あっちから変なの出てきた

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第二章 【 長い長いプロローグ 】


 私の最後の日。
 そう思っていた日から、私と少年の奇妙な生活が始まった。
 少年は礼拝堂で気を失ってから翌日に目を覚ますと、前日の様子が嘘のようにいたいけな少年の様子を見せた。
 エレーナのベッドに寝かせていた少年は、目を覚ますなりエレーナのことなど気にする様子もなく、窓の外の雪を珍しがった。
 あれはなんだとエレーナに質問を繰り返し、実際に見てみたら? と外に連れ出すと、降り積もった雪を手にすくって空中にばら撒きながら喜んだ。
 コートはまだ宮殿にいたはずだが、姿を見せない。心配をよそに、少年は給仕が運んできた食事もたらふくほうばった。
 腹が膨れた少年は眠いと言い出して昼寝して、二時間ほどで目を覚ますと、エレーナに一緒に遊ぼうとせがんだ。
 子供と遊ぶ。
 千年前の、あの宮殿での生活にタイムスリップした気持ちだった。
 エレーナは紙とペンを用意した。絵でも描かせようと思ったが、少年は不思議そうに紙とペンをにらみつけるばかり。
 ためしに「そこに自分の名前を書いてごらん」と言うと「名前?」と首をかしげた。
「そう。名前、あるでしょう」
 少年は頬を膨らませる。
 どうやら名前はないらしい。
 それもそうである。前日に突然、運命により産み落とされたばかり。名前も無ければ自分が何者かも分かっていないだろう。
 そんな状態で私を封じて、数百年を過ごさなければならない。
 急に少年が気の毒になる。
「名前、つけてあげようか?」
「名前? べつにいらない」
 そう言って、少年は紙にペンを走らせ始める。
 適当にぐるぐると円を描くように、線を書き重ねていく。
 意味の無い殴り書きだろうと思ったら、良く見ると何か目的があって書いている模様に見える。
「なにを書いてるの?」
「うう……。わかんない」
 そういいながら、ぐるぐるとペンを走らせる。
 すぐに飽きて、少年は次の遊びをせがんでくる。
 どうしようか。
 千年間の孤独な生活で、子供と遊ぶ方法を忘れてしまった。
 昔なら、こんなこと気にもしなかったのに。
「どうしたい? ここには何も無いの。外は雪だし……。どうしよう」
 そのとき、部屋にコートが入ってきた。
 入ってくるなり、エレーナと少年が座っていたテーブルになにかを置いた。置かれたのは一枚のボード。その上には小さな石彫りの人形が積まれていた。
「少年、僕と勝負しないか? 昨夜、徹夜で作ったんだ。升目をある法則で動かして、中央にいる姫をお互いの駒で奪い合うゲームだ。これは戦略や知力がものを言う。なかなか奥深いゲームだぞ」
 エレーナの感情が、瞬時に千年前に戻っていった。
 子供たちにせがまれ、仕方なさそうに縁側でゲームを作っていたコート。
 そして、私に美しいと言ってくれたコート。
 あのときから、私はコートを愛していた。
 いえ、その前からずっと。
「いいよ」
「それじゃあ、ルールを教えよう。もし君が僕に勝つことができたら、とてもいいことを教えてあげよう」
「ええ! 本当!?」
「ああ、本当だ」
 少年は飛び上がって興奮した。
 あとはルールを説明するコードの言葉を、一言も漏らすもんかと聞き入って、一回の説明でルールを覚えてしまった。
 すると、それからは一日中、コートとボードゲームをしていた。
 私はとても心地よい気分でそれを眺めつづけた。
 あの、幸せだった天空の宮の日々。
 それがよみがえってきたかのような高揚感。
 あのときのコートが帰ってきた。
 夜まで五回の対戦を繰り返し、いずれもコートの圧勝だった。
 まだやる、と声を上げる少年に、コートは「一日五回までにしよう。頭を休めて、作戦を練ることも大事だ」と言うと、少年は頬を膨らませた。
 頭を酷使したせいか、夕食の後はすぐに眠りに付いた。
 エレーナは「ぷう」と息を漏らした。
「子供と遊んだのは千年振り。思い出しました。あのときの気持ち」
 食卓の食器を片付けながら、ボードゲームをしまうコートに声を掛ける。
「僕も同じだ。これなら運命と戦っていたほうが、よほど楽だと思えるよ」
 エレーナは気になって聞いた。
「一日五回……。コート、しばらくは宮殿に……」
「ああ、いようと思う。少年が勝つまで……、とまでは言わないけど」
 エレーナは感激で飛び上がりそうだった。
 まさか、私を封じるために現れた圧縮能力者の少年が、私たちを封じるどころか、以前の関係に近づけつつあるなんて。
 このまま、しばらくは……。
 もしかしたら、戻れるかもしれない。
 あのころの二人に。
 
 
 
 その日から、コートと少年は一日中、ボードゲームに興じた。私はお菓子や紅茶を差し入れし、飽きることなく傍で二人の対戦を眺めていた。
 少年の味方になって一喜一憂しながら過ごす時間は、何事にも変えがたい宝物になった。
 少年は日々、確実に上達していた。十日もたつと、コートを唸らせることは一回や二回ではなくなり、徐々にコートを負いつけていくことが多くなった。
 少年と私、そしてコートの三人の生活が始まって二十日が過ぎたころ。
 私はふと、不安になった。
 もし、少年がボードゲームで勝利してしまうようなことがあったら?
 コートはまた、いなくなってしまうのではないか。
 未来を予測できるコートが負けることなど、考えられないが、少年が上達するに連れて、私の心は徐々に苦しさを増した。
 一瞬の幸福でもいい。それを感じられたら私は満足。
 私は確かにそう言ったはず。なのにこうして望んでいたものを得られたら、私はこの幸福を永遠にとどめておきたいと願う。なんて身勝手なのだろう。
 ――この少年は、どうして私を封じないのだろう。
 絶対的な強制力を持つ運命というしがらみさえ忘れたかのように、無邪気に過ごす少年。
 私を封じることだけが、少年の存在する目的である。
 いつか来るのだろうか。
 なんの前触れも無く、少年が私を封じる日が。
 この幸福が突然、幕を閉じる瞬間が。
 まさか、このひと時さえも、運命が策した筋書きの一部なのだろうか。
 
 
 
 全ての理を理解し、全ての未来を見通せるコートが、万が一にも負けることはない。そう思うことで安心感を得ようとするエレーナは、反面、こうとも考える。
 コートがわざと負ける。
 なぜそんなことをする必要があるかと問われれば、答えはまったくないが、ありえる可能性としては存在していた。
 そんな不安を抱きながら、少年が現れてから二十五日目。
 とうとう、コートはボードゲームで少年に負けたのである。
 
 
 
 少年は飛び上がって勝利を喜んだ。
 コートは困惑気味に首筋をなでている。
 私はただ、コートのことばかりを見た。
 わざと負けたの?
 この生活を終わりにするために。
 コートがいなくなる?
「もう一度だ、少年」
 コートはそう言って、ボード上の駒を並べなおした。
 もう一度?
 私は注意深くコートの様子を伺った。
 すると、視線に気付いたコートは少し怒ったように唇を尖らせる。
「なんだ、エレーナ。僕が負けたのがそんなに意外なのか?」
「意外……というか」
「いいさ、次は勝つ。エレーナも少年の応援ばかりしてないで、たまには僕の味方もしてほしいものだ」
 少年は上気したように頬を赤らめながら、興奮気味に席へ着く。
 するとコートは腕まくりをして次の対戦を始めたのである。
 二人は「くそ」「しまった」「やられた」など、言葉を発しながら目をギラギラさせてボードゲームに興じる。
 その様子を見て、エレーナは恐る恐る口を開く。
「まさかコート……。本気で負けたの?」
 コートはボードから目を離すことなく、「笑いたければ笑えばいいさ」と答える。
 エレーナの胸の中に、言い知れぬ感情が渦巻いた。
 これは……私は嬉しいのか。
 喜びか不安か、判別しにくい感情がつま先から脳天まで微電流のように流れる。
 不意に顔を上げたコートが、私を見て目を丸くする。
「エレーナ、なぜ泣いているんだ。僕が負けて、涙を流すほど嬉しかったのか?」
「ええ……。嬉しいの。コートが負けて」
「くそ。次は勝つさ。その涙を悔し涙に変えてやる」
 千年前。
 私たちが運命と仲違いして永遠の命を得たときから、失われていたものが、この敗戦により蘇った。エレーナはそう感じたのだ。
 コートの人間らしさ。
 それをもたらしたのは、皮肉にも運命の使者であるこの少年。
 名も泣き少年は、コートとまったく同じように血眼になってボードをにらみつけながら一喜一憂している。
 今回の対戦はコートの勝ちだった。
 今日の対戦は一勝一敗。あと三回戦ある。休まずに次の対戦となった。
 一日五回の対戦で、結局コートの四勝一敗で終わった。
 
 
 
 その夜、少年が寝静まってから一室で、コートと私は紅茶を飲みながら向かい合っていた。
「本当に実力で負けたの?」
 コートは最も突かれたくない部分を指摘されたかのように表情を曇らせた。
「負けるつもりは無かったよ。あんな戦略があるなんて思いもしなかった。あのゲームは僕が作ったものだが、あれほどに奥深いものだとは」
 本気で負けたらしいことは、今のコートの様子が雄弁に物語っている。
「なんだその顔は、エレーナ。そんなに僕が負けて嬉しいのか?」
「いいえ、嬉しいのではなくて、微笑ましいのです。コートがそんなに悔しそうにするなんて……」
「そりゃそうさ。僕はあのゲームの神とも言える。創造主が負けるなんて、天地がひっくり返ったのと同じだ」
「あの子の喜びようったら……。きっと、夜のうちにたくさん戦略を練ってるんでしょうね」
「利口な子だ。発想がとても創造的で、奇想天外で、奇天烈で。彼の思考はとても読みづらい」
 ふと、エレーナは浮かんだ疑問を口にする。
「コートが、あの子の嗜好を読めないの?」
「ああ、今まで存在していなかった理を突きつけられているようだ。世界と言う箱の中に満ちていたものを、僕は全て解析していたつもりでいたけど、僕の知らないブラックボックスの部分がまだあったということだ」
「それってつまり……」
「あの子が、僕らの運命を解き放つかもしれない」
 エレーナは、このとき悟ったのである。
 コートが何のために少年と過ごし、何日もボードゲームに興じるのかを。
 すべてのことを千年間でやりつくし、すべてが変える事が出来ないと絶望した中で現れた希望の光を、あの少年に見出したのである。
「なぜか分からない。だけど、あの子は運命の絶対的な理から外れることができる。それは運命の筋書きのひとつなのか、それとも誤算なのか。僕にすら答えを出すことができない」
 コート、あなたはまだ……。
 蘇りつつあったと感じていた千年前の生活。感情。それらは幻だったのか。
 もういいの、コート。そんなことは。
 きっと長くない。
 運命がくれた、最後の猶予の期間。
 私はただ、その時間を幸せに過ごしたい。
 もう未来のことなんていい。
 少年がもたらしてくれた子の瞬間を、大切に過ごしたい。
 そんなエレーナの気持ちは言葉にならず。
 それから五日後。
 少年が現れてから三十日後に、とうとうコートは少年に勝てなくなった。
 
 
 
 コートが少年にまったく歯が立たなくなった。
 三十日目の対戦で少年が五勝してから、その後、コートが勝つことはなくなった。
 ところがコートがめげる事はない。
 エレーナにはまったく分からなかったが、対戦後のコートとエレーナのお茶会でコートが言うには「少年が新たな戦略で僕に勝利し、次の対戦で僕が克服すると、さらに少年が創造的な新たしい戦略で攻めてくる」ということらしい。
 同じ負けでも、内容はいつも新鮮で、戦略は尽きることが無いらしい。
「僕が必死に追いすがる立場だ」
 ここまで何十日と、飽きもせずにせずにボードゲームの日々。
 その日々がまだ続く。その予感にエレーナは安堵するばかり。
 それでもいつか来る。
 この生活の終わりが。
 神様の猶予の時間が終わる日が。
 
 
 
 終わりの日は唐突にあわられた。
 少年がやってきてから五十日後のことである。
 その日の対戦を終えたコートは、いつものお茶会で不意に口にしたのである。
「今日で終わりにしよう」
 終止符を打ったのはコート自らのことであった。
 私はその言葉がいつその口から出てくるのか、毎日怯えていた。
 とうとう打たれてしまったピリオド。
 私は食い下がった。
「まだあの子はやる気でしょう。せめてあの子が飽きてしまうまで」
「あの子は飽きないさ。気が遠くなるほどの奥行きを持ったゲームだ。僕ら二人で何百年対戦したとしても、新しい手は尽きることがない。それより、この五十日で僕は新たしい筋書きを書いた」
 筋書き。その言葉は、身の毛もよだつほどの恐怖も呼び込んでくる。
「おそらく、本当の最後の筋書きになるだろう。どういうわけか、運命が生んだ新しい子は、運命の筋書きから逸脱することの出来る能力を備わっている。運命が与えた能力なのか、予定外の出来事なのか、僕にも分からない」
 コートの瞳に、五十日間の間失われていたはずの混沌の渦が蘇っていた。
 ダメ。
 終わる。
 コートがまた、人の心を失ってしまう。
「やめてコート。私はもういいのです。私はこの五十日間、とても幸せでした。千年前から失われていた感情が胸の中を満たしていくようで、私はとても楽しくて仕方が無かった。なのにあなたはまた私を孤独にするのですか? あなたはまた、暗闇に戻っていくのですか?」
「戻っていくのではない。まだ暗闇の中にいるのさ。長い洞窟の中さ。本当の光を得るには、出口に向かうしかない。僕はその道案内を、あの少年にしてもらう」
「どうするつもりなの、あの子を。あの子はもう、私を封じる気なんてない。ただ、毎日を楽しく過ごしたいだけだわ。あんな子供を利用するなんて」
「子供に見えるが、運命の使者であることは間違いないんだ、エレーナ。過酷な運命を背負ってしまった子。この理から逃げることは出来ない」
「そんな不幸な運命を背負わせてしまったのは私たち。その代償をあの子に支払わせるつもりなの?」
「エレーナ、僕らの敵は強大すぎる。打ち勝とうとするならば、どんなものでも利用しなくては勝てる相手ではない」
「人間らしさを失っても?」
 エレーナの口から漏れた言葉に、コートは言葉を失った。
「私たちは人間らしさを失って、なにを目的に生きているの? ただ消え去れるためだけに、多くのものを犠牲にしてきた。この国すら滅ぼそうとしている。もうこれ以上、罪を重ねたくはない。せめて私たちのこの小さな陽だまりのような時間と、これからの少年の幸福を――」
「少年が使命を忘れて生きていくということは、エレーナ、君はまた絶望的な日々を過ごすことに他ならない。両方を得ることは出来ないんだ、エレーナ」
 分かってる。そんなこと。
 でも、誰かを不幸にして得る幸福なんて。
「君は少年に封じられることを望んでいたのではないのか。それは少年を巻き込んでいることになるだろう。いまさら、なぜ反対する」
「それは……」
 エレーナは思わず目に涙をためる。
「人間だからよ、コート。少年が最初に現れて、少年に封じられることを願いながら心の中で少年に謝っていた。だけど、五十日間もの間、少年と過ごしてしまった。情が移ってしまったのよ。私はもう、少年に私の運命に巻き込みたくないの」
 コートはエレーナの言葉をゆっくり租借すると、おもむろに立ち上がった。
「エレーナ、君は少年を守ると?」
 ああ、やってくる。
 この幸せの瞬間が、終わるときが。
「ゆだねるわ」
「ゆだねる?」
 コート、私の言う言葉なんて、聞き返さなくても知っているはずなのに。
「あの子は自分の意志を持っている。運命に左右されない、自分だけの想いがある。あの子のしたいようにしてもらう。私を封じたいのなら、そうすればいい。この世界で、自分の人生を過ごしたいのなら、私は少年を守る」
 コートは目を瞑った。
 瞑想するかのように静止していたのは数秒程度。
「分かった。この瞬間から、君と僕は目的を違うわけだな」
「違う! コート、違うの! 私は――」
「違わないのさ。まあ、いい。僕は君のやりたいようにさせる。だけど、君は僕のやりたいことを邪魔することは出来ない」
「邪魔するなんて……」
「お互い、自分の意志を信じよう。もし、僕が失敗したのなら、後は君の思い通りに。僕がまた、運命に敗れたとき、僕はもうなにも言うまい」
「それって、どういう意味なの?」
「言葉通りの意味さ」
 コートがおもむろに背を向ける。
 エレーナは慌てて立ち上がる。
「待ってコート! 私はただあなたと過ごしたいだけなの! どうして分かってくれないの? どうしてまた立ち去ろうとするの!」
 エレーナの訴えは、コートの背中に跳ね返って、エレーナの背後に消えていった。
 もう、コートは振り返らない。その瞳に見えているのは未来への筋書き。
 もう、私を見てくれない。
 まるで幻想のようだったこの五十日間が、嘘のように。
 あなたはやっぱり、なにも分かっていない。
 なにも分かってくれなかった。
 
 
 
 コートが宮殿を去って静寂に包まれた礼拝堂で、私は静かに神々の肖像を見上げていた。
 明かりは祭壇に立てられた十数本の蝋燭のみ。蝋燭の炎の光に照らされて、神々の肖像は躍動を得たように揺らいでいる。
 肖像を見上げるエレーナのずっと背後。
 礼拝堂の扉が開いた。
 エレーナがゆっくり振り返る。
「エレーナ様。お初に目にかかります……」
 礼拝堂の荘厳な空気や静寂を意識してか、来訪者の声はとても小さかった。だが、距離を置いたエレーナの耳には、確実に言葉は届いている。
「ようこそ、コロタリ。あなたを呼んだのはほかでもありません」
 入り口付近で片膝を付き頭を垂れるのは女。
「あなたには、私の描いた『筋書き』に協力してもらいます。私の話を聞いてくれますか?」
「もちろんでございます」
 恐縮して、よりいっそう頭をたれる女。
「では、部屋の置くまでいらっしゃい。話は夜明けまでかかるでしょう。あなたは私の全ての話しを理解し、それを忠実に遂行しなければなりません。覚悟は良いですか?」
 御意に……。
 コロタリの小さな声が届いた。
 最後の……。
 これが最後の輪舞曲。
 コートは運命に負けるだろう。
 私はせめて、この少年を。
 
 
 
 長いプロローグの終わり。
 
 
 十年前に再び現れた女性は、一人の子供を抱えていた。
 前に女性が現れたのは、さらに十年前のこと。
 そのとき、彼女は自分のことを「エレーナ」と名乗り、千年前から生き続けている呪われた運命を語った。
 そのときの彼女の来訪は、人探しを目的にするものだった。
 探していた相手は「トレチャーク」である。
「私の『兄』であるトレチャークは、どうなったのでしょう」
 鳴音楽という男が、自分が管轄する地域である青空公園に来訪した異世界の女にそう問われた瞬間、全てを理解したのである。
 目の前にいる女性は、術師の千年の歴史の根源である、二番目の不死人。
 嘘のような伝承に残された歴史は事実だったのだと、鳴音楽はこのとき知った。
 エレーナは帰るまでには、まだ時間が必要であることを告白し、しばらく鳴音楽の家に居候することとなる。
 毎晩のように彼女は、自らの呪われた運命を全て語った。
 そして、なぜ鳴音楽の前に現れたのか。なぜ今さら現れたのか。その理由を明かす。
「あなたが、私の子孫だからです。私と兄のトレチャーク。同じく緑色の瞳をもった」
 信じられなかった。世界に術師が存在する根源が、まさか自分の先祖などという事実。到底受け入れられるものではない。
「私たちは家族です。私はあなたに災いをもたらすつもりはありません。ただ、知りたいのです。なぜ、私とコートは異世界に行き、トレチャークはこの世界に残ったのか。それは私たちの意志ではありません。紛れもなく運命がそう指示したのです。私とコートは、自らがなぜ隔世に渡ったのか、その理由を知りません。いえ……コートはもはや、気付いているかもしれませんが」
 鳴音楽はトレチャークが封じられている事実と、エレーナの問いかけには答えられそうもない事を伝えると、彼女は悲しそうに微笑んだ。
 その後、彼女は全ての事実を語り終えると、時間が来たと伝えて、異世界へと帰っていった。
 
 
 
 そして十年後、再び来訪した彼女は一人の少年を抱えていた。
 青空公園を周回していた鳴音楽の前に現れたエレーナを一目見たとたん、感激とともに不安が強く渦まいた。
 そんな鳴音楽の様子を悟ってか、彼女は妖艶に笑って、ひとつのお願い事をした。
「この子を守ってくれませんか? とても良い子です。ぜひ、あなたに任せたいのです。私の子孫であるあなたに」
 その子供は年のころ、六七歳くらいの男の子だった。
 彼女の腕に抱かれて眠る少年は、奇妙なほどに生気が薄い。
 何の目的で、なぜこの子を引き取らなければならないのか。そう問うと、彼女はやはり悲しそうに微笑んだ。
「私には頼りにできる人があなたしかおりません。この世界に知り合いは、あなた一人だけなのですから」
 お願いされた瞬間こそ戸惑ったものの、男は子供を受け取った。
 彼女はまた変えるまでに時間がかかるといい、しばらくは鳴音楽にまたお世話になるということだった。話を聞く時間は十分にある。
「渦の中心。常にそこにいる宿命の子。この子の宿命、これから先の未来の話。すべてあなたに聞かせます」
 彼女は言ったとおり、一ヶ月間かけて、少年の運命を全て語りつくした。
「少年はこの世界に存在しては不釣合いな強力な力を持っているために、ある施術が施されています。隔世の技術で、『呪具』と呼ばれるものです。この子はおそらく、通力に関しては人並み以下でしょう。誰よりも弱く、誰よりもやさしい子です。呪具は力を抑え続けますが、運命の強制力までは押さえつけることができません。私が今、こうしてこの子の運命を捻じ曲げたとしても、運命の復元力は、また同じ運命の流れにこの子を押し戻すでしょう。それまで、この子をどうか愛してください。大切に育ててあげてください。通力は失われていますが、賢い子です。きっと手を煩わせるようなことも無いでしょう」
 彼女は去り際に、言葉を残した。
「この子がたどる運命は、想像を絶する過酷なものになるでしょう。この子はいずれ、私を消し去りに来る。でも、私はこの子を尊重したい。この子が思ったとおり、行動できるようにしてあげたい。もし出来るならば……」
 異世界へと消え去るその瞬間、彼女が口にしたのは。
「この子が愛する女性と、一生涯幸せに暮らせるように――」
 彼女は余韻を残し、異世界へと帰っていった。


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