あっちから変なの出てきた

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第七章 【 それから孤独へと続く道 】


「さあ、確か、佐々倉たちが安全な場所までたどり着いたとき、奏兄ちゃんにはそれがわかるんだったよね」
「ああ」
 牢獄内には堅いベッドに腰掛ける奏と、膝の上にはノエル。対峙するのは立ち続けるナユタと、背後の鉄格子越しに仁王立ちする巨大の四ツ目族二人。
 妙な静けさと、お互いの息遣いだけが空間を埋める。
 ナユタは微動だにせず、にたついた口元だけを動かす。
「じゃあ、それまで真実ってやつを話ししようか」
 真実。
 奏の知りたい真実は一つだけである。
「三百年前――」
 ナユタは口を開く。
 奏が知りたい真実の内容とは思えなかったが、静かに耳をすませた。
「三百年前にコソボ・カユウ……。つまり、コソビュティル・カユウ王妃は、当時、給仕として仕えていた側近で実子のトレミ・カユウとともに城を出た。表向きには追放という形になっているが、真実は反乱をおこすための逃亡だった。さて、ここまでで質問は?」
 もちろんある。だが、奏は首を横に振った。
「じゃあ、話を続けるね。コソビュティル・カユウ王妃は、もちろん王妃という肩書から分かるように、ルルアラトス・グロウリン王の妻だった。結婚したのは、王妃が逃亡する五十年ほど前。もっともルルアラトス・グロウリン王は、千年の王政の間、何人もの妻をめとっているが、コソビュティル王妃もその中の一人。コソビュティル王妃は、ルルアラトス王との間に、二人の子をもうけた。さっきも言った通り、一人はトレミ・カユウ。そしてもう一人、トレミの兄にあたるクロス・カユウ。クロスは今では、城内警備の最高責任者になってるね。奏兄ちゃんもあったことあるはず。はい、ここまでで質問は?」
 奏は首を横に振り、話を促した。
「クロスは幼少期、頭に重度の怪我を負い、それまでの記憶を失った。いい? ここが重要なんだ。クロスは『頭に重度の怪我を負い、それまでの記憶を失った』んだ。よく覚えておいてね。コソビュティル王妃は城を逃亡する際、クロスを連れだせなかったのは、記憶を失っており、クロスの母親に対する愛着も失っていて、説得できなかったからだけど、でもそれよりも重要な理由がある。もう一度言うよ。クロスは『頭に重度の怪我を負い、それまでの記憶を失った』んだ」
 なぜ、頭の重傷を、それほどまでに強調するのか。それはこの話の先に答えがあるのだろう。
「それでも、コソビュティル王妃はなによりもトレミを城から連れ出さなければならない理由があった。それは、トレミの能力である『万能系の召喚士』としての素養。生まれてはならなかった召喚士としての最高傑作。その才能が発覚したのがヴァルアラトスの人体実験からだった。ヴァルアラトスの人体実験の数々は多種多様を極めたが、召喚士というものの研究も盛んに行われていた」
 疑問が生まれる。一つや二つではない。だが、奏は疑問を投げかけない。
「コソビュティル王妃はこの才能を持つトレミの将来を危惧し、王族から隠さなければならないと思った。なぜ隠さなければならないかと言うと、トレミという才能が生まれたからには、その複製を作らなければ気が済まないのがヴァルアラトスという人間だったからだ。ヴァルアラトスはトレミを細胞の一片までに分解して、調べつくすことだろう。そうなる前に、トレミと一緒に城から逃亡したんだよ。さて、本当に質問しなくていいの? 疑問でいっぱいかと思うけど」
 口を閉ざし続けた。無言で話を促す。ナユタはやれやれと鼻息を漏らすと、話を続けた。
「城を逃亡したところで、コソビュティル王妃とトレミに解放は訪れない。日々、追手に怯える毎日。二人に対する追跡は執拗を極めた。王族からすれば身内が体制に逆らって逃亡するなど、大恥もいいところだったし、ヴァアルアラトスからすれば最高に興味深い実験体をやすやすと諦めたくはない。追い詰められたコソビュティル王妃は、トレミと一緒に王政を倒すしかなくなったんだ。そのころにはトレミはチリル・ルイサという強力な眷族を手に入れていた。手に入れた細かい経緯は分からないけど、チリル・ルイサは元々、ウィンディアで旅を続ける双子の姉妹だったらしい。それ以上の情報はないからわからないけど、トレミが二人と契約することにより、チリル・ルイサはとんでもない力を手に入れることになった。その一端は、奏兄ちゃんも知ってるよね」
 チリル・ルイサを召喚したことは一度しかない。だが、封印されていたという鎖に巻かれた状態で、あの破壊力である。二度と召喚しないと誓った。
「チリル・ルイサは本当に王都、いや三ツ目族を滅ぼしかねない力を持っていた。その当時の記録は抹消され、歴史的に無きものにされてるので、詳細は分からないけど、その力を封じたのは、皮肉にもクロス・カユウだった。クロス・カユウの力も知ってるよね。おそらく地上最強の盾。召喚能力の無効化の力だね。クロスには眷族の住処、力の源である狭間の世界と、召喚士との関係を断裂させる特殊能力を持っている。ここも重要なんだよ。よく考えてね。兄であるクロスは『召喚士が眷族と結び付くための狭間の世界との関係を断裂させる能力』を持っていて、妹であるトレミは『どんな生物でも眷族として契約できる万能系の召喚士の能力』を持っているんだ。どちらも『コソビュティル・カユウ』から生まれている。この意味、分かる?」
 奏は全身を粟立てた。堅いベッドに座っていたはずだが、今は牢獄の宙に浮いているような感覚だ。
 それは真実に気付いたからである。
 なぜ、ユーナが王族であると言われているか。それが今の言葉の中で正解として語られていたからである。
「コソビュティル・カユウ王妃が実子であるクロスに敗れ、ヴァルアラトスに封じられる形で反乱に敗北したのち、コソビュティルはヴァルアラトスお得意の実態実験の材料として、二人の子供を産ませられる。男女一人ずつね。その新たに生まれたコソビュティルの子は、男の子はクロスと同じ能力を持って生まれた。女の子は、トレミと同じ能力を持って生まれた。つまり、男の子は『召喚士が眷族と結び付くための狭間の世界との関係を断裂させる能力』を持って産まれ、女の子は『どんな生物でも眷族として契約できる万能系の召喚士の能力』を持って産まれた。もう言いたいことは分かるよね?」
 分かっている。もう分かっている。だけど、さらに疑問は積み重なり、さらなる混沌の渦に奏を巻き込んでいく。
「僕もミユナ姉ちゃんも、コソビュティルの子供なんだ。だから二人とも城で仕えていたし、実験体としてヴァルアラトスの側近として給仕していたんだよ。同時に王族であったのは『父親がヴァルアラトス本人』だったからなんだよ」
 
 
 
 森の途中、四ツ目族に解放された佐々倉とトレミは二人、暗い森の中を歩き続けていた。
「ササクラ、どこまで行く? カナデは?」
 トレミが声を上げたが相手にしているひまはない。
「まだ黙ってろ」
 佐々倉は冷たく言い放つ。
 奏には申し訳ないが、今はまず、奏より優先しなければならないことがある。
 四ツ目族に解放される前に、言い渡されたことがある。
 ――この先の森に、開けた空間がある。明かりが灯っているからすぐにわかるだろう。
 森の開けた空間、明かりがともっている場所。佐々倉はそこを目指していた。
 しばらく無言で直進すると、森の木々の感激に、ほのかに明かりが見えた。目に残った残像かのようにも思えたが、目を凝らすと確かに明かりであると分かった。
 自然と、佐々倉の足取りが速くなった。暗闇の森、足元に何があるか分からない。慎重に歩くべきだとわかっているが、気が焦ってそんなことに気が回らない。
 今までの人生を暗示しているかのようだった。ずっと暗闇の中だった。盲目の中、泥濘でもがくように、必死にたった一つの灯を求め続けていた。永遠に続きそうな苦しみともどかしさの中、ようやく見つけた光である。
 何度か樹木に肩をぶつけられながらも、光源にほど近い場所までたどり着いた。
 森の開けた空間の中央に、一本の二メートル弱の棒が突きたてられており、そこにランプがぶら下がっている。ランプの下には大きな切り株があり、そこに寝かされている二人を発見したとき、佐々倉の身体の奥底から正体不明の振動が襲ってきた。
 佐々倉は走り出す。
 ランプのほのかな明かりに照らされた二つの身体。一方は大人の女。一方はまだ幼い女の子。
 息をしているか、していないか、佐々倉には分からなかった。いやな予感を必死に抑え込みながら佐々倉は二人の身体を必死にゆすった。
 先に目を覚ましたのは女――佐々倉の妻である。
 薄く眼を開いた後、視界が佐々倉の顔をとらえる。徐々に見開かれていくと同時に、光を灯していく瞳。
 完全にその視界には佐々倉が映し出されていたが、妻は硬直したように身じろぎ一つしなかった。
「麻由美……!」
 佐々倉から零れた滴が、彼女の頬に落ちた時、彼女はようやく唇をわななかせた。
「そ、想平さん……!?」
「麻由美……! 遅くなって済まなかった……!」
「本当に……!? 本当にあなたなの……!?」
 訳のわからない世界。
 日本という土地よりも、世界という土地よりも、地球、太陽系、銀河、大宇宙という広大な領域よりも、さらに訳の分からない異世界という空間で、どこにあるかも分からない森の中、名称も分からない樹木の切り株の上で、ようやく見つけ出した。
 失われてしまったと、諦めることもできた。悲しみに暮れ、ただ慟哭することで自分を慰めることもできた。
 でも、探し求めた。全宇宙の隅々だって、探し出して君を見つける。そう誓った。
「あ、あなた……!」
 麻由美の両腕が佐々倉の首筋に伸びてきたとき、佐々倉は麻由美を引き寄せ力強く抱きしめた。
 妻がそこにいた。
 妻と佐々倉の身体の間には、まだ眠る娘の沙紀の身体があった。
 確かにそこにいる。
 その実感は、幻想世界で抱きしめた時の比ではなかった。
 自分が存在していると、妻と娘を通して証明してもらっている。確かに自分が生きていると――。
「ねえ、どうして、どうしてこんなことに……!」
 突然、娘とともに異世界に放り込まれて、どんな生活を強いられてきたのか。どうしてそんな目に逢わなければならなかったのか。妻はずっと問うてきたはずだ。
 理由などなかったし、佐々倉が一番、気まぐれな神に怒りを覚えていたが、再会の感激に浸りたい気持ちを必死に振り払い、佐々倉は抱きしめていた妻の身体を引きはがした。
「時間はないんだ。逃げなければならない。聞きたいことはあるだろうが、今は俺を信じて、一緒についてきてくれるか?」
 麻由美は佐々倉の顔を見つめながら、一瞬不安そうに眉をひそめた。佐々倉と真木綿の間にできた、たった数十センチの距離。そのわずかな距離でさえ、再び家族を引き裂く隙間にならないかと不安になる。
「奏が……俺の友人が助けを求めてる。俺やお前を救ってくれた大事な友人だ。一緒に来てくれ」
 遠慮していたのか、それまで黙っていたトレミが、佐々倉の頭上で声を上げる。
「そうだ。カナデがまだ捕まってる。早く助けないと!」
 麻由美は不思議そうに佐々倉の頭上にいる小さなトレミを見たが、隔世の生活も長いのだろう、不思議な人間を見ても動揺したりはしなかった。
 すべてを理解したわけではないだろうし、察したわけでもないだろう。だけど、麻由美は頷いた。
 佐々倉は眠っている沙紀を抱きあげた。麻由美は佐々倉の腕に手をまわした。
 ここはまだ、四ツ目族どもの監視の目があるかもしれない。夜の闇にまぎれて、安全な場所まで移動しなければならない。
 佐々倉は慎重に、そしてできるだけ早く森の中を移動した。
「どこに行くんだ、ササクラ。カナデが待ってるぞ」
 トレミの言うとおりだ。どこまで行けばいいのか。はたしてどこまで行けば安全なのか。
 分からなかったが、必死に歩みを進めた。
 どれくらい進んだのか。
 ふと、妙な気配に足を止めた。
 周囲は一向に変化の無い森。ところが、違和感があった。これは、佐々倉だから気付いた違和感である。
 どこかに……。いまいる周囲の近い場所に、なんらかのカモフラージュをされた「何か」がある。
 大家貴信のもと、素養を見いだされて鍛え抜かれた特別な感覚にひっ掛ったそれは、明らかに森の中で隠れ蓑にふさわしい場所を指示している。
 直観を頼りに、違和感を感じる方向へ歩いていく。
「想平さん……どうしたの?」
 声を押し殺した妻の声。
 答えなかった。聞こえていたが、研ぎ澄ました集中力の中、声は脳にまで届いていなかった。
「想平さん、私、予感してたの……」
 佐々倉は答えなかったが、麻由美は話を続けた。
「夢を見てた。ほとんど覚えていなかったけど、あなたが私を起こして呉れる直前まで、私は夢を見てた。あなたと幸せに暮らしていた時の夢。あなたが私のために家を買うって言ってくれたとき、私は嬉しかったけど、私は広い家より、いつでも視界の中に家族がいる、狭い部屋の中で暮らしていくほうが、私の望みだった。だから、家が広くなったら、きっと家族の距離感も広がって、希薄になってしまう気がしたの……」
 佐々倉のアンテナに引っかかった場所は、直径六、七メートルはありそうな大岩。
「そんな私の心配を、あなたは気づいていた。だからあなたは、建築デザイナーに注文して、家の中央を吹き抜けにして、家族みんながいつでも視界に収まるような設計の家を建ててくれた。私は感激した。そんな私たちの家で、穏やかに、幸せに暮らす夢……。だけど、それは夢の中だとどこかで気づいていて、この幸せはかりそめなんだと理解してた。そして、あの青年が来た時、この夢も終わるんだと思った。夢の中でも、とても現実感にあふれている青年。あなたを迎えに来た青年」
 佐々倉は気づいた。
 この大岩は、中が空洞になっている。だが不思議なことに、注視しなければ、この大岩に中に入るための扉があることにすら気づけない。扉は人工的な建造物であるが、それ以外はただの自然岩である。
 これは、自然が生んだ隠れ蓑である。誰かが意図的にカモフラージュしたものではなく、天然のカモフラージュが施されているのである。
 どうしてそんな状態になったのか分からないが、安全に身を顰めるのはここ以外にあり得ない。
「青年が現れた時、あなたとの再会を諦めた。あなた、本当にごめんなさい……」
 ごめんなさい。
 その言葉に、佐々倉は麻由美に意識を向けた。
 なぜ謝る。
 謝るのは俺のほうなのに。
 佐々倉が麻由美を見ると、彼女はうつろな目をしている。足元もお簿ついていない。
「おい、どうした、麻由美」
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」
 そう言うと、麻由美はひざから崩れ落ちるように意識を失った。慌てて抱きとめる佐々倉。
「おい! 麻由美!」
 なぜ意識を失った? いや、それよりもなぜ意識を失う前に謝ったりしたんだ。
「ササクラの奥さんは、ずっと眠そうにしてたぞ」
 トレミがそう言った。
 ――そうだ。そもそも、切り株で麻由美と沙紀を発見したとき、なぜ二人とも眠っていたんだ。逃げないように薬を盛られたのかと思っていたが、様子が違う。
 佐々倉はぞっとして、二人を抱えながら大岩に近づいた。
 大岩の扉は施錠されておらず、取っ手部分を引くと音もなく開いた。
 中は暗闇。だが空気の違いを感じる。外の森と、明らかに異質の空気だったが、それがなんなのかを分析しているひまはない。
「……まっくらだな」
 トレミが小さな声で呟いた。トーンを落とす必要などなかったが、そうしたくなる気持ちもわかる。大岩内に何かいるような気配はなかったが、闇には正体不明の怪物が寝息を立てているのではないかという危惧がぬぐえず、無意識に息を顰める。
 どこかに麻由美と沙紀を横にできる場所はないか。
 壁にもたれ掛けさせるように二人を降ろすと、手探りで大岩内部を探索した。
「なにも見えない。トレミ、暗闇に目が強いけど、それでも見えない」
 それは佐々倉も同じである。おそらく、トレミよりも夜目は利く。だからこそ、暗闇の森を疾走できたのだが、この大岩の中は黒一色に染まり、佐々倉といえども何も見えなかった。
 壁に手を触れながら歩き、大岩内を調べる。相当広い。加えて、さまざまな物が置かれているが、それが何なのか分からない。それでもちょうどいい板と、大量の布が見つかったので、どうにか急ごしらえのベッドを作ってそこに二人を寝かせた。
 二人の様子を見る。熱はない。かといって冷え切っているわけでもない。脈も正常、呼吸も落ち着いている。
「ササクラ、どうなんだ? 二人は大丈夫か?」
「ああ、心配ない。ただ眠っているようだ」
「でも、起きないぞ」
「疲れているのか……。あるいは薬か。俺も医者じゃないが、さっきまで麻由美も目を覚ましていた。少し休ませれば問題ない」
 その言葉に嘘はない。明かりがないため顔色は見えないが、ただ眠っているだけのようにしか思えない。ところがそれで安心できるわけではない。佐々倉は何度も麻由美と沙紀に声をかけて体をゆすって、目を覚まさせようとするが、二人は一向に起きる様子がない。
 ふと思い出し、懐から一枚のカードを取り出した。奏との約束である。
 牢獄にいた時、奏から手渡されたもので、これはプティシラからもらったカードだ。この中にはプティシラの生体が埋め込まれていて、彼女の持つ眷族を代理召喚できる。
 いま現在、奏はノエルを召喚している。
 奏がこれを佐々倉に託した以上、なんらかの手段を思い付いたと思っていい。このカードをどうしろとは、具体的な指示はない。だが、これが奏が脱出するために、とっさに思いついた唯一のプランだ。このカードを渡された以上、やることはひとつしか思いつかない。
 ――すまない、麻由美、沙紀。
 二人が心配でたまらなかったが、奏との約束を保護するわけにもいかない。
 ――奏を助けたら、安全な場所まで移動しよう。そして、一刻も早く元の世界に戻る方法を見つけるんだ。
 佐々倉はカードを目の前に掲げると目をつむり、神に祈るように念じた。
 
 
 
「僕もミユナお姉ちゃんも、母親はコソビュティル・カユウ王妃、父親はヴァルアラトス・グロウリン副王なんだよ」
 疑問は奏のあなたの中にあふれかえり、とうとう混乱をきたした。
 ユーナがヴァルアラトスの子?
 コソボ婆の子?
 そんなことがあり得るわけがない。だって、ユーナは……。
 奏はようやくそれらの疑問を口にした。
「ユーナも、お前も、トレミも、コソボ婆とヴァルアラトスの子供だって言うなら、なんで二ツ目族なんだ。親は二人とも三ツ目族だぞ。クロス以外は、みんな二ツ目族だ」
「そう、奏兄ちゃんならそこに気付くと思った。そうだよね。おかしいよね。でも、さっき僕が言ったこと、覚えてる?」
 すべて覚えている。だが、どの言葉のことを言っているのか分からなかった。
「覚えてないかな? クロスの話をしていた時、言ったじゃないか。これは、三ツ目族すらしならない、一部の王族しか知らない究極の真実だよ。よく思い出して。クロスの話をしている時、僕はなんて言ったかな?」
 なんて言ったか。
 会話の紐を、少しずつ手繰り寄せていく。
 そして、その結論に至った時。
 奏は思わず立ち上がっていた。
 一度にさまざまな疑問が解決していったとともに、さらに多くの疑問が生まれてきた。
 まさか、そんなことが。
 なら、三ツ目族だけではない。四ツ目族だって同様である。
 だが、話の辻褄は合ってしまう。
 これまで聞いてきた、三ツ目族の千年の歴史と、ユーナやナユタ、トレミを取り巻く状況。
「分かった? 千年前、ヴァルアラトスが率いる三ツ目族がユベリア帝国を滅ぼした時、それまで三ツ目族と呼ばれる種族は一切存在しなかったんだ。しかも、四ツ目族はさらに数百年後に突然現れるまで、世界中のどこにも、そんな種族は存在しなかったんだよ。それじゃあ、三ツ目族はいったい、どこから現れた?」
 クロスの話。
 ナユタはこう言った。
『頭に重度の怪我を負い、それまでの記憶を失った』
 重要であると、何度も同じ言葉を繰り返した。
 三ツ目族であるコソビュティル・カユウの四人の子供のうち、三人はなぜ二ツ目族なのか。なぜ、クロスだけ三ツ目族なのか。
「三ツ目族は種族じゃないってことか……?」
 呆然と奏が呟くと、ナユタは嬉しそうにうなずいた。
「そうだよ! 三ツ目族は種族じゃない! とういうことは、どういうことになる?」
 どういうことになるって……。
 三ツ目族である両親から生まれるのが、二ツ目族の子供であるってことは、つまり。
「三ツ目族は作られたって言ってるのか? 三ツ目族はすべて、元は……」
「そうだよ!」
 歓喜のナユタの声。
 奏は崩れ落ちるように、ベッドに腰を戻す。
 まさか、そんなことが。
「三ツ目族は、元は二ツ目族だって言うのか……?」
「そう! そのとおり! すべての三ツ目族は、産まれたときはみんな二ツ目族だったんだよ。例外なく、全員ね」
「それは……ヴァルアラトスも……」
「ヴァルアラトスも、ルルアラトスも、コソビュティルも、みーんな元は二ツ目族だったんだ。ヴァルアラトスが編み出した施術で、もう一つの目を額に埋め込まれた。その施術は二ツ目族の力を増幅させ、治癒力を増幅させ、寿命を永らえさせた。でも、代償もあるんだよ。代償はそれまでの記憶と人間らしい感情を失うことと、眷族との契約能力を失うこと。通力は向上して、強靭な肉体を手に入れて、寿命は延びたけど、それまでの記憶と感情、眷族契約能力を失う」
 なんだ、その真実は。
 この真実が分かった今、なにが変わった?
 まだ疑問は残る。いや、今まで以上にあふれかえる疑問の数々。
「奏兄ちゃんに深くかかわってきた人間たちは、ヴァルアラトスとゆかりの深い人間ばかり。ねえ、このことが偶然だったと思う? 本当に奏兄ちゃんは、自分の意志でこの世界をさ迷い歩き、ここに居るのだと思う?」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ。なぜ過酷なこの世界で、何も知らない異世界の人間である奏兄ちゃんが生き延びてこれたのか。なぜ、ヴァルアラトスとゆかりのある人間ばかりに出会うのか。ミユナ、僕、トレミ、コソビュティル、クロス、ラリルド、そして、プティシラとルーディ」
「プティシラとルーディ? この二人が何の関係があるんだ」
 そう疑問を投げかけると、性感帯を刺激したような恍惚の表情を浮かべるナユタ。その表情に末恐ろしさを感じ、寒気を覚える奏。
「ふふふ、そうだよね。それを説明しないと何も始まらないよね。全てだよ。全てに意味があって、正解があるんだよ。分からないよね? 奏兄ちゃんには何も分からないよね。うふふふ。でも、プティシラとルーディ。これが奏兄ちゃんにとって、それが最大の真実だよ。プティシラとルーディ。この二人、いったい何者なのか。プティシラはなぜルーディを追うのか。ルーディはなぜ逃げるのか。いまから奏兄ちゃんに絶望が訪れるよ。覚悟はいい? ねえ、本当に真実を知ってもいいの?」
 聞きたくない。どこかで誰かが警告を発している。
 この先は、決して聞いてはならない暗黒の真実。
 聞けば絶望。
 なにが。
 奏の知らない、見えない暗闇で、いったい何がうごめいているのか。
 なにが……。
 いったいなにが……!
 奏の胸の中ではあふれかえる疑問と、なぜか分からない深い慟哭が沸き起こり、胸がつぶれてしまいそうに苦しかった。


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