あっちから変なの出てきた

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第十一章 【 現世−伊集院照子の憂鬱 】


 伊集院照子が最終的に提案した策は、以下のような簡単なものだった。
 失踪事件が人為的なものであれば、各地に配属されたイスカ領域の警衛する人間に、極秘に通信機のようなものを点ける。配給する術具に取り付ける、というのがもっとも簡単な方法。
 なぜ、極秘にやる必要があるか。それは、自然管理委員会側の仕掛けた茶番の可能性があるからだ。国からの予算獲得のために、隔世からの危機を演出している可能性がある。なら、弦の得意の裏工作で、極秘裏に進める必要があるというのだ。
 真相が自然管理委員会の画策であったとしても、それを公にするかどうかの判断は鳴音弦の判断にゆだね、伊集院照子は一切に感知しない。
 そういう話となった。はれて伊集院照子は役目を果たし、本格的な休養、というなの宴会付けの日々にまい進することになる。
 ところが三日後、鳴音弦からの結果報告を受けて、伊集院照子一同、また刈りだされることとなった。
 
 
 
 場面は高級温泉宿の客室。和室二十畳はありそうなその中央で、膝を突き合わせて座るのは鳴音弦と伊集院照子。それを遠巻きに眺めるのは琴、スーリン、倉敷である。
 弦の緑眼をわずらわしそうに、首筋を撫でつつ不躾な態度を取り続ける伊集院照子に、懇々と弦が説得を試みている。
「どうでしょうか、伊集院さん。今一度、力を貸してもらえませんか?」
「もう力は貸しただろう。貸しは返したはずだ」
「こんなもので返したなどと思ってほしくありません。われわれが犠牲にした労力は馬鹿になりませんよ。われわれが世界オーディションで費やした費用と労力を換算すると、総額――」
「世界を救うための労力だろうが。術師として当然の労働だ」
「そのとおりです!」
 弦が大きな声を出す。
「世界を救うための労力を費やしたのです。つまり、我々はこういう事態の対処のため、あなたに協力したのです。だからこそ、あなたは我々に手を貸すべきなのです」
「またわけの分からん理屈を……」
「通らない理屈ではありません。あなたの要求を受けたのは、世界にとって有益な行動だと思ったからです。その延長線に現状があるんです。いま伊集院さんが我々の要求を断るとなれば、いままで協力してきたことは、まったくの徒労だったということになりますね」
 言わんとしていることを理解したのか、伊集院照子は「しまった」と言いたげに舌打ちをした。
「あなたが動かないのなら、われわれはもうこれ以上の労力は裂きません」
 つまるところ協力しないのなら、弦もこれ以上、伊集院照子には協力しないと言っている。
 弦の調整能力にずいぶん救われてきた伊集院照子である。弦のサポートなくしては、結局伊集院照子は好き勝手に行動できなくなるのは目に見えている。
 さすが自然管理委員会本部と、自然公安研究所の軋轢、摩擦を取り持ってきた手腕は捨てがたい。伊集院照子は唸るしかない。
「我々は伊集院さんが、世界を救うため、というのなら協力を惜しまないでしょう。ですが、その結果、世界を救うための行動を伊集院さんが渋るのであれば、我々は伊集院さんの協力体制を解くしかない。お分かりいただけますか?」
 脅しである。といっても、ここまで伊集院照子に強く出ることのできる人間は、おそらくどこを探しても鳴音弦だけであろう。
「……ううむ、とりあえず、話を聞いてから決めようじゃないか」
 弦が緑眼を光らせて、冷ややかに笑みを作ったのを、琴は見逃さなかった。緑眼の獅子と呼ばれた伝説の男、鳴音楽の血を色濃く引き継いでいるのは、やはり鳴音弦であろう。
「さて、術師失踪事件の首謀者ですが、伊集院さんのおっしゃったとおり、隔世からの干渉でないことは明らかになりました。そう見せかけようとした、人為気的な画策でありました」
「その程度は分かってしかるべき。現代の術師の能力低下は見ていられんな、まったく」
「おっしゃるとおりです。伊集院さんの提案どおり、我々の部署が極秘で動き、術師に配給する術具に通信機を取り付けました。そこで新たに発生した失踪事件。さっそく通信機をもとに、失踪した術師の行方を追いました。発見されたのは東京湾にある、埠頭の倉庫でした」
 伊集院照子はあごをしゃくって話の続きを促す。
「そこには行方不明となった術師の術具が放置されていましたが、問題の術師の姿はありませんでした。さっそく調査員を派遣して、現場検分を行ったところ、妙なことがわかりました」
「妙なこと?」
 弦の巧妙な話しぶりに、伊集院照子は興味を引かれる。
「どうやら、人間に対する結界術が使われた形跡がありました。それ以外の痕跡は何もなかったのですが、たった一つだけ、『人間に対する結界術』というわずかな痕跡だけ発見されたのです。これが意味するところ、伊集院さんなら分かりますよね」
 伊集院はふん、と鼻息を漏らしてそっぽを向いた。その後、一人の名前を口にした。
「川本クリスティーヌ、か」
「さすが、察しがいい。そのとおりです」
 琴も知っている。川本クリスティーヌとは、かつて自然公安研究所のチーフマネージャを勤めていた大家貴信という初老の男が『藪北ファミリー』と称して人員育成に当たっていた、その生徒の名前である。
 その藪北ファミリーには、琴にゆかりのある人間もいる。かつて琴のパートナーであり、上司であった佐々倉想平と、幼馴染である鳩谷多恵も、藪北ファミリーのメンバーである。
 青空公園での人外来訪事件のあと、自然管理委員会を追放された大家貴信は、自らのお抱えの人間を引き連れて失踪したのである。
 どこでなにをやっているか、現在までまったくの不明であったが……。
「大家貴信が動き出したか」
 伊集院照子のつぶやき。この声のトーンに、事態の重さが含まれている。
 あの当時、伊集院照子は御札化から復元され、力のほとんどを失っていた状態だったが、そんな中でも敵なしだった伊集院照子を、もっとも苦しめたといえば川本クリスティーヌ以外にいない。なぜか、伊集院照子は川本クリスティーヌを異様に警戒していたのを覚えている。
「嫌な名前が出てきたものだ。やつらがなにを企んでいるというんだ?」
「それは分かりません。なぜ術師を誘拐しているのか。自分の仲間にするため? もしかしたら新しい術具を開発し、それの実験に力を振るわせる要員に当ててるのかもしれません。いずれにしても、いまはなんともいえません」
「それで?」
 伊集院照子の眼光が変わった。客室の空気がぴりっと静電気を帯びたのが分かった。
 弦は神妙に口を開く。
「この事態、分かっているのは『術師が人間に対して、悪意を持って攻撃を仕掛けている』ということです。それも、戒力、情力を使って。この意味、伊集院さんになら分かるはずです」
「また政治の話か。うんざりするな」
「術師が人間に対して能力を使う行為。これは北京条約でもっとも重要な禁止事項として定められています。もし、術師が通力を持って自然管理委員会に対して反逆行為を働いているとしたら……」
「歴史上、例を見ないテロ行為か。公になれば世界中からバッシングを受けることは間違いないな」
「しかも、各国の反対を押し切って、人間にも危害を加えることが有効な戒具の実用化を推進したのも日本です。それを使用されてテロが行われたとなれば、各国からはそれ見たことか、と冷笑を浴びることでしょう。日本の高い技術力への信頼は失墜し、なし崩し的に隔世からの脅威の防衛最前線を担っている信頼すらも失います。こうなると……」
「外国の介入。アメリカ、中国、ロシアあたりか。そうなればもちろん、自然管理委員会の実効権すら諸外国にかっさわられる。行政の一部が外国に握られるとなると、日本がアメリカに州化される、中国に自治区化される足がかりにされかねない、という懸念があるわけだな」
「おっしゃるとおりです。この事態は、絶対に公にできず、極秘裏に解決しなければならない。この日本のためにも」
 嫌な話である。聞いている琴は胸がずしんと重くなる。
「とにかく、もう一度聞くが、私になにをやってほしいというのだ」
「大家貴信の暗殺……」
 弦の言葉にぎょっとしたのは琴だけではあるまい。
「……にかかわる、攻略を。情力、戒力が対人間に使用された場合の、マニュアルが自然管理委員会には存在しません。対抗する手段を、ぜひ我々とともに」
 
 
 出し抜けに立ち上がったと思うと、伊集院照子の発した大声は、由緒正しき高級温泉宿全体を痺れさせ、隔世までも届くのではないかと思われた。
 
 
「こ と わ る !!!!」
 
 
 生存における防衛本能。それが事前に琴を突き動かし、大声が発せられる直前に両手で耳をふさいでいた。
 防衛本能の働かなかった倉敷とスーリンは、伊集院照子の口から発せられた衝撃波にやられて、泡を吹いて白目を剥いている。
「馬鹿にしおって、この愚か者めが! この私にお前らの不始末の尻拭いをさせる気か! おとなしく聞いていれば調子に乗りおって! 日本の意地? 諸外国からの防衛? お前らの目的は隔世からの脅威の対策だろうが! 日和おって、このくずが! 私はお前らの道具ではない! 日本がどうなろうと知ったことか! 勝手に侵略されて滅びるがいい! おろかな日本民族め!」
 ひとしきり罵声を吐き終わると、ぜいぜいと肩で息をする伊集院照子。その罵声を正面から受け止めた鳴音弦。
「……おっしゃりたいことはそれだけでしょうか……」
 弦が静かにそう言うと、伊集院照子はさっきまでの怒りはどこへやら、平然としながら再び座布団に腰を下ろす。
「というのが私の本音だが、まあ、いいだろう。協力してやろう」
 と、妙に拍子抜けする声でそう言った。
 はい?
 琴は呆然と伊集院照子を見る。
 さっきまでの怒涛の叫びはなんだったのか。何事もないような弦と伊集院の二人は、すでに今後のことに話しを進めている。
 なんだ、いまのは。
 理解するまもなく、伊集院照子が「おい琴、こっちこい」と手招いている。とくに機嫌が悪いような様子もない。
 恐る恐る近づいていくと、そこに座れ、と指示されてちょこんと正座する。
「話は聞いていたと思うが、自然管理委員会は大家貴信を極秘裏に暗殺することに決めたらしい。まあ、私たちが暗殺に手を貸すことはないだろうが、知恵くらいは貸してやろう」
「でも……暗殺なんて……。大家貴信以外の人たちはどうなるのでしょう」
「まあ、こちらの想像以上の抵抗を見せなければ、命まではとられないんじゃないのか。いいから一緒に考えるぞ」
 腑に落ちないまま、琴は事態に巻き込まれていく。
 
 
 
 ――当日。
 当日というのは、大家貴信が潜むアジトを自然管理委員会が突き止め、綿密な計画を元に、襲撃計画を立てた後の、その襲撃当日のことである。
 高級温泉宿の件から、実に三ヵ月後のことである。この三ヶ月というものの、伊集院照子は具体的な行動を起こさなかった。あれほど強烈に主張していたトレチャークを封じるという使命のことも、忘れてしまったかのように口にしない。その代わり、スーリンと琴を非常に厳しくしごいた。自然管理委員会のスクールの施設を間借りして、琴、スーリン、そして弟の鳴音階を交えて、血のにじむような訓練を繰り返した。
 そして今日。訓練は休みにして、みんなで大家貴信の大物取りを見物しようと言い出したのである。鳴音弦はそれを断らなかった。むしろ、伊集院照子に控えてもらえるという利点を重視した。
 こうして、夜中の三時に田舎に走る高速道路の高架下で、パイプ椅子に腰掛けながら黙って事の進行を見物していたのである。
 大家貴信がアジトとしたのは、埼玉県の某市、山腹にある鉄工所跡地であった。周囲にはうっそうと森が茂っていたが、近くには高速道路も通り、国道も程近い。民家はまばらだが、襲撃にはもってこいのひっそりとした場所である。
 深夜三時。
 集められたのは高速道路の高架の下だった。近くの建設業者の資材がうずたかく積まれたその中心。明かりは最小限に抑えられ、音の発する器具や車両は最小限に抑えられている。
 作戦の指揮を取るのは、緑眼の獅子の血を受け継ぐ、鳴音弦。ここ数ヶ月で、すっかり鳴音弦は父親の開いた穴を埋めるまで成長し、こうして重要作戦の指揮を任せられるまでに地位を向上させた。
 父親の七光りばかりではない鳴音弦の指揮能力は、人材不足の自然管理委員会では右に出るものはおらず、さまざまな現場で引っ張りだこである。
 集められたのは、おおよそ自然管理委員会の作戦とは思えない、物理的な装備を施した特殊部隊である。総勢、二十五人の急襲部隊と、十名の術師の精鋭部隊。それにすでに配備されている百名あまりの待機部隊は、もう鉄工所跡の周囲の雑木林などに身を潜め、万が一の事態でも大家貴信らを取り逃さないために包囲網を張っている。
 最後に作戦本部の技師や命令系統の要職たち。
 隅のほうで見学を決め込んでいる伊集院照子一同をあわせると、総勢百五十名あまり。
 多忙の疲労も、微塵たりとも見せず、各位に配給された骨伝道式のヘッドセット通信機に声をかける。
「対人間用の術具に対するマニュアルは頭に入れてあるな。事前の情報収集によると、敵は更なる改良を加えた戒具を主要武器として携帯している。戒具による武器の携帯は使う者の個性に左右されるため、飛び出してみたいとその特性は分からない。だが、君たちに期待するのは『攻撃される前に封じ込める』ことである。戒具の特徴は把握してもらってると思う。戒具をもっている人間が、最優先に戦闘不能にしなければならない対象だ」
 骨伝道の通信機は、伊集院照子一同にも支給されており、鳴音弦の言葉は琴にも届いていた。
「目的は大家貴信の捕獲と拘束。それができなければ射殺。いいか、とっさの判断は諸君に任せる。だが、大家貴信に逃げられることだけは決してあってはならない」
 急襲部隊、術師精鋭部隊は微動だにせずに鳴音弦の言葉に耳を傾けている。すると、伊集院照子に肩を叩かれた。
 見ると、彼女はヘッドセットに取り付けられたマイクを指差している。
 察した琴は、周波数を伊集院照子とのプライベート回線に周波数を合わせた。その様子を見ていた倉敷、スーリンも同様に周波数を合わせる。
「覚悟をしておけ」
 通信機から伊集院照子の低い声。
「覚悟?」
 事が尋ね返すと、伊集院照子は神妙に頷いてみせる。
「今日だけのことではない。いつ、なんどき、われわれは覚悟をしておく必要がある。スーリンがやってきてからの三ヶ月あまり、お前らを鍛えに鍛えてきたが、満足いく仕上がりとは到底言えない。だが、私のときもそうだった。私が川原静子から圧縮能力を引き継いだとき、ともに行雲途山修行へ向かったが、トレチャークに敵うような力は身に付かなかった。それでもなんとかトレチャークを封じることができたのは、たった一つの要素、『覚悟』があったからだ」
 目の前で漆黒の戦闘服に身をまとった部隊が、静かに行動を開始した。それほど距離も離れていない大家貴信のアジトに向かって。
「なぜ、いまそんな話を?」
「運命、とは私たちにはどうしようもない、一方通行の道筋だ。琴よ、第六の部屋まで行ったお前には、それが分かっているはずじゃないのか」
 ずきん、と胸が痛んだ。
 分かっている。理不尽とも不条理ともいえる、運命の道しるべ。
 伊集院照子は何かを伝えようとしていた。今日、ここにやってきたことも、琴やスーリンに何かを伝えるためなのだ。
 彼女にはこの結末が見えている。大家貴信のアジトへの急襲作戦。この先にあるもの。それをしかと見ろと言っている。そのことで、学べることがあるはずだと。
「私が最後に教えられる、たったひとつのこと」
 伊集院照子はスーリンを見て、次に琴を見た。その瞳のなんと穏やかなことか。
 そのとき、激しい爆発音とともに森の一角が昼間のように明るくなったのが見えた。
「モニターを展開しろ!」
 突入した。
 もはや声を抑える必要のなくなった鳴音弦が大声を張り上げて指示をする。
 用意されていた巨大モニターのスクリーンが煌々と明かりをともした。
 そこに映し出された光景は、急襲部隊がヘッドギアに取り付けたCCDカメラの映像である。
 スクリーンの下部には、メインに映し出されている隊員の映像以外の、CCDカメラの映像が、細かく分割して映し出されている。
 伊集院は席を立って、モニターに近寄っていった。続いて琴たちも後をついていく。
 テレビゲームのようだと思った。
 隊員は暗闇の鉄工所内をライトを頼りに前進し、視界に入り込んだ標的に対して、次々に発砲していく。なぎ倒されていく人々。倒れた人々は、痙攣して泡を吹いているのが垣間見れた。
 スタンガンである。発砲すると三点を結んだ針金が対象の身体に突き刺さり、電撃を発するのである。
 発砲しては次の弾薬を詰め込み、リロードして次の標的を撃つ。
 テレビゲームのよう。
 シューティングゲームの画面のよう。
「おい、弦。16番のモニターに切り替えろ!」
 伊集院照子の張り上げた声に、弦の命令を待たずして、モニターが16番に移り変わった。そこに映し出されたのは――。
 俵原孝司だ。
 鉄骨組みの階段を、二階に向かっている踊り場に、犬歯をむき出しにした俵原孝司の姿があった。藪北ファミリーのリーダである。
 ここが大家貴信のアジトであることを、ようやく理解した琴。
 隊員の持っている銃の銃口が、とっさに俵原孝司に向いたのが分かった。ばん、と音を立てて三角形を描いた針金が俵原孝司を襲う。
 ところが電撃の針金は、俵原の肉を貫くことはなかった。俵原孝司は瞬時に戒具を発動し、発生した紫色の剣を横なぎしただけで、攻撃をかわしたのである。
 次の弾薬をリロードする、その隙。
 俵原孝司の顔が、モニターにアップになっていた。
「心を失くしたか……!」
 以前とは形相が様変わりした俵原孝司の顔を見て、伊集院照子が短く声を発した。――瞬間、隊員のモニターが俵原孝司のアップ画像のまま静止した。モザイクのように細かい四角が画面を幾何学模様に変えている。
「二十番モニターに切り替えろ!」
 鳴音弦の指示。すぐにモニターが切り替わる。切り替わった映像には信じられないものが映っていた。
 一人の標的。それを取り巻く部隊員たち。部隊員たちはいっせいに対象に銃口を向けた――そのときだった。
 標的は舞うようにくるりと一回転したと思うと、取り巻いていた五人の隊員が、高速回転する独楽に弾き飛ばされたように舞ったのである。一人は鉄工所の窓を打ち破って闇夜にはじき出され、一人は金属の鉄鋼に身体を打ち付けて崩れ落ちた。そして一人は、モニターを映し出す隊員に向かって飛んできた。急速に大きくなる弾き飛ばされた隊員の背中。
 そして、モザイク画像。
 いまのは……鳩谷多恵!
「くそ! 七番に変えろ!」
 七番のモニターは、同じく静止していた。だが、故障しているわけではない。隊員が動かないだけである。右側にかしげたモニターは、鉄工所内の惨劇を淡々と映し出している。
 俵原孝司と鳩谷多恵が、人間とは思えない身のこなしで、次々に急襲部隊の隊員をなぎ倒していく。
 隊員が銃口を照準し、発砲する間も与えず、まるで高速送り再生の舞踊のように俵原孝司と鳩谷多恵のデュエットは華麗に舞う。
「術師の精鋭部隊は!?」
 弦の怒号に、モニターを二十六番に変える。二十六番から三十五番までが術師の精鋭部隊のモニターである。
 もともと、術師の精鋭部隊は後方支援である。戒具による標的の戒具の無効化を目的とした。
 ところが、モニターから漏れてきた声は絶望的な悲鳴だった。
「歯が立ちません! 戒力キャンセルが効きません!」
 そう声を発した後には、俵原孝司の戒具により身体ごと吹き飛ばされ、モニター映像が支離滅裂に飛び交った後、最後に無機質なコンクリートの床を映し出した。
「応援だ! 応援を呼べ、遊里!」
 呆然としていたサポートの遊里は、指示に我に返る。
 無線を手に取ると、おそらく本部に向けて応援要請をした。
「ここまでとはな」
 伊集院のつぶやき。
「行くぞ、スーリン、琴」
「え?」
 驚愕とする琴の頭を、ぴしゃりと叩く伊集院照子。
「応援が来るまでの間、時間を稼ぎに行くぞ。私は言ったな? 常に覚悟をしておけと」
 確かに言ったが。
 スーリンは目を輝かせて、拳を手に打ちつけた。闘志満々である。
「わたし、いくね。やっつけてやる」
 片言の日本語を覚えたスーリンが鼻息荒く言った。
「それでこそ私の継承者だ」
「でも、こんなところでスーリンになにかあったら」
「ここで死ぬのなら、それも運命。そんな運命を指し示す世界なら、勝手に滅びればいい」
 そう言って、背後に控えていた倉敷を見た。
 倉敷はぎょっとして背筋を伸ばす。
 倉敷は大きなリュックに大量の荷物を詰め込まされ、荷物運びとしてここまでついてこさせられたのである。
 バッグを下ろせと命令されて、伊集院照子はバッグの中をまさぐった。
「琴、お前にはこれをやる」
 手渡されたのは戒具である。
「私が改良を加えた戒具だ。出力は従来の五倍。だが、すぐに壊れる。三つ用意したが、どれくらいもつか分からん」
 質問しようとした琴を意に介さず、次にスーリンを見た。
「スーリン、お前にはなにも渡さない。すべきことは分かってるな? 今日は力を抑える必要はない。それを外して、好きなだけ暴れるがいい」
 スーリンは興奮組みに鼻息を荒くした。
 力を抑える必要がない? それはいったい、どういう意味だろう。この三ヶ月、ずっとともに行動してきたが、いままでは力を抑えてきたと?
 スーリンは首からかけていたネックレスを外す。先端には黒い物体。
「奏の残した遺産だな。対人間用の情力を抑える御札だ。修行の間も、風呂も寝るときも、常に身につけさせた。いま、スーリンの身体には限界まで情力が蓄えられているだろう」
 そんなことをしていたなんて。
 でも、どうしていま?
「倉敷は留守番してろ。お前は戦力にならん」
「よろこんで」
 留守番を言い渡され、ほっと胸を撫で下ろしている倉敷。
「いいか、修行の成果を発揮する実戦舞台だ。私は完全にサポートに回る。琴とスーリンは思う存分暴れろ」
 琴は身震いした。恐怖か戦慄か。
 武者震いでないことは確かである。
 でも、ちょっと待って。なにも心構えができていない!
「行くぞ!」
 琴の言い分など聞く耳もない。
 伊集院照子は先導だって、いざ大家貴信のアジトへと先陣を切ったのであった。


 

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