処女+童貞=○○の法則

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 -- 同級生の妊娠が気になって仕方が無い少年の
   純粋で軽薄で下世話な青春 --


 あの子、妊娠しているらしいぞ。友人から聞いた甘美で魅惑的な情報は、六郎の軽薄な興味を引き付けた。あんな可愛らしく可憐な華の女子高生が? 本当に妊娠しているのか? 六郎は真相が知りたくてたまらない。妊娠が本当だとしたら、その相手が誰なのか知りたくてたまらない。ただ軽薄で下世話な興味欲を満たしたいだけの目的で、六郎は妊娠の真相を突き止めるべく、調査を始めるのであった。


  

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 〔前提事項〕  1/2/3/4/5/6
 〔根本原因〕  1/2/3
 〔検証結果〕   1/2/3/4

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序章 《 彼女と妊娠の迫真性 》 


 高校一年生の入学当時。
 中学生ではまだ自分が子供であることの自覚があって、男女交際や性交渉はまだ遠い夢の国の出来事と理解していたが、高校生となれば立派に股間も感度良好なアンテナのようによく伸びて、女のお尻にめがけて常に矛先を向けて電波を発するようになる。
 当てもなく街中を歩き、胸ちら、パンチラのハプニングを求めて友達とさ迷い歩くのはもちろん、夜になると大人の楽園と化す公園に出かけては覗きに興じるようになることは、きっと思春期の少年にとっては健全な大人へのステップアップであったに違いない。
 ところがこの大人への階段には踊り場がなく、どこまでも突き抜ける急勾配な登りである。いつか頂点にたどり着くまでは決して休憩することなくひたすら上り続ける階段は遠い空の彼方まで突き抜けているのだ。
 少年は頂点を夢見て必死に階段を登る。
 遠くに見えるのは女の尻。
 アソコめがけて、時には一段飛ばしで駆け上るが、ひょんとしたことで階段を踏み外し、大怪我をするときもある。
 今回の変態トリオ事件もしかり、あせってはならないのだ。
 そして高校一年生の春の終わり。このときも焦っていた。
 学校帰りに存在する竹林地帯。
 その湿った竹林の奥、岩場の影にひっそりと置かれた大人の絵本。
 その場所に誰かが捨てていった大人の絵本があることは、その日の朝からひそかに話題に上っていた。
 まるで神の恵みのように積み重ねられた大人の絵本がそこにある。
 お金のない高校一年生。
 まだ密壷を知らぬ純粋無垢な思春期の少年。
 ボカシも規制もない、禁断の股の間が惜しげもなく披露された写真。
 六郎のいるクラスには、ホームルームの時間から緊張が走っていた。
 だれもなにも語らない。
 だが分かっている。
 お互いが油断なく監視しあい、けん制しあっている。
 俺が一番だ。俺こそが一番だ。一番にたどり着き、一番いいものを獲得する。そんな心の声が教室内でどよめきを起こしている。
 ホームルームが終わった瞬間から勝負が始まる。
 竹林地帯の岩陰に舞い降りた神の恵みの争奪戦が始まる。
 性なるパワーに勝るものが奪取する。
 夜な夜な布団の中で想像しても想像しても具体化しないあの部分を、いよいよ知るときが来る。
 選ばれたものだけが、感じることの出来る栄光。
 おまえ、知ってるか?
 アソコはこんな形になってるんだぜ。
 一番の高みにたって腕を振りあえげて咆哮する英雄のごとく、俺は言いたいのだ。
 お前ら勘違いするなよ。アソコとは、尻の穴ではないんだぞ、と。
 争奪戦が始まったのは程なくして。
 掛け声も合図もない。
 あえて言うなら担任教師が帰りのホームルームで「それでは終わります」の声がスタートの合図。
 その言葉を待ちわびて、みな半ば腰を浮かせた状態。
 六郎もすでにバックを掴んでいる。
 すぐに立てるように椅子も引いてある。
「それではホームルームを終わります」
 担任教師の声とともに、教室の約半数の生徒が椅子から立ち上がり、教室内が騒然となる。担任教師も何らかの雰囲気を感じてるが「気をつけて帰れよー」と間の抜けた声を上げているだけだ。
 何も知らない男子生徒たちが不審そうにしている中、教室を最初に飛び出したのは出入り口に一番近い六郎だった。ところが廊下に出ると、他のクラスからも男子生徒が数人飛び出してきたのが見えた。どうやら他のクラスにも情報が漏れているらしい。これはうかうかしてられなかった。
 六郎は疾風のごとく下駄箱に走ると、すぐさま靴を履き替えて自転車置き場へ走った。
 自転車置き場ではすでに自転車で発進している男子生徒たちもいた。
 負けてはならないと自転車をまたぐ。
 情報が漏れてライバルが増えた。こうなったら、この上ない性なるパワーに勝るものが獲物を獲得するだろう。
 六郎は目的の竹林地帯までに自転車六台を抜いてトップでたどり着いた。
 竹林前で自転車を打ち捨てて、竹林に入り込んでいく。
 ひんやりとして湿った空気。竹林とはそれ自体が一個の生命体であると聞いたことがある。幾本の竹はそれぞれ独立した存在ではなく、土に入り込んだ茎から枝分かれしたもの。いうなれば竹林とは地中に埋まった大きな樹木なのである。外に見えている竹はただの大きな樹木の枝だとすれば、六郎は今、巨大な生命体の胎内にいることになる。
 そんな想像をしながら岩場にたどり着いた。
 近くを小さな清流が流れる場所だった。清流の両脇は大小さまざまな岩場になっており、小学生のころはよく夏場にやってきて水浴びをしたものだった。
 息入れ切れにたどり着いた岩場で見たのは、神の恵みの束。無造作に詰まれた神の恵みは、先日の雨に濡れて若干黒ずんでいたが、束の中のほうはそれほど損傷はない。
 固唾を呑んで手を伸ばしたときだった。
 ――お前のこと、ずっと気になってたんだよ。
 声がした気がした。
 神の恵みに伸びた手がぴたりと止まる。
 ――ちょっとやめて。
 女の声もする。
 まさか。
 ――いいだろ。俺たちの言うことを聞いておくと学園生活が楽しくなるぜ。
 別の男の声。傍耳を立てていると、どうやら男二人に女一人の会話のようだった。
 まさか。
 ここは誰もいない竹やぶの中。動かない写真の中の秘密を探求しに来たら、思わぬ生本番に出くわそうとしているのではないか。
 神の恵みの束どころではなくなった。後から追いついてきた男子生徒たちの足音が聞こえて振り返ると、五六人が血相変えてこちらに走ってくるのが見える。腹を減らした魑魅魍魎のごとく、神の恵みに貪り付く男子生徒たちを六郎は慌てて制する。
「おい、声が聞こえるんだ。静かにしろ」
 すると、男子生徒たちは何事だと神妙の六郎を見る。
「もしかしたら、生で見れるかもしれないぞ」
 小声でささやくと、目をぎらつかせた男子生徒たちが「なにがだよ」と声を上げるが、大体察しているはずだ。
「本番をだよ。やってることろ、見れるかもしれない」
 男たちが小声で色めき立つ。どこだどこだとあちこちを見渡す男子生徒たちに、静かにしろと人差し指を唇に当てる。
 耳を澄ます。
 ――こんなところまで付いてきたんだ。いまさら帰るなんていうなよ。
 ――それはあなたたちが大事な話があるっていうから。
 ――大事な話をしたろ。
 ――だから、お断りします。
 ――いまさらそれはないんだよ。俺たちはもう仲間に話してきちまったんだよ。
 ――そんなの私に関係ない。
 ――関係あるさ。このままお前に帰られたら仲間に面目が立たないんだよ。
 ――そんなのしらない。
 なにやら不穏な空気を感じた。
 なんだろう、この会話は。六郎は声の方向に向かってしのび足で近づいていく。ぞろぞろと背後から男子生徒たちも付いてくる。
 ――ちょっとやめてよ。触らないで!
 女の悲鳴に近い声が聞こえてきた。思わず足が止まり、男子生徒たちを顔を見合わせる。みんな不穏な空気は感じ取っているようだ。
「やべえよ、戻ろうぜ」
 誰かがそう言いだした。言葉の通り、数人いなくなる。
 その場に残ったのは三人。顔も知らない同級生だ。
 ――好きなんだよ、お前のこと。逃げるなよ。
 ――やめてよ! 私、帰るから!
 ――行かせるかよ!
 落ち葉を蹴散らすような音が聞こえてくる。六郎は胃がぎゅっと掴まれる様な思いがした。誰もいない竹林。静かで風ひとつなく、穏やかな陽気の中。何かが起こっている。声がするのは、あの大きな岩が二つそびえる隙間から。世界から閉ざされたような陰湿な死角。
 六郎が見える位置まで移動しようとすると、同級生に肩を掴まれる。
「これ以上近づかないほうがいいよ。あの声、知ってる声だよ」
「知ってるのか?」
「一緒に入学してきた奴だ。物騒な奴ららしいよ」
 ああ、あいつか。六郎も知っている。学園自体は不良が幾人もうろつくような荒んだ環境ではない。喧嘩などに無縁な生徒たちの中、目立った男子生徒がいれば印象に残るというもの。
「確か、春日井と薬師寺」
 高校一年生の同級生の中で一回りも身体が大きく、胸板も厚い。二人が廊下を歩くと山がそびえているようにも見えて威圧的だった。春日井は頭を坊主に刈り上げており、薬師寺は顔面に縦に走った傷跡が印象的だった。
 悪い噂は良く聞いた。まるで学園の長のように我が物顔で徘徊する二人に誰も物申す人間はいない。だが、実のところ二人のことは何も知らないに等しい。唯一六郎が知っている、二人に共通したとても重要なことといえば、双方ともひどく残念な容姿をしていること。一生、女性に縁がなさそうな幸のない風貌と言おうか。
 六郎が場所を移動すると、残っていた男子生徒たちはもう付いてこなかった。心細くなったが、確認しないわけにはいかない。この張り詰めた水風船のような重々しい空気。何かが起こっている。良くない何かが。
 位置を移動しようとすると、一人の男が岩場の影から姿を現す。六郎は近くの岩に慌てて身を隠す。こっそり覗くと、大男は周囲をしきりに睨んでいる。近くに誰もいないことを確認しているのだ。
 ――やめて!
 女の悲鳴。
 胸が痛いほど心臓が高鳴る。
 落ちつかなそうに周囲をしきりに見渡しているのは薬師寺だ。顔の中央に大きな傷が走っている。野生のイノブタのように鼻をひく付かせて、極道のような眼光で周囲を見渡していたが、やがて人の気配はないと確認した薬師寺は岩場の影に戻っていった。
 ――お願い、やめて! 触らないで!
 恐怖が足元から電気刺激のように襲ってきた。足が動かなくなる。背後を振り返ると、一緒にやってきた同級生たちの姿はない。悪い夢の中。これが現実だと信じたくない六郎が、これが夢であることを願い始める。
 ――やめて! 誰か!
 女の悲鳴が、六郎にリアルな現状を知らしめる。六郎は、関節が増えてしまったようなうまく動かない足を動かして、這うように場所を移動した。
 見えた。
 薬師寺が女の子の口を押さえている。春日井が女の子の首筋を嘗め回しながら、制服のスカートをめくり上げて、太ももあたりをまさぐっている。
 女は必死に抵抗していたが、屈強な春日井と薬師寺の腕力によって岩に押し付けられたら逃れる術はない。
 これは。この現状は。
 自分ののどから漏れるうめき声と、炎のように熱い吐息を意識する。全身が脈打って、視界が水中にいるかのように鈍ってくる。正義と保身が葛藤して、全身の体温を押し上げている。体が熱くなって汗が噴出しているのに、全身は凍えたように震えている。
 恐怖しているのは、六郎の胸の中にある正義感のせいだった。目の前に起きている事態が他人事であれば、恐怖などしない。
 女に張り付いている春日井の手が、器用に女のパンツをずり下ろしたとき、女がまるで断末魔のように目を見開いて悲痛な悲鳴を上げた。
 六郎は立ち上がっていた。立ちくらみのように眩暈がした。目の前には目に見ることの出来ない弾力のある壁がある。前に進もうとしてもやわらかい壁が前進を阻止する。
 腹筋にいくら力をこめても絞まった喉から漏れてくるのはうめき声ばかり。
 春日井も薬師寺も事に夢中で六郎に気づいていないが、確実に見える角度と距離にいる。二人とも女の身体をまさぐるのに必死でこちらに気づいていない。
 一歩、前進する。そのたびに目に見えない電気を帯びた向かい風が吹く。もう一歩、さらにもう一歩。一歩……。
 
 
 
 いたるところが古びている。
 これが公立高校の現実だろう。校舎を建て直すような予算は組まれることはない。おそらく、戦後から残る木造校舎を鉄筋校舎にしたら最後、そのあと細かい改修はあったとしても、何十年もこの学園の校舎は立て直されることはない。
 月並六郎が入学した時点で「古びている」というのが第一印象だった。自転車置き場はまるで壁のない仮設の掘っ立て小屋のような様相。三メートルおきにアクリル屋根は崩れ落ち、屋根のない場所に配置された自転車は雨ざらしの運命とたどる。
 下駄箱の薄暗さ、校舎内の壁の黄ばみ黒ずみ。窓やドアの立て付けの悪さと、何人もの世代を隔てて使われてきたと分かる傷だらけの机。極めつけはトイレの湿っぽさ。タイルの床は黒ずんでおり、無数の有害微生物の巣窟である気がして用意に近づけない。反面、廃墟のような男子トイレと違って、女子トイレは改築されて間もないのか、白いタイルの床に白いシンクと清潔感に満ち溢れている。芳香剤のおかげで匂いもかぐわしい。なぜ男の六郎が女子トイレの実状を知っているのかの言及は後々語ることもあるのでここでは勘弁してもらって。
 さて、こんな高校でも立派に共学であり、男女比は均等である。決して劣等高というわけでもなく、女子レベルが著しく低いわけでもない。ところが入学して数ヶ月たった今でも、月並六郎にガールフレンドができる気配はないし、クラスメイトの女子生徒とさえあまり口を利いたことがない。もっとも彼女などいればエロ本争奪戦などに熱を上げたりはしないのだ。
 問題のエロ本争奪戦の翌日、普段どおり登校すると六郎はちょっとしたゴシップの中心だった。朝から六郎の席を囲んでいるのは、昨日の放課後にエロ本争奪戦を競った戦友たちだ。
「あの後、どうしたんだよ。なにがあったんだ?」
『四天王』と野暮ったい通称を持つ悪ガキ四人組のうち、二人があの竹林にいた。その春日井と薬師寺に恐れをなして逃げ帰ったくせに、陳腐な興味だけは満々である。
 エロ本争奪戦の話は、男の名誉にかけて女子生徒に聞かれてはならない。六郎は少し背中を丸めて、小さな声を出す。
「帰ったよ。別に何もなかった。ただあいつらが話してただけだよ」
「話してただけ? やってなかったのか?」
「やってないよ。本当に話してただけ。普通にあの後、俺も帰った」
 そう話してやると、興ざめしたクラスメイトたちは悪態をつきながら自席に戻っていったが、一人だけ残ったやつがいた。唯村という、昨日の争奪戦には参加しなかったクラスメイトだ。
 唯村にはエロ本など必要としない理由がある。中学生のころから付き合っている可愛らしい彼女がいるのだ。
「六郎、知ってるか?」
 唯村は妙に神妙な顔を近づけてくる。どうやら他に聞かれたくない話らしく、声を潜めている。その様子に興味を惹かれた六郎は「なにが?」と耳を傾けると、唯村は神妙に周囲をうかがってから言った。
「七組の鮎川って子、知ってるか?」
 鮎川といえば、知る人ぞ知る可憐な女子生徒。男を寄せ付け難くするような黒縁メガネの女の子。メガネっ子マニアの間ではアイドル的存在の女子生徒である。
「あの子がどうかしたのか?」
「妊娠しているらしい。俺の彼女から聞いたんだ」
「妊娠?」
 六郎はなんだか胃の辺りが重くなる思いがした。「セックス」は夢の国で巻き起こるミラクル・ファンタジーであるとしたら、「妊娠」は重苦しい閉塞感を突きつけてくる酸素の薄い現実。童貞六郎の夢見るセックスは子作り目的ではないし、乳を揉みたいのは搾乳のためではない。
「そんな顔をするなよ」
 唯村に指摘されて、自分はどんな顔をしていたのだろうと思った。
「あんな清純そうな子が、妊娠だぜ?」
 唯村は六郎に興味を抱かせようと、執拗に顔を近づけてくる。しかし、言われてみればそうだ。俺たちはまだ十六になったばかりの高校生。しかも箱の中で大切に育てられたかのような純白貞淑な可憐な女子高生が妊娠? 妊娠の背景には、間違いなく入れたり出したりするあの行為が存在する。
 要するに、あんな子がどこかの誰か知らない男と秘密のまぐわい行為を行っていたということになる。しかも避妊具なしで。
「相手は誰だと思う?」
 唯村がいたずらっぽくたずねてくる。完全に唯村の術中にはまった六郎は、見事に興味をそそられ身を乗り出していた。
「誰? 同じ学校のやつ?」
「誰なんだろうな。同級生かな」
 六郎は失望してため息を漏らす。
「知ってそうな顔したくせに、相手のこと知らないのか?」
「知るわけないだろ。彼氏の噂だってなかったんだぞ。だけど、気にならないか? 相手は誰なんだろう。子供は堕ろすんだろうか」
 分かってる。なんて軽薄な噂話をしているのだろう。よく分かってる。だけど気になるじゃないか。生活能力のない女子高生が妊娠なんてしたら、堕ろすか堕ろさないかの選択は必ず存在するし、その女子生徒の行く末については、人間失格水準すれすれな俺たちにとって重要なゴシップである。
「そもそも、なんで妊娠してるなんて知ったんだよ」
「俺の彼女が聞いたらしい。鮎川が誰かに相談したのが広がったみたいだ」
 つまり、鮎川は誰かを信頼して相談したのに、その誰かは簡単に誰かに秘密を漏らしてしまったのだろう。浅ましい連中の軽薄ネットワークで、こうして低俗で卑しい俺まで情報が伝わってきた。
 最低なのは分かってる。でも、ぞくぞくする下半身に対して嘘は付けない。
「鮎川、今日は休んでるのか?」
 俺が尋ねると、唯村は再び周囲を気にしながら小声で言った。
「それが、登校してるんだよ。さっき探りを入れてきたんだけど、普段と変わりない様子で、教室で本を読んでた」
「じゃあ、なにかの間違いなんじゃないか?」
「信用できる話なんだ。彼女の友達の妹が、直接に鮎川から相談を受けたらしい」
 彼女の友達の妹。近いような遠いような。
「ちょっとお前も見てこいよ、六郎。そんで様子を俺に報告しろよ」
「様子を?」
「実は彼女に様子を知らせろって頼まれてるんだよ。彼女はその子のこと心配してるんだよね」
 彼女の友達の妹の話ならば、唯村の彼女は鮎川と何の関係もない他人である。心配するわけはない。おそらく唯村も、陳腐な興味に毒されてしまった彼女に、体裁よく様子を見てこいと命令されたのだ。
 仕方なく六郎は教室を出る。朝の学校の喧騒の中、廊下を七組まで歩いていった。
 妊娠している女の子の様子を見に行くといっても、普段の鮎川のことを知らない俺は、どうやって異変に気づけというのだろう。
 廊下ではふざけあう男子生徒の姿。井の端会議をする女子生徒の姿でにぎわっている。学校での朝の姿とはこんなものだ。通り過ぎていく教室内でも机の上に座り込んでいる男子生徒たちが下品な笑い声を上げているし、女子生徒は卑猥な太ももを露にしながら男子生徒たちの目を引いている。
 そんな日常の中の「妊娠」の二文字。
 興味本位に覗き込んだりする行為は、道徳に反するのではないか。そんな引け目を感じたのも一瞬。花の女子高生の妊娠事件は暗い暗い興味を引いた。
 胸を高鳴らせながら七組に行く途中、ふと足元に一枚のクリアファイルを見つけた。透明なクリアファイルの中には、生徒たちに配られるテスト用紙や連絡用紙などの印刷用紙とは質の違う紙が入っている。薄手の上質な紙には縦横のマトリクスが描かれており、手書きの文章が並んでいる。
 手にとって見る。
「診断書……?」
 明朝体で美しくタイプされた文字の下には、枠組みされた余白に文字が書かれている。
「天見明良……軽度の精神疾患と診断?」
 見入っていると、出し抜けにその手から紙が奪われた。肝心の病名を見ようとした刹那だった。突然目の前から消失したクリアファイルに混乱して顔を起こすと、そこには男子生徒が一人、いぶかしげに六郎を睨みつけていた。
「み、見たの?」
「見たって……」
 身長は六郎より少し低いくらい。伸び放題の髪に櫛を通された様子はなく残バラに乱れている。ビンの厚底のようなメガネの向こう側で、挙動不審に目が左右に動いていた。
「お前のものなのか?」
「それより、読んだのか?」
 今度は焦燥と怒りが入り混じった声。
「軽度の精神疾患って書いてあったけど……。お前、なにかの病気なのか?」
 おそらく、診断書に書いてあった天見明良本人であろう男子生徒は、せわしなく六郎の目の前をくるくる回った。
 次に天見が六郎に詰め寄ってくると「このことは誰にも言うなよ」と釘を刺してきた。
 言うなといわれても、精神疾患と言われてもぴんとこないし、具体的な病名も分からなかった。戸惑っていると天見が再度、声を荒げた。
「この病気は本当にたいしたことじゃない。このことを誰かに言ったら、ただじゃおかないぞ。僕は本気だ。誰かにしゃべったら、僕の人生は終わりだ。そうなったら君の人生も一緒に終わらせてやる」
 その鬼気迫る様子におののいた六郎は「そんなの誰にも言わないよ」と約束させられた。まだなにかを言おうとしていた天見だったが、最後に舌打ちを残すとクリアファイルを抱きかかえていなくなった。
 呆然と立ち尽くして、いなくなった天見の残像を眺めていたが、本来の目的を思い出し、六郎は七組へ急いだ。
 朝のホームルームまであまり時間がない。トイレに行く振りをして七組をこっそり覗いてみると、ホームルーム近い時間帯にもかかわらず生徒たちはクラス中に乱れ歩いて騒ぎまわっている。テンション高いなーと思いながら、目的の鮎川を発見する。
 友達と和やかに談笑する様子に、妊娠という重大な事実を抱えている様子は見られない。
 六郎の視線が自動的に彼女を分析しだす。六郎の視界にはさまざまな分析結果のデータが上から下へ流れていった。
 鮎川藍子、十六歳。スリーサイズは知らないが、目測では上から79、54、80で、体重は46、身長は152。小柄で細身。
 一瞬で分析できたのはそれだけだが、その体を弄繰り回し、挙句の果てには孕ませた輩がいる。この学校にいるのだろうか。あんな子といろんなことをやりまくった奴が。
 七組を通り過ぎた先には渡り廊下に続く実習室各種しかなく、その先には用はないが、ここで引き返すのは不自然だ。
 六郎は新館に用がある振りをして渡り廊下に出ると、遠回りをして自分のクラスである二組に引き返していった。
 怪しい行動をした六郎であったが、ホームルームに遅れて担任教師にしかられた以外は、六郎の不自然な行動をいぶかしむものはいなかった。
 
 
 
 結局、鮎川の妊娠の真相は分からないが、六郎は鮎川といろんなスケベなことをやりまくった相手には焼きつくような興味を引かれて、この学校に相手がいるならばそいつを知りたくてたまらなかった。
 教室に戻った六郎は、唯村に鮎川の様子を伝えた。おそらく異変はない。妊娠しているという様子もない。
 妊娠は本当なのか?
 これほどまでに六郎の興味を揺さぶっておいて、いまさら間違いだったなんてことはないだろうな。
 釘を刺すと、唯村もいぶかしそうな顔をしていた。今夜、また彼女に詳しい話を聞いてくると約束して、その日は鮎川妊娠事件の話題をかわすことはなかった。
 ところが翌日。
 鮎川妊娠事件が気になってしかたない六郎は、登校するなり唯村の席へ一直線に向かって真相を確かめようとした。てっきり唯村が目をぎらつかせて重大な新事実を語ってくると思いきや、後ろめたそうに目をそらすのである。
「いや、あの件はもういいんだ。間違いだったのかもしれない。悪かったな、変なこと言って」
 などと抜かしている。
「おい、いまさらそれはないだろ。昨日、お前の彼女と話したんだろ」
「したけど……。でも、たいした話はしてないよ。お前ももう気にするなよ」
 怪しい。あからさまに六郎に目を合わせないその態度。何か隠してる。いったん火をつけられた六郎の興味はどうしてくれる。それで済むと思ってるのか。
「なにかあったのか? ひょっとして良心の呵責に悩んでるとか。でも、お前は俺にもう話しちゃったんだからもう遅いぞ。このままなかったことだなんて許さないからな」
 語気を強めると、なんと唯村はむすっとして「知るかよ。この話はもう終わりなんだよ」などと抜かして、六郎の肩をしたたかに押しやるではないか。
 くそ。これで終わり? 昨日までの、あのぎらついた目はどこへ行った腰抜け。
 六郎は失望しながら自席へ引き返していく途中に決意した。
 このままでは終わらせない。鮎川妊娠事件の相手。俺が調べだしてやる。相手が分かったら、唯村の前で知ってるふうな顔をしながら、絶対に教えてやらない。
 復讐を誓った六郎は、まず鮎川の妊娠の真相を突き詰めるべきだと考えた。
 本当に妊娠しているのだろうか。まずはその調査だ。


 妊娠有無の調査だ、といっても果たして六郎はどうしていいかまったく分からなかった。
 妊娠しているかどうかなど、どうやって調べたらいいのだろう。
 ふと、昨日廊下で拾った診断書を思い出す。診断書から病院を連想し、妊娠しているのなら鮎川も病院に行って検査をしているのではないかと気づく。ならばその診断書を見ることができれば、とりあえず妊娠の有無は確認できる。
 昨日の診断書。
 六郎は昨日のことを思い起こしながら、すばらしいアイデアを思いつく。気の弱そうな厚底メガネの同級生。俺が診断書を拾ったときのあのうろたえよう。あいつ、ちょっと脅したら協力するかもしれない。
 そう考えて、昼休みに天見明良がいる教室まで向かうと、天見明良はパンをかじりながら辞書のような分厚い本を読んでいた。
 他の教室はなんとなく他人の家のような気がして容易に入り辛いが、目立たないように忍び込んで天見の近くまで寄る。背後から読んでいる本を覗き込むと、極小の文字がびっしり突き詰められたページ。めまいがするような文字列を微動だにせず睨みつけている天見の肩を叩いた。
 天見は「ひあ」と悲鳴を上げて肩を震わせる。その声に教室にいた生徒たちが俺たちを顧みた。
 注目を浴びて戸惑っている天見に小声で耳打ちする。
「ちょっと話があるんだ。顔貸せよ」
「な、なんだよ」
 卑屈そうに顎を引きながら天見は六郎の腰あたりを睨みつける。
「あのことを知られたくないんだろ。だったら来いよ」
 天見は周囲をぎょろりと見渡してから、仕方なさそうに席を立つ。この学校で人気のない場所といったら、教員の駐車場がある校舎裏だ。そこまで天見をつれてくると、いぶかしげな天見に「あのことは誰にも言ってないだろうな」と睨まれた。
「言ってない。だけど俺は噂が大好きで仕方ないんだ。こんな面白そうな噂、しゃべっちゃいそうだな」
「ふざけるな。君にとってただの興味本位でも、僕にとったら人生の一大事だってこともあるんだぞ」
 そう。そのとおり。同級生の妊娠なんて他人事であるが、本人に取ったら人生の一大事。どうぞ下衆野郎と罵ってくれ。最低だと言われたって、これが俺の生きる道。
 六郎は本題に入る。
「お前、自分の身を守るために、他人の秘密を暴くことができるか?」
「はあ?」
「お前の秘密をばらさない代わりに、他人の秘密を調べるんだよ」
「なんなんだよ、それ。脅してるのか?」
「そうだよ。同級生のある女の子が妊娠したらしい。その真偽を確かめたいんだ。お前にちょっと協力してほしい」
「妊娠? この学校の子? 知り合いの子なの?」
「そんなの関係ないだろ。お前、すっごい頭がいいって聞いたんだ。だったら誰にもばれないように彼女の家に忍び込んで、診断書を覗いて来いよ」
 天見はまるで猫の轢死体でも見るかのように軽蔑のまなざしを突き刺してくる。
「君はそんなこと、本気で言ってるのか? 君のやろうとしてることを分かりやすく解説してあげる。まず、他人の弱みに付け込んで犯罪をやらせようとしている。それも、君のただのちんけな興味欲を満たすだけの目的で。相手の心をなんだと思ってるの? 他人の秘密を暴くなんて、そんな相手の尊厳を無視した行動が許されると思ってるのかよ」
「ぐたぐた難しい理屈はいいんだよ。俺は知りたいんだ。あの子が妊娠しているかどうか。それと、相手が誰なのか」
「調べてどうするんだよ」
「どうもしないよ」
「まさか、それをネタにその女の子を強請って強姦する気じゃ……」
 六郎は衝撃を受けた。なんだそのアイデアは。思いもつかなかった童貞脱出のアイデアを、まさかこんなところで提示されるとは。
 へへへ、妊娠を知られたくなかったら抱かせろよ。中で出しても大丈夫だろ。うへへ。
 ぞくぞくした。
「……そんな最低なことはしない」
「でも、顔がいやらしくなってるよ」
「ま、まさか」
 六郎は両手で顔をごしごし拭いた。寝て起きたような顔になって改めて天見を見る。
「とにかく知りたいんだ。鮎川藍子って子の家に入って診断書を読んできてくれ。その後は相手が誰かを調べるんだ」
「犯罪の片棒なんて真っ平だよ。やりたければ自分でリスクを犯せよ」
「じゃあ、お前の病気のこと、みんなにばらしてやるぞ」
 天見は口惜しそうに「く」と唸った。
「最低なやつだな、君は」
「解かれない謎に対して、放っておけないだけだ」
「そんな言い方したって格好良くないよ。君は人の尊厳を傷つけてまで、秘密を暴きたいのか?」
「誰にもばれないよ。知るのは俺たちだけだ。他に漏らしたりしない」
「君はそうやって相手の弱みを握って、欲望を満たしていく人間なんだね。将来が残念だよ」
「残念って言うな。いいから協力するのか? しないのか?」
 天見は「ううう」といって、乱れた髪の毛をかきむしる。
「し、仕方ない……」
「おっ。協力するのか?」
「妊娠が本当かどうか、それは調べてあげる。だけどそれだけだ。その条件なら飲んでやる」
 妊娠の真偽だけ。相手が誰かまでは調査しない。そう言っている。だけど、また脅してやれば言う事を聞くはずだ。取り合えず耳障りのいい返事をしておこう。
「それでいいよ。じゃあ、鮎川藍子の家に忍び込んで……」
「そんなことしなくても調べられるよ。妊娠してるかどうかを知りたいんだよね。家に忍び込むなんてリスキーなことをするより、確実な方法をとろう」
「確実な方法?」
 天見はあごに指を当てて思案を巡らす。もうすでに頭を切り替えたようだ。
「ああ、本当にこんなことやりたくないけど……まずは彼女の行動スケジュールを調べようか」
「そんなの調べてどうするんだよ」
「調べないでどうするんだよ。人は決まった行動をするもんなんだよ。そうだな。一週間、彼女の行動記録をとろう。君もちゃんとやるんだよ。二人で交代で四六時中彼女の行動を監視する。まずは彼女の日常の行動パターンから把握するんだ」
 六郎は戦いていた。
 一週間四六時中張り付いて彼女の行動パターンを洗い出す?
 なんて発想をするのだろうか。なんだかんだいってこの天見という男、案外ストーカーなどの資質を持っているのではないか。
 ひょっとして同じ穴のムジナ。
 六郎は細く微笑んだ。
 こうして俺たちの軽薄な青春は幕を開けたのだ。
 

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