処女+童貞=○○の法則

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二章 《 執着によるオーガズムの持続性 》 


 同級生の女の子の素行調査をする。そんな発想は六郎にはなかった。まるで探偵にでもなった気分。ひょっとしたら彼女のあとをつけていれば、いずれ妊娠相手にも接触するのではないか。
 なんて大胆な調査だろう。もっとこそこそ家宅侵入や、唯村を問いただすくらいのことしか考えていなかったのに。
 翌日の昼休みに六郎が見を呼び出すと、いつもの職員駐車場の茂みで会議をした。
「鮎川藍子のこと、少し調べたんだ。たいしたことじゃないけどね。分かってることは六組の女子生徒だってこと」
「そんなの俺だって知ってる」
「そうじゃない。彼女の行動調査をするのに、二人とも違うクラスだってこと。一日中は貼り付けない。六組の人間に協力を頼みたいけど、こんな最低なことに協力してくれる人はいないだろうし」
「お前は協力してるじゃないか」
 そう言うと天見は信じられないものを見る顔をした。
「君は僕を脅して強制しているって自覚がないの? まさか、僕がやりたくてこんなことをしてるとでも思ってるのか?」
「……悪かったよ。続きを教えて」
 天見は軽蔑そうなまなざしを残し、続きを言った。
「行動調査は彼女が学校外にいるときに限られる。それ以外は彼女のクラスの授業の時間割と、イベントを調査するしかないね。学校が終わった後だけど、彼女の家も、僕たちとは逆方向。あとをつけていったら怪しまれる」
「時間割はデジカメでとっておこう。イベントはどうやって調べる?」
「六組の人間にそれとなく探りを入れるしかないよね。知り合いがいる?」
「いない」
 六組に友達はいない。
 ううん、と悩む六郎。すると天見が言った。
「知りたいのは彼女が妊娠しているかどうか。彼女の帰りをつければ、病院にいくかもしれない。まずはそこを攻めようか。今日は彼女の家の前で張っていよう。明日からはばれないよう付けるために私服を用意しよう。いい?」
 天見の真剣なまなざしに、六郎は神妙にうなずく。
「まず今日の行動は、彼女のクラスに貼り付けられてる授業の時間割をデジカメに撮る。休み時間になったら、彼女の行動を監視する。帰宅時も彼女が帰るまで学校に残って、彼女が何をしてるのかを調べる。これを日記に付ける。いい?」
 もう一度うなずく六郎。
 なんて大胆な天見の意見、俺の軽薄さを上回る心の無さ。
 六郎は天見が愛おしくなるほど気に入った。やはり見立てどおり、天見も六郎と同じで心が欠損しているに違いない。
 早速、昼休みの鮎川藍子を監視することになった。


 鮎川藍子の様子を伺えるように、教室の中がうかがえる中庭で昼食をとった。教室内の鮎川を監視するには、不自然でない最高のポジションだった。
 ああ、かわいいな。メガネっ子マニアの人気No1だけのことはある。教室の前には花壇が敷き詰められており、太陽光に照らされ、色鮮やかに映える花々の向こう側に映る彼女は正に夢の国の住人。そんな夢の人を弄繰り回して、べろべろ嘗め回して入れたり出したりしたやつがいる。それだけで怒りに震えそうだ。
「君はあの子とどんな関係があるの?」
 天見が聞いてきた。
「関係?」
「そう。だって、なんの関係も無い女子が妊娠したって、こんなに必死に調査しない。何かあるはずだろ」
「同級生の女の子が妊娠したら、普通気にならないか? 本当なのか、相手は誰なのか」
「気にはなるかもしれないけど、ここまで執着はしないよ。君の執着は異常だよ。何にも関係が無いのなら、ただの偏執狂としか言いようがないし」
 偏執狂。
 偏執狂なのか、俺は。
「鮎川のこと、好きなのか?」
 天見の問いに、六郎はしたたかに驚き、同時に酷く頭を悩ませた。好きかと聞かれれば好きだと即答できる。話したこともないし、噂を聞くまで大して注目もしていなかったが、もし彼女が目の前で裸になって「私の子と好きにしていいよ」と言われれば一晩中でも弄繰り回して愛でることができる。
 いや、それは「好き」ではなくて「やりたい」なのか。
 六郎は混乱した。セックスがしたいと、好きは違うものなのか? 好きな子とはセックスしたいし、そうでない子とは別にセックスしたくない。なんなんだ。鮎川のことが好き? 好きだ。好きだし、セックスしたい。
 じゃあ、好きだけどセックスしたくない気持ちはありえるのか。いや、ありえない。ならばセックスしたい、は好き、ということなのか。
 ああ、愛ってなに?
「そんな悩む質問だったかなあ。別にいいや、どっちでも。君はただの軽薄な偏執狂なんだよ。それで十分」
「何が十分なんだ。俺だって思いやりや優しさはあるぞ」
「ああ、そう」
 気の無い返事をする天見。
 すると、中庭でサンドイッチをかじっていた天見と六郎の目の前に唯村が通った。唯村は不思議そうな顔で俺たちを見る。
「なんだその顔は、唯村」
「いや、珍しい組み合わせだなって思って。お前らいつから親しくなったんだ?」
「昨日からだよ。悪いか」
「いや、悪くないけど……」
 唯村は含みを残して目の前を通り過ぎていった。
 なにか言いたそうだったが、後で問い詰めてやろう。
 何事も無く昼休みが終わる。
 次は放課後の約束をして天見と分かれた。
 
 
 
 教室もどると、六郎が問い詰めるよりも早く、俺を待ち構えていた唯村が自席やって来た。俺の前の席に座ると正面から俺の顔を見据える。まさか、俺が鮎川の調査を進めていることを悟られてしまったのか。
「お前、なんで天見なんかと一緒にいるんだ?」
「天見?」
 鮎川の話題ではなかったことに内心安堵しながら、それでも不思議に思って「なんで?」とたずねる。
「俺、天見と同じ中学だったんだ」
「だからなんだよ」
「あいつ、すげえ頭いいんだけど、ちょっとおかしいやつなんだ。一緒にいると、お前まで変な噂立てられるぜ」
 おかしいやつなのは知っているが、唯村がこれほど警戒する理由は他にありそうだったので問いただしてみると、唯村はお得意のひそひそ話を始める。
「あいつ、最近はおとなしいけど、中学のときはひどかったんだ。授業中突然叫び声を上げたり、なにかに追われてるんだって必死な顔して学校中逃げ回ったり。問題児だったんだよ」
「追われてるって、なにから?」
「中学三年の初めくらいから、自分の命を狙ってるやつがいるって言い出したんだ。それまでは普通に友達もいたみたいなんだけど、狙われてるって言い出してからは友達も寄り付かなくなった。友達が寄り付かなくなると天見はどんどんおかしくなって、授業中『助けてくれ』って突然怒鳴ったり、学校中走り回ったり」
「ふうん」
「ふうんじゃねえぞ。お前のためを思ってるんだからな。あいつ、最終的には爆弾作って学校に仕掛けようとしたんだぜ」
 爆弾だって? それは聞き捨てなら無かった。そんな危ないやつなのか。
「結局、気づいた同級生がいい加減にしろって、天見を袋叩きにした。それでようやくおとなしくなったけど、ほとんど学校にも来なくなって。時々登校してきては一人でぶつぶつ独り言をつぶやいてた」
「へえ。そんなことがあったんだ」
「感心してる場合じゃないぜ。ただ変なやつってだけならいいけど、あいつの感情か何かを刺激して、また爆弾騒ぎになったらたまったもんじゃない。悪いことは言わないから、あいつとかかわるのやめとけよ」
「本当だったんじゃないか?」
「は?」
「だから、本当だったんじゃないか?」
「なにがだよ」
「狙われてたってところ。本当に命を狙われてたんだろ、きっと。その暗殺者が学校にいたんだよ、きっと。だから爆弾を仕掛けようとしたんだ」
 唯村が顎を引いて沈黙した。言葉が見つからない、といった様子。六郎には唯村が「絶句」と口走ったように見えた。
「……おいおい。本気で言ってるのか?」
「冗談に聞こえるのか? じゃあ、本当は命なんか狙われてなかったってお前、証明できるか? ただの妄想だってどうして言い切れるんだ?」
 唯村が口をわななかせている。何も言葉が口をついて出てこないようだ。
「いま天見がおとなしいのは、きっと暗殺者がいなくなったからだ」
「おい、そんなこと言ってると友達やめるぞ」
「あいつは本当に命を狙われてたんだ。だから本気で怖がってたんだ。だったら助けてやればよかったんだ。友達をやめないで。そうすれば爆弾なんて作らなかった」
 唯村はそれ以上何も言わず、まるで怒ってるような顔でかぶりを振ると、自席へ戻っていった。
 六郎は深いため息をついていた。
 後悔の念が胸の辺りを渦巻く。ふうん、と適当に聞き流して置けばよかったものを。こんなくだらないことで口答えをして唯村に復讐をしてしまうとは。
「まあ、いいか」
 六郎はつぶやくと、後頭部のあたりをぽりぽり掻いた。
 復讐はまだまだこんなもんじゃないぞ。鮎川の妊娠事件の真相を突き止めて、知ってるそぶりを見せながらお前には絶対に教えてやらない。
 
 
 昼休みは中庭で、花壇越しに麗しのメガネっ子を観察し、帰りは私服に着替えて変装し、家まで鮎川を追跡する。
 数日もたてば慣れたもので、ただあとを付けるだけが追跡とは限らないと気づく。毎日の行動パターンを洗い出し、登校、下校の道のりを把握してしまえば、いくつかのチェックポイントを抑えればいい。追跡役と待機役で天見と六郎は交代で役割を入れ替えながら追跡する。二人で決めたチェックポイントで待っている待機役は、鮎川と追跡役がやってきたら入れ替わる。追跡役から待機役に入れ替わった担当は、次のチェックポイントまで先回りし、鮎川が来るのを待つ。
 そんな毎日が一週間続いた。
 七日後の放課後、天見の提案で、この日の鮎川の追跡は中止された。七日間の調査で分かったことをまとめる意味で、二人は六郎の家に程近い喫茶店で打ち合わせを始めた。
 夕暮れに近い喫茶店の大窓からは、公園内にはサッカーやキャッチボールに興じたり、遊具で遊ぶ子供たちがみえる。そこに大人たちの姿は見当たらない。あの公園は子供たちの憩いの場。もう高校生になった六郎にとっては立ち入り許可が半分剥奪されている。大人に近づけば近づくほど、予定調和に角ばった有料の空間にしか居場所が無くなっていく。
 この喫茶店のように。
 自然と戯れたり、無邪気に木登りしたり。友達の家に挨拶もろくにせず上がり込んだり。
 成長し、成熟していくにつれて、子供のころには存在しなかった境界線めいたものが、いたるところに張りめぐられているのが見えるようになる。足を踏み出そうとすればたちまち近くの回転灯が明滅し、警告を発してくる。
 ――許可は得ているか?
「……演劇部って、なんなんだろう。演劇部って演劇する部活?」 
 天見のまとめた資料を眺めながら、六郎がぼそりとつぶやいた。突然なんのことだと思われるかもしれないが、何の脈絡も無く「演劇部」のキーワードを発したわけではない。鮎川は学校の演劇部に所属している。毎日、放課後になれば暗くなるまで部活動にいそしみ、そのまま家に直行する毎日。
「なにを当たり前のことを言ってるんだよ。演劇って分かる? 芝居とか、劇って言えばわかる? 脚本や音楽や照明、舞台装置などを使った総合芸術」
「ようするに幼稚園のお遊戯会とか、宝塚歌劇団とか、そんな感じ?」
 六郎は眉をひそめて悩みだす。
「ひょっとしたら君がイメージしてるのはミュージカルっぽいけど、まあそんな理解でも別にいいや。そんな感じの部活動をしてる。彼女は脚本を担当しているらしい。あの容姿なら俳優としても受けそうだけどね。けっこう本格的に演劇活動をしてる部活みたいで、いろんなフェスティバルとかにも参加して賞も取ってるみたい。脚色物が大半を占める高校生の演劇だけど、彼女たちは創作劇に力を入れてるみたいね」
 聞いておいて興味なさそうに窓の外を眺めている六郎に腹を立てながら天見は言った。
「放課後は遅くまで演劇部で演劇の稽古。家に帰ったら夜遅くまで勉強に脚本作り。土日までも使って近くのスタジオを借りて演劇の稽古。彼女の生活はそのサイクル。七日間で彼女の予定外の行動といえば、学校帰りに女友達と二人でプロの演劇を見に行った程度」
 天見の言いたいことはわかる。
 鮎川藍子。彼女は将来の夢を持ち、その夢に向かってわき目も振らず健全に青春を駆け抜ける花の女子高生。
 要するに、ただの一般的な女子高生。
 妊娠をして現実に押しつぶされそうになっているいたいけな女子高生ではないということ。
 病院にいくそぶりもなく、体調不良を窺わせる態度もとらない。友達と会話していれば日が差したように笑みを作り、部活動にいそしみながらさわやかな汗を流している。
 とても身重の体だとは思えない。
「ただのガセネタだね、妊娠なんて」
「そうなのかなー」
 六郎は肩肘をテーブルに乗せて、手のひらに顎を乗せて、ぼんやりと暮れていく公園を眺める。
 日が沈み、薄暗くなる公園から徐々にいなくなっていく子供たち。遊び足りない子供たちも、しぶしぶ帰路に足を向け始める。夕暮れの物悲しさ。まるでこの軽薄な探偵ごっこの終息を暗示しているような光景だった。
「もう満足だろ。彼女は妊娠なんてしてない。ボーイフレンドがいる様子もないし、病院にいくようなそぶりも無い」
「彼女の生理はいつだろう」
「僕も生理は考えたけど、どう考えても彼女に生理が来てるかどうか確認する方法なんて無い」
「スカートの中を覗くわけにはいかないしな」
「それこそ性犯罪者だよ。言われも無い噂に後を付回されてる彼女が気の毒にさえ思えてきたよ」
 この天見が人の心を気遣うはずが無い。この七日間、行動をともにして気づいたのは、天見がとんでもない皮肉屋であることと、六郎などかすんで見えるほどに心の無い人間だということ。
 なんだかんだいって、六郎の思いつかない方法で淡々と探偵ごっこを遂行する天見には畏怖の念さえ抱く。
「このまま終わるのは、なんだか腑に落ちないんだよな。確かに妊娠してる様子は無いけど、確信が無いじゃんか」
「十分だよ。こんなこと続けてたら、いつかバレるよ。大問題になる。学校に居場所がなくなるよ?」
 ぞっとした。
 そう言われればそうだ。万が一、鮎川が六郎たちの追跡に気づいて、それを友達に相談し、教師に相談し、警察に相談し……。
 他人事だとせせら笑っているゴシップの標的にされるのは我が身になりかねない。
「もういいだろ、この辺で。彼女は妊娠してない。ただの女子高生。彼氏も作らず自分の夢の将来に向かってまい進する女の子。この結論で納得してよ」
 天見は必死だ。天見は途中でこの調査を降りることはできない。天見の弱みを六郎が握っているからに他ならないが、天見の性格上、一度約束したことを反故にすることも信念として許せないのだろう。
 鮎川の日々の行動パターンは洗い出してあるし、家族構成、友達関係、趣味嗜好にいたるまで洗い出してある。調査するための土台は天見が建設したのだから、あとは六郎一人でやってくれと突っぱねることもできる。
 しかし、六郎が納得しなければ、天見は降りれない。
「なにか確信がほしいんだよ。これだっていう確証。鮎川は百パーセント妊娠してませんっていう確証」
「……改めて思ったけどさ」
 天見がじっと六郎を見つめている。ビン底メガネの奥にある瞳が怪しくよどんでいるのに気づいた。
「君の執着、尋常じゃないよ。本当にただの興味なの? 赤の他人の女の子が妊娠したかどうか、七日間も調査して、まだ飽き足らないの? 本当のことを言えば、一週間、こんなことを続ければ君は音を上げると思ってた。もううんざりだって投げ出すと思ってた。でも、これだけ毎日重労働しても、まだ君は真相を知りたいと言ってる。これ、普通じゃないよ。本当は君と鮎川、何か関係があるんじゃないのか」
 関係など無い。実際、唯村に妊娠の噂を聞くまでは大して注目もしていなかった。
 なぜそこまで執着するのかと問われても、六郎だって納得する答えを導き出せない。天見のように饒舌ならば、ふさわしい言葉をつむぎだすことができるかもしれないが、六郎の言語力では以下の理屈が限界だ。
 これが人間失格寸前の俺の生きる目的――としか言いようがない。
「ふう、仕方ないな」
 天見はため息を漏らす。口からエクトプラズムが漏れ出してきそうな重いため息だった。
「なにが仕方ないんだよ」
「さっきも言ったけど、君はすぐに飽きて投げ出すと思ってた。彼女が妊娠してるかどうか、すぐに分かる方法があったけど、そんな彼女の尊厳を傷つけるようなことしたくなかったから、この七日間で君に諦めてほしかった」
 うん? なんだその理屈は。
「お前、ひょっとしてこの一週間の調査の目的は、俺を試すためだったって言うのか? 鮎川の妊娠の真相を突き止めるわけじゃなく……」
「正直に言えば両方だよ。だけど、あまりリスクを負いたくなかった。だけど、このまま調査を続けても埒が明かない」
「ほかに方法があるのか?」
「手っ取り早い方法がある。やりたくないけど、僕だっていつまでも君に付き合えない。これで終わりにしよう」
「なんだよ、その方法って。家に忍び込んでタンポン探すのか?」
「だから違うって。彼女の家族は母親と姉がいるだろ。血がついたタンポンなりナプキンなりあっても、DNA検査でもしないと彼女のものだって証明できない」
「じゃあ、なんだよ。教えろよ。どうやって調べるんだ」
「最後だよ。これが終わったら僕を解放すると約束できる?」
「するする」
 もはやそんなことはどうでもいい。いいから早く教えろと六郎は目を輝かせる。一抹の不安を覚えながらも、天見は仕方なく覚悟を決めた。
「今度のゴールデンウィーク、演劇部が学校で合宿を張るらしい。チャンスはそのとき。ゴールデンウィーク、時間作れる?」
「作れる作れる」
 六郎の子供のような目の輝きに、天見は再び思い思いため息をつかざるを得なかった。

 

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