、ラブホテルに誘われてのこのこ付いて行ったっていうの、あながち間違いじゃなかった?」
 芽衣の言葉に、俺は気まずくて顔をそむけた。
「この変態」
 後ろめたさを怒りに変換して、俺は反論した。
「いいか、俺たちは思春期の高校生なんだよ。かわいい女の子に誘われたら、付いていかないわけないだろ」
「誰もがついていく分けないでしょ。あんたたちだけよ、そんなの」
 天見が口論する俺たちを無視して歩き出したので、俺たちは慌てて付いていく。
「天見、ちゃんと分かるように答えろよ。高梨になんであんな質問を――」
「すぐに分かるよ。でもまだ確信はない」
「想像でもいいから話せよ。もう俺は意味がわかんなくて頭がおかしくなりそうだ」
 天見は一度、大きく息を吸い込んだ後、次に大きく息を吐いた。
「分かったよ」
 天見が俺たちを振り返った。三人は天見の言葉に注目した。
「セックスをすると死ぬ女。最近の噂では三人に増えていて、その増えた人間は高梨だった。高梨は噂は知らないという。でも、きっと嘘だ。多分、口止めされたんだよ」
「誰にだよ」
「朝倉にだよ」
 芽衣が身を乗り出した。
「なんで朝倉くんがそんなことするのよ」
「知らないよ。でも、知らぬ存ぜぬで通せって言われてるはず」
「だからなんでよ」
「まだ分からないって言ってるだろ。でも、何度も高梨と朝倉の間で交わされたアイコンタクト。あれは発言の合否を朝倉に操作されてたからだ」
「なら最初から朝倉を連れてこなければよかったろ」
「違う。朝倉を連れてきたから、いろいろ分かったんじゃないか」
 天見は振り返った。その目にはいつもどおり自信に満ち溢れた光があった。
「朝倉を連れてきた目的は果たした」
「目的? 朝倉をわざわざ連れてきたのか? 何のために?」
「さあ、なんか後ろめたい事があるのか。この先、明らかになると思うけど」
「嘘よ」
 芽衣が大きな声を出す。
「朝倉くんが何か後ろめたい事があるなんて」
「じゃあ、なんで高梨に口止めしたんだよ」
「口止めしたなんて証拠もないでしょ」
 確かにない。
 天見が言った。
「じゃあ、付いてきなよ。これからの調査で、もしかしたら何か分かるかも知れなし」
 何かここで分かったとしても、噂の元をたどる調査が進んだとは思えない。
「次はどこに行くんだよ。ここでまた振り出しじゃないか」
 天見は平気な顔をしていった。
「最初に言ったろ。最終地点にたどり着くまで何度でも繰り返すって」
 天見は珍しくその顔に笑みをたたえた。
「いずれにしても噂の根源は必ず明らかにする。いま六郎が分からないって言ってることも、納得できると思う。それが気になるなら、僕についてきて。気にならないのなら帰ってもいいよ」
 このやろう。
 もうすでにお前の術中にはまってる俺たちが、選ぶ選択肢は一つしかないじゃないか。
 姑息な奴め。


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