あっちから変なの出てきた

----------------------------------------------------------------------
PREV                          NEXT
----------------------------------------------------------------------

第十三章 【 虚無へと続く道の始まり 】


「カナデ……すまないが、私は少し休まなければならないようだ」
 湿地帯を進む途中、ラナ・カンが声を上げた。心配して様子を伺うと、苦しそうに息をついており、眼が空ろだった。
 湿地帯に入ったころからラナ・カンは体調が悪そうだった。ラナ・カンはそれを「世界とのつながりの希薄」と表現した。
 ラナ・カンいわく、生きとし生けるもの全ては、ハザマの世界から何らかのエネルギーの供給を受けて生命を維持している。ところが、一度瀕死の重傷をおったラナ・カンは、生命力の低下とともにハザマの世界とのチャンネルも弱まったという。一度狭間の世界に戻ってエネルギーを補給しなければならないのだ。それには二ツ目族を媒体としなければならず……。
 要するに、現在のラナ・カンの召喚状態を解くということ。
「いずれは元に戻るだろうが、しばらくはハザマの世界とこの世界と行き来する必要がありそうだ。それに、まだ大丈夫だが、私がハザマの世界に戻った後、しばらくは戻ってこれない。その間、くれぐれも」
「大丈夫だよラナ・カン。これまでだってラナ・カンが居なくてもどうにかなってきたんだから。戦うとなったらラナ・カンが居なけりゃどうにもならないけど、知ってるだろ、俺は逃げるのが得意なんだ。だから、早くハザマの世界に戻って休んできてよ」
 そう言っても、ラナ・カンは体力の限界までハザマの世界に戻る気はないらしい。奏だって本心から言ったわけではない。ラナ・カンが傍にいる事実は、なにより奏を勇気付けたし、心の支えとなった。だけど負担ばかり掛けたくない。もう、ラナ・カンが復活したことは分かったのだ。隔世に戻ったとしても消えてしまった訳でない事実が、これからも自分を支えてくれるだろう。
 ラナ・カンの背に乗っての移動は、ラナ・カンの体力的に難しくなり、足場の悪い湿地帯をのろのろ徒歩で進むことになる。
 召喚しっぱなしであるシエルは、しっかりと奏たちの後を付いては来るものの、終始気難しそうに読書に耽っている。昼夜問わず、眠っている様子もなく、次々に本を読んでいく。四次元ポケットのようにどこからか本を出現させては消失させている。一体何の本を読んでいるのか、隔世の文字が読めない奏にはさっぱり分からないが、読んでいる内容が全て頭に入っているのだとすれば、それは膨大な情報量であると思われた。
 ラナ・カンが鼻を利かせて道案内をしてくれる。泥沼がいたるところに存在する湿地帯である。どこに底なし沼があるか分からない。ラナ・カンの嗅覚と、鋭い感覚が頼りである。
 代わり映えのない湿地帯を歩き続けて、その日も夕暮れが迫ってきたころ。明るいうちにキャンプの支度をしようと、大きな岩が地面に突き刺さっている場所を見つけた。湿った大地に横たわるより、多少ごつごつしていようとも、岩場の上のほうが居心地は良いだろう。
 そこにキャンプを決めて、一日中働いてくれたラナ・カンを休ませつつ、岩の上で食事の支度をしようとしていたときだった。
 普通の猫サイズになって、岩場で横たわりながら目を瞑っていたラナ・カンがふと顔を上げた。その気配に気づいて、バッグから果実を取り出した奏もラナ・カンを見た。
 ラナ・カンは警戒したように目を光らせている。
 どうしたの――訊こうとしたとき、ラナ・カンがおもむろに巨大化したと思うと、全身の毛を逆立たせて「フーッ!」と息を吐いた。
 何事だと奏はラナ・カンの視界の先を見る。
 奏の背後、数メートル先に立っていた人物に言葉を失う。
 いつの間にそこに現れたのか。
 だが、そんなことは大した問題ではなかった。
 そこに立っていた人物の存在自体が問題だった。
「ル、ルウディ……!」
「……やあ」
 色白の肌に、やけに赤々しく見える唇を吊り上げて微笑を称えた男は、名をルウディという。奏が隔世にやってきてすぐ、ウィンディアで出会った男である。
 ルウディの顔を見るなり、胸を切り裂くような痛みが駆け抜けていく。
 ウィンディア、プエラ、プエラが面倒を見ていた子供たち、帝国旅団……。
「知り合いか、カナデ」
 警戒を解いていないラナ・カンが声を上げる。
「大丈夫、ラナ・カン。敵じゃないよ」
 本当に大丈夫か、それは奏にも分からなかった。奏の言葉を信じなかったのか、ラナ・カンに警戒を解いた様子はない。
「ルウディ、何でこんなところに?」
「そう思うよね。僕は、ここでずっと君を待ってたんだ。僕はここにずっと居たが、気づかなかったかい?」
「ずっと?」
「まあ、気づかないよね。僕は世界から第三者になることに慣れてしまって、気配を消す術に長けてしまった」
 蘇る記憶。確か、自称占い師だったか。何かを知っているようで、実はなにも答えを出さない。のらりくらりと理屈を並べて、曖昧にする話術に長けた男だった。そんなルウディに、奏は好感を持っていない。
「どうして俺を待ってたんだ? しかもこんなところで」
 ルウディはラナ・カンの警戒を解くためだろうか。その場に胡坐をかいて座り込むと、両手を広げて敵意のないことを仕草で訴える。奏はラナ・カンに「大丈夫だから、少し話をしよう」と提案すると、ラナ・カンはようやく人間サイズまでに小さくなった。だが、警戒する目つきは変わらない。いつでも飛びかかれるよう、身体を低く構えている。
「重要な分岐点に差し掛かった」
 ルウディがおもむろに口を開く。注目すると、夕暮れの薄暗闇の中、まるで置物のように座しているルウディが妙に薄気味悪く見えた。
「終わりそうだよ、カナデ」
「終わる?」
「ああ、終わる。どちらの結末に転ぶのか、僕はそれを見届けに来た。それに、結末を僕の意図する方向に導くため、僕は君を待っていた」
 ルウディは薄気味悪い笑みを浮かべた。
「ユーナが終わる」
 ユーナが終わる? 終わるとは、ユーナのことか?
「どういう意味だよ」
「そのままの意味さ。僕の占いでは、君はユーナを救えなかった。さて君はこれから終わろうとしているユーナを、救うことができるのかな」
 ラナ・カンがすかさず言った。
「おぼろげだが、その語り口、記憶に残っている。それはいい感情を呼び起こさない。カナデ、本当に大丈夫なのか?」
 奏は答えなかった。分からなかったからだ。
 何を考えているんだ、ルウディ。
 奏は訝しげに口を開く。
「結末を導くって……どんな結末があるって言うんだよ。ユーナが終わるって、どういう意味だ。また俺を利用するつもりなのか?」
「いや、選択は君次第だよ。でも、僕も君も、目的は同じさ」
 選択……。
 忘れもしないウィンディアでの悲劇。奏は目の前に男に対して、どんな感情を抱いていいのか分からなかった。再会の喜びか、怒りか。あの悲劇を起こした帝国旅団の仲間であるルウディは、もしかしたら忌むべき相手なのかもしれない。
「ルウディ、君はまた何かを起こそうとしてるのか?」
「前に言わなかったかな。僕は何もしていない。僕は世界に対して第三者さ。僕は全ての理を知ることができる反面、なにも起こせないし、なにも防げなくなってしまったのさ。何が起ころうと神の意志。僕が干渉する余地など無い」
 まただ。このルウディののらりくらりとした理屈に惑わされ続けたのだ。奏は逡巡する。ルウディまともに取り合っていると、気が狂ってしまいそうだ。
「じゃあ聞き方を変えるよ、ルウディ。ルウディが何かを起こそうというわけじゃないんだな。君は占い師。未来を占うことができる。その占った結果『これから何か起こる』って言うのか?」
「そう。理解が早くて助かるよ。これから何かが起こる。僕が起こすんじゃない。神が起こすのさ。それを知らせに来た」
「何が起こるんだ。またウィンディアのような悲劇が起こるのなら……」
「何が起こるかは、君自身が体験するといい。具体的に話しても意味はないから話さないけど」
 ルウディと対峙すると、言い知れぬ怒りと同時に、不幸を忌み嫌うような恐怖が襲ってくる。触ると呪われる冷たい墓石に触れているかのような。
「なら、俺に会いきたって仕方がないだろ。俺が勝手に選択して、神の意志どおりに動く。君には何も手出しできない。君が現れた理由にならないだろ」
「そう。君は頭がいいね。よく知ってるよ。さすがこの世界を生き抜いてきた男だ。そんな君だから、会いに来たんだ。僕はね、そろそろ世界に干渉しようと思うんだ。この重要な分岐点で」
 だからその分岐点とはなんだ。そもそも、世界に干渉することができないと言ったそばから、世界に干渉するために現れたと言い出すルウディ。奏の内心の焦れを悟るように、ルウディは微笑んだ。空虚な微笑。がらんどうの、何の感情もない笑み。
「君の目的、それはなんだったかな?」
 ルウディが冷たい視線を投げかけてくる。
 この回答による、ルウディの反応が恐ろしかった。
 奏は固唾を呑むと答えた。
「ユーナを救うことだよ」
 そう言って、前にルウディの言った言葉が蘇る。
 ――君にはユーナは救えない。
 ルウディはにっこりと笑う。
 背中に氷を押し付けられたような悪寒。
「そう。君にはユーナを救えない。僕の占いが絶対なのは、君も経験して分かってるはず。でも、救えないと教えてあげたのに、君はユーナを救うため、ここまでやってきたね。僕を信じなかったのかい?」
 信じたのか、信じなかったのか。
 信じる信じないの問題ではない。奏はそうしなければならないのである。
「分岐点とは」
 ルウディが話を続けようとする。だが、聞きたくなかった。ルウディが何のために姿を現したのか。それはきっと良い結果を招かない。
「分岐点とは、君がいよいよ目的を果たすことさ」
 目的を果たす。
 ユーナを救う。
 それが叶うと?
「ユーナを救うときが来た、ということは、ユーナに救われなければならないことが起こる、ということ」
 先ほど言った、ユーナが終わる、という言葉と連結した。
 そもそも、ユーナを救えないと言ったのはルウディだ。目的を果たせるとはどういうことだ。
「言いたいことは分かるよ。君はユーナを救えない。僕の占いではそう結果が出ている。でも、それに抗うのが君だろう。君はかつてプエラを救えなかったが、同じ過ちを犯そうなんて思っていないはずだ」
 その通りであるが、何から何までルウディの言うとおりになった結末。ユーナを救えないというルウディの言葉は、ひどく重く苦しい言葉であることは間違いない。
「ユーナは救えるって言うのか?」
「いや、君はユーナを救えない」
「何を言いたいんだ!」
 奏は耐えていた憤りを、ついに露にする。暴力的な奏が、目の前の男を殴りつけてでも口を塞げと命令する。その様子にラナ・カンが口を開く。
「ルウディ氏と言ったか。奏がこれほどまでに感情的になるのも珍しい。もし敵意がないのであれば、即刻立ち去るか、率直に伝えたいことを伝えるか、どちらかだ。すまないが、私も気が長く持ちそうにない」
「そうだね。そうしよう」
 ルウディは奏をまっすぐ見た。
「長く続いた物語が幕を閉じようとしている。長い長い物語。千年前から続いた物語さ。その始まりにユーナの最後がある。――最初に聞きたいんだ。君は何があっても、ユーナを救うのか」
「当たり前だろ」
「本当に、どんなことがあっても? 例えばユーナを救うことで、世界が失われてしまっても?」
 奏は立ち上がって、ルウディを見ろした。
「相変わらずルウディの言いたいことは分からないけど、何度聞かれても答えは同じだよ。ユーナは救う。それに、世界は失われない」
「そう。君は決してぶれたりしない信念を持って、これまでも困難を乗り越えてきた。驚異的な発想力と打開力で。ウィンディアの時だって、ファミリアの洞窟の時だって、廃墟の町の時だって、グロウリン城塞都市の時だってね。そうだろう」
「……なんで君はそのことを知ってるんだ」
「僕に知らないことなんてない、なんて聞き飽きてきただろう。でも、君の事は何でも知ってる。過去の君は全て占ったから」
 全てを知っている。それならば、現世という異世界からやってきたということも知っているはずだ。
「ウィンディアで君に出会う前、俺がどんな生活をしていたかも知っているというのか」
「知ってる。君は記憶喪失と言っていたが、思い出したのかい?」
 そうだった。ウィンディア以前については記憶喪失であると偽っていた。だが、全てを知っているのであれば、それが嘘である事だって知っているはずだ。
「答えてよ。ウィンディア以前の俺は、どこにいて、どんな生活を送っていたんだ」
「勘違いしないでほしいが、僕は何でも知っているが、全てを教えてあげるとは言っていない」
 まただ。核心部分に近づけば近づくほど、ルウディはなにも答えはしない。
「記憶を失っている部分。それを知りたいのであれば、答えよう。だが、ウィンディア以前の君を答えたところで何の意味もない」
「記憶を失っている部分?」
 ルウディは何を言っているのか。ウィンディア以前の記憶は無いとルウディには伝えている。そのこととルウディの言っている「記憶を失っている部分」とは一体何が違うというのだ。
「ウィンディアのときも話したね。君は記憶喪失であると。僕は君が記憶喪失であると知っていたから、否定はしなかった。だけど、その記憶喪失の理由までは言及しなかった。でもね。君の失われた記憶は、正確には失われたのではないんだよ。最初から存在していなかったのさ」
「存在していなかった?」
 どういう意味だ。
 奏はふと思い出す。
 あればファミリアの洞窟でさ迷い歩いていた闇の中。昔を思い起こして記憶の紐をたどるうち、幼少のころの記憶に行き止まりがあったではないか。それ以上過去の記憶をたどれなかった。年のころにして六、七歳であったか。まさか、ルウディはそのことを言っているのか。奏の幼少のころの記憶。
「そう。そうだな。ここで君に選択肢を与えようか。僕はひとつだけ答えよう。これは特別サービス。選択肢は二つ。ひとつは君の失われた記憶について。もうひとつは君の目的を果たせるための方法。どうだい。君はどちらが知りたい?」
 失われた記憶と、ユーナを救う方法?
 ユーナは救えないと言ったではないか。
 救えるのか?
 ユーナを救う方法を、教えてくれると言うのか。
「そんなの選ぶまでも無いよ」
「まあ、そうだろうね。それじゃあ、ユーナを救う方法を教えよう。ただし、言ったよね。ユーナは救えないと。占いではそう出ている。そして、僕の占いはいまだかつて外れたことは無い。それは、運命という予定調和の流れをそのまま投影しているからだ。あらかじめ用意されたシナリオが改編されることはない。シナリオとは世界が生まれたと同時に完成された運命。神の意志さ。僕はシナリオを読み解いているに過ぎない。君がやろうとしていることは、神の意志への反逆。その意味、分かるかい?」
 ふと思い出した。
 伊集院照子の言葉だ。
 神がそうあるべきだと判断し、現世と隔世を分けた。それを渡ろうとする行為は摂理たる神への冒涜行為。
「心配しなくても、俺はもうすでに神の意志なら反逆してる」
 ルウディは嬉しそうに笑みを造った。
「ユーナを救うためには神への反逆をもいとわない。すばらしい。だけど、君はその行為の代償を知っているのかい」
「大体分かってる」
 おや、とルウディは笑みを素に戻した。
「知っているとは? 君は神への反逆に対して、どんな代償が支払わらなければならないと?」
「なんとなく分かる。きっと、それはとてつもない孤独。俺はきっと、独りぼっちになる」
 ルウディが表情を消した。
 消したという表現が一番妥当な表現。
 まただ。
 奏は思った。
 君は、空っぽだ。
 ひどい空虚を覚える、その瞳の奥。
「僕は、君が怖い」
 ルウディが自分の両肩を抱くように腕を交差させている。
「君は知っていならが、選べるのか? 君の言うとおり、神の天罰として途方も無い孤独が君を苦しめると分かっていても、ユーナを救うと?」
 奏は答えなかった。覚悟なんてできていなかった。
「僕はタモンとカナデ。どちらを選ぶか逡巡した。答えの無い選択肢。答えの無い未来のため。だけど、本当に良かったよ。君を選ばなくて。僕にはやはり世界の意志は計り知れないのかもしれない。いまそう思い知った。君と話していると僕は自分を見失いそうになる」
「タモン? ルウディはタモンを知ってるの?」
「僕が世界の救世主として、選んだ青年だよ。タモン。彼は運命に抗う力を持っている。グロウリン城塞都市で君と出会ったね。でも神の意志にて妨害され、君は直接タモンには出会えていない。扉越しに話しただけだったね。でも不思議に君とタモンは気があった。これも世界の意志だよ。君とタモンが出会わないようにするのと、だが惹きつけあう。相反した法則が神の意志。矛盾しているが、この先その意味を君も知るときが来るだろう」
 なぜそれを……。とはもう尋ねない。
「君の選択肢。ユーナを救う方法。それは、これから世界から消えうせようとしているタモンを救うことだよ、奏」
「タモンが消える?」
「アリスという女とともに、タモンも消える。世界から消える。君はそれを阻止するんだ。そうすることで、ユーナを救える」
「どういうことだよ。どうしてそうなるんだ」
「タモンがユーナを救う唯一の手がかりを持っている。それはタモンが生きて存在していなければならない。それ以上は体験するしかない。話して聞かせたところで意味は無い。君は自由だ。タモンを救う選択をしようが、無視をしようが、君の自由だ。後は君次第。僕はなにも強要はしない」
「強要はしない……。でも、君が道を指し示すなんて、今まで無かったじゃないか。どうしていまさら……」
「物語が終焉を迎える。僕は見届けに来た。その終焉の瞬間、世界が新たな始まりを迎えるか、永遠の無に帰すか。僕は最後の瞬間、それを見届ける。僕は最後の足掻きをしようと思ってね。予定調和の決まりきった世界が変わることが出来るのか。それとも神の意志は絶対なのか。運命は変わらないという絶望的な結末が待つのか。運命は変わるかもしれないという希望が存在するのか」
 分からない。ルウディの瞳の奥は空虚のまま。
「ルウディ、君は一体何者なんだ?」
「僕……」
 ルウディは微笑んだ。
 微笑をたたえるとき、ルウディはまともはに答えないときだ。
「千年以上前に、世界への干渉を止められた男だよ。同時に愛する人に触れることも出来なくなった」
 その瞬間だけ、ルウディは全ての心の壁を取り払い、素直に自分の心を語った……と奏は思った。
「タモンはこの先の森にいる。後は、君の思うままに動け。僕に聞くまでも無い。君が進む先に答えがある」
 俺がどんな選択をし、どんな答えを出すか。それが分かっているのなら、導かれる結末も分かっているし、分岐点を操作しなければ、結末は変わらない。なのになぜ、思ったとおりに動けというのだろうか。
「何でも知ってるのなら、教えてほしい」
 おや、とルウディは片方の眉を吊り上げる。
「ようやく信じる気になったのかい?」
 いちいちイラつかせてくれるルウディ。いいから答えればいいのに。それに、何でも知っているのなら、奏が信じているかどうかも分かるだろうし、聞こうとしている内容だって分かるはずだ。
「ユーナは今どこに?」
「それに僕が答えると?」
 答えないだろうな、と思っていた。核心部分をなにも話さないルウディは、奏が本当に知りたいことは一切喋らない。またおかしな理屈で丸め込まれるだけだろう。
 ルウディはくすぐられたように、クスリと笑った。
「僕は言いたくないわけじゃないんだよ。何度も言ったが、僕は第三者で傍観者。言いたくないのではなく、口出しできないのさ」
 ほら始まった。
「じゃあ、佐々倉さんとトレミのこと。二人を知ってるよね?」
「もちろん、知っている。君が聞きたいのは二人の行方。無事かどうか。だろうね」
「そうだよ」
「そうだな。それを答えたら、僕は消えるとしよう」
 そう言って立ち上がる。
「二人なら心配ない。君と彼らはすぐにめぐり合うだろう。彼の存在には意味があるのさ。君となし崩し的に旅をすることになったかのように見えるが、実はそれも神の意志。すぐにシナリオの渦中に巻き込まれることになる」
 この場の端々に曖昧さと思わせぶりがあるが、あえて突っ込まない。無事ならそれで良い。
「僕は君の敵じゃない。僕は君の救いたいユーナを、同じように救いたいと思っている。だが、君を助けるためにも、僕は言葉を制限せざるを得ない。僕が君に道を指し示した瞬間に、意地悪な神はすぐに予定通りの目的地にたどり着くよう、道を操作してしまうのさ」
 なんとなく、理解できた気がした。
 すべてが予定調和で、すべて神の意思が構成する世界で、ルウディの成し遂げようとしていることは、神を欺く行為。神の目を盗んで、予定の目的地に到着するはずのレールを組み敷きなおそうとしている。その計画を神に知られて、先回りさせないようにしている。
 奏に本質を理解させないように。本質を理解した瞬間、描いた道筋を戻されてしまれぬように。
「分かったよ、ルウディ。でも、君が救いたい相手は僕でもタモンでもユーナでもないんだろ」
 ルウディは目を丸くする。
「まったく……」
 そう言うと肩をすくめて、背を向けた。
「本当に君を選ばなくて良かった」
 そう言って、ルウディは優雅に会釈すると岩場を飛び降り、すっかり日の落ちた湿地帯の暗闇に消えていった。
 
 
 
 中断していた食事の用意をしている途中、子猫サイズまで小さくなったラナ・カンが愛らしい声で言った。
「あの胡散臭い男の言うことを聞くつもりか?」
 紡ぎだされたのは懸念をあらわにする言葉。気持ちは良く分かる。
「タモンがいま危機的状況なら、俺は行くよ。行った先で判断すればいいよ。タモンが消えるなんて。しかも、一緒にアリスという女性も巻き込まれるって」
「どちらが巻き込まれるのか分かってはいない。アリスという女にタモンが巻き込まれるのかもしれない」
 いずれにしても行ってみるしかない。ルウディの言葉はいつも悲劇的であるし、言った事が事実になる。これは否定しようもない事実であるが、なにより、悪い未来を事前に知ることができる。知ることができても、どうすることも出来なかったのがウィンディアでの出来事だった。
「悪い未来を、良い未来に変える……」
 奏は思わず呟いていた。
 これが実現不可能だとルウディは言った。未来を寄りよい方向へ向かわせることはできない。生まれた瞬間に未来の容量は決まっていて、容量オーバーとなるそれ以上の良い未来は訪れない。決まった未来こそが最良の未来。悪くなることがあっても、良くなることは有り得ない。
 未来を変えること。
 予想される最悪な事態を変えること。
 まさしく、ずっとそうして行動してきた。
「なあ、ラナ・カン」
 通常の猫サイズまで小さくなっていたラナ・カンが奏を見上げる。
「ルウディは俺にユーナを救えないって言ってたけど……俺にユーナを救えることができるのなか」
 ラナ・カンは一拍の間を開けて、可愛らしくなった声で答えた。
「現世でのカナデの行動を見てきた私は、カナデに出来ないことなど何もないと思っている。きっと、カナデの思ったとおりの結末になるだろう。それに、それは私の望みでもあり、全力で協力だってする。今までだったそうだった。カナデが必要とすれば、私はいつでも火を吹くし、私もユーナを救いたい」
 ラナ・カンの言葉に涙が出そうだった。
 いま、傍にはラナ・カンがいてくれている。なんと心強いことか。現世でともに過ごした時間が思い出される。いつも奏に協力してくれて、いつも助けてくれた。
「ラナ・カン。俺たちはもう一度、家族に会おう」
「そうだな。ユーナを救い、私は家族に元へ帰る。カナデもユーナを救い出して、自分の家に戻るんだ」
 琴姉ちゃん。今頃、心配しているだろうか。別れ際、抱きしめてくれた琴は母親の匂いがした。
 弦兄ちゃん、階。
 父ちゃん。
 そして、遠い記憶にある母親。
「湿地帯を抜けると『魔の森』と呼ばれる、四ツ目族が聖域とする森がありますね」
 ふと、シエルが声を上げた。驚いてシエルを見ると、手に持っていた本は消え失せて、メガネを押し上げているところだった。
「シエル、本はもういいのか?」
「ええ、話は聞かせていただきました。いえ、非常に興味を惹かれましたね。もっと聞きたいくらいです。それに、わたくしに半日の読書の時間をいただけるはずが、もう時間を忘れてしまうくらいの潤沢な時間をいただいてしまいましたね」
 シエルを召喚してから三日間になる。その間に読んだ本の数は、軽く百を越えるだろう。
「まさか、プティシラの敵が目の前に現れると思ってませんでしたから。びっくりしましたね。もしかしたら、プティシラも近くに居るかもしれませんね」
 すっかり忘れていた。ルウディはプティシラが追う敵だった。ならば、ルウディの後を追うプティシラが近くにきていても不思議はない。
「まあ、わたくしにはプティシラの敵など、なんの興味もありませんが……。それより、先ほど申しましたとおり、湿地帯の先には『魔の森』と呼ばれる四ツ目族の聖域があります。大規模な兵器研究、開発施設となっており、気をつけなければなりません。森に行かれるなら充分な注意が必要です」
「カナデ」
 ラナ・カンが愛らしい声で奏を見上げている。
「やはり、思い直したほうがいいのではないか。タモンとやらが居る場所は正確には分からないんだろう」
「分からないけど、大丈夫。行けばどうにかなるよ」
「楽観的なのは良いが……これまでも危険なことはたくさんあっただろうが、策もなにも無しに飛び込んでいくような人間ではなかっただろう。いつだって可能な限り想像して、不測の事態に備えるのが奏だった」
「現世ではね」
 奏は隔世にやってきてからの行動を思い起こしていた。
 思えば、策を講じてベースを作り、それに沿って行動してきたのが現世での自分だった。裏目に出ることもあれば功を奏することもあった。
 でも、隔世にやってきてからの奏は、全てが初めての経験、光景を目の当たりにして、作戦など皆無の無謀な冒険行為を繰り返してきた。
 でも、今になって感じる。
「隔世に来てから、感じることがあるんだ。導かれてる感覚と言うのかな。糸を手繰り寄せられる獲物みたいに。俺は回転しながら、徐々に渦の中心に引き寄せられてる」
「渦の中心……」
「もうすぐ傍まで来てる。理屈じゃない何かが。すごく近くまで。今ここにやってくるまでは全て予定されていたことだったみたいに感じる。だからこそ、俺は感情の赴くまま行動してきた」
「森に行けば、タモンにたどり着くと?」
「うん。そんな気がするんだ」
 ラナ・カンは何の反論もしなかった。納得したわけでも、諦めたわけでもないだろう。ラナ・カンなりに逡巡する時間。
「プティシラも同じようなことを言ってましたね」
 シエルが言った。
「自分の行動は全て予定されたもので、誰かに操られてるんだと。根拠もなく行動の衝動に駆られ、そうしているだけだと」
 シエルが顎に手を当てて考え込むと、両耳もお辞儀するように前方へ垂れ下がった。
「ふうむ。カナデさんも圧縮能力者でしたね。通じるものがあるんでしょうか。そういえば、圧縮能力者は非常に稀有な能力で、同じ時代に二人以上は存在しないと……。ならば、わたくしはその両方を知っていることになりますね。いやいや、これは貴重なことです」
「シエル、三日前、俺が君を召喚する前、プティシラはどこに居たんだ?」
「いや、知りませんね。前にプティシラから召喚を受けたのは廃墟の町が最後でした。もっとも、プティシラがばら撒いたカードから、無数の人間に召喚はされましたけどね」
「いまシエルの召喚を解けば、プティシラのところへいけるだろ。ルウディのこと伝えたほうが良くないかな」
「どうでしょう。プティシラはわたくしをめったに召喚しませんしね。それに、わたくしはしばらく戻る気はありませんし、戻ってプティシラに召喚されたとしても、ルウディさんのことは伝えませんよ」
「え? どうして?」
「それは……」
 シエルは言いよどむ。いやな間だ。シエルは重々しく口を開く。
「これはあくまでわたくしの見解ですが、プティシラがもし、ルウディを倒したとします。その後、一体どうなるのでしょうか。プティシラは他に何もないんですよ。人生の終着点がルウディの討伐かのように感じるんです。わたくしはプティシラなくしては自己が保てません。宿主を守るためにも、ルウディとは会わせたくないんです」
 シエルからすれば、宿主には危険を冒してほしくないのは当然だろう。
 だけど……と、奏は改めて思う。
「プティシラは何のためにルウディを追ってるんだ?」
「それはわたくしにも分かりません。教えてくれないんです。先ほども申しましたように本人は『衝動に駆られて、なんとなく』と言葉を濁すんですが、なんとなくで赤の他人を、人生を賭して追い掛け回す理由にはなりません。なにか、言えない理由があるのとは思うのですが……。ですが、ひとつだけ確かなことが言えます」
 シエルが顔を上げ、メガネを押し上げると、同時に垂れ下がっていた両耳も直立した。
「ルウディさんに距離が近づけば近づくほど、プティシラは力を増しました。圧縮能力も、召喚能力も、そして、知能も上がっていくように感じます。距離が縮まれば縮まるほど。二人の間に何らかの因果関係があるのは間違いないようです」
 プティシラはなぜルウディを追うのか。ルウディは一体、プティシラになにをしたのか。考えても分からないことである。
「話を戻しましょう。カナデさんは魔の森に行かれるんですか?」
「うん。タモンが危機的状況なんだ」
「ならば、わたくしの知っている魔の森に関する情報を全て提供しましょう」
「ありがとう、助かるよ、シエル」
 そういうと、シエルはうなずいた後にため息を漏らす。
「ああ、わたくしの宿主がカナデさんだったら良かったのに……」
 そうぼやいてから、シエルは手帳を取り出してめくりだす。
「魔の森に関する情報は、それほど多くありません。それもそうですね、人がめったに立ち寄りませんから。そうですね……。魔の森には数日前に、飛行船が降りたと情報があります」
「飛行船?」
「ええ、知りませんか? 大きな風船を空に飛ばすんです。原理を詳しく知りませんが、暖めた何らかの気体を風船に詰め込んで、空を飛ぶみたいです。飛行船の形状は全長にして百五十メートル。全体を黒く塗りつぶされているようです」
「あの時の……」
 グロウリン城塞都市の上空で見かけた黒い筒状の物体。
「飛行船は政府の所有物です。要するに、三ツ目族が使用する乗り物ですね。しかも、目撃されるのは稀です。飛行船は三ツ目族の特使が海外に行く際にしか使用しないと言われています。もしかしたら、魔の森に住む四ツ目族が海外に行こうとしているのかもしれません」
 海外に行こうとする目的など分かりなどしなかった。
「別の場所から、魔の森に用がある人が乗ってきたとは考えられないの?」
「あるかもしれませんが、考えても目的は分かりません。移動速度は相当に速いと思われますので、もしかしたら急ぎの用があったのかもしれません。しかし、飛行船を飛ばすにはとてつもない燃料と労力を消費するそうです。やすやすと飛ばすわけにもいかないでしょう。それなりに理由があると思われます。だからこそお教えしたのです」
 危険因子のひとつだろう。四ツ目族に加え、三ツ目族も居るかもしれない。
「それと、魔の森に二ツ目族の集落はありません。森の周囲には金網で立ち入りを制限されています。ですが、四ツ目族が警備しているわけでもないので侵入は容易でしょう。召喚や能力を使用すると、四ツ目族に気配を察知される危険があるので、森の中では召喚は控えたほうが良いでしょう」
「そもそも、四ツ目族はどんな種族なんだ? 三ツ目族と何が違う?」
「四ツ目族はユベリア大衆国の軍部を担います。歴史の話になりますが、その昔、ルルアラトス国王に一人の三ツ目族が反旗を翻そうとしました。キャンティ・モンティという最初の三ツ目族の一人です。要するに反乱ですね。もっとも、実際にユベリア宮殿で戦闘の起こったコソボ・カユウの反乱のほうが有名ですが」
 コソボ婆? いや、今は忘れろ。話の論点がずれる。
「キャスティ・モンティの反乱を未然に防ごうとしたルルアラトス国王は、キャスティ・モンティの提案を部分的に受け入れたんです。提案とは、軍部の発足。三ツ目族には最初、軍部は存在しなかったんですよ。そんなもの、必要ないくらいに最初の三ツ目族たちの力が強かったのです。ですが、キャスティ・モンティは国内制圧だけでは物足らず、海外侵略を提案しました。ルルアラトス国王はそれを拒みましたが、結局は軍部の発足をキャスティ・モンティに一任する変わりに、海外侵略は思いとどまらせたんです」
「四ツ目族はキャスティ・モンティという三ツ目族が作ったのか? 四ツ目族じゃないのか?」
「四ツ目族を作ったのはキャスティ・モンティです。キャスティは人体改造のスペシャリストと言われ、様々な人造人間兵器を生み出しています」
 四ツ目族を作り出した?
「四ツ目族は種族じゃないのか? 遺伝子で繁殖する……といっても分からないか。なんていえばいいのか」
「種族繁栄はできません。四ツ目族は生殖能力を持ちません。三ツ目族を人体改造した場合のみ誕生し、子孫は存在しません」
 子孫は存在しない。三ツ目族からの人体改造でのみ、四ツ目族となれる。なんだ、この話は。
「力は三ツ目族より強いです。それは戦闘能力という面に関してのみですが。三ツ目族のように都市を開発したり、法を整備したりなどといった能力は低いようです。それは最初の四ツ目族であるキャスティの人格によるものなのか、四ツ目族に転身する際の副作用的なものなのか、はたまた文化なのか、分かりませんが四ツ目族は戦闘民族、といったイメージです」
「どのくらいの人数が居るのだ、四ツ目族というのは」
 これはラナ・カンの質問。ラナ・カンも知らないらしい。
「割合も含め説明しましょう。ユベリア大衆国で、一ツ目族の総人口は二十万人と言われています。二ツ目族は二百万人。三ツ目族は五万人です。それで四ツ目族はというと、一万に満たないです。七千から八千人というのが通説です」
 七千から八千人。それしかいないのか。三ツ目族だって、東京ドーム一杯分の人口である。割合からすれば単純に少ないとは言えないが、想像より遥かに少ない。
 だが、一ツ目族、二ツ目族合わせて二百二十五万人が、三ツ目族、四ツ目族合わせて五万数千人に支配されている。
 二ツ目族百人のうち、支配側は二人か三人。
「三ツ目族と同じように、四ツ目族も眷族を持つことが出来ません。なぜ三ツ目族や四ツ目族が眷族を持つことが出来ないのかは分かりませんが、眷族を使う変わりに強い通力を持ちます。三ツ目族の法により、武器を持つ者は小数に限られていますが、三ツ目族が開発した武器を手にすると、その力は数倍になります」
「知ってる。クロスが持っていた武器。たぶん、戒具のようなものだと思う。潜在能力を引き出す媒体になるんだ」
「その通りです。ですが、一説によるとその武器を使用すると副作用があるとのことです。だからこそ、法で使用を禁じているようです」
 戒具と同じ原理であれば、副作用はひとつ。使用を続ければいずれ心を失う。
「それに三ツ目族は発想力が高く、同時に技術力も高さにつながっています。中でも三ツ目族らを優位に立たせているは眷族を封じる技術です。眷族を封じられる以上、通力だけの戦闘能力では二ツ目族が束になっても三ツ目族、四ツ目族には敵いません。物理兵器に関しても同様です。二ツ目族は千年前の革命で敗れて以来、あらゆる技術、武術を剥奪され、裸同然なんです」
 二ツ目族の現状は、ウィンディア、グロウリン城塞都市で嫌と言うほど目撃してきた。当然思う。二ツ目族は三ツ目族による不当な支配から逃れるべき。だが、いくら数に勝ろうとも、二ツ目族が現状を打破しようとする気力を持っていない。これが洗脳なのかと思い知った。
 だが、もし十人の重火器を持っている人間に対して、百人の人間が、いかに数的有利にあろうとも立ち向かおうなどと思うだろうか。
「四ツ目族は魔の森に拠点のひとつを構え、兵器の研究、開発を続けています。どうして研究の場として『魔の森』を選んだか、それにも理由があるようです。どうしてその森が『魔の森』と呼ばれるようになったか、に起因するのですが、それは、その名の通り魔物の棲む森と言われているからです。見たこともない生物が生息していると信じられており、見たことのない物がたくさん落ちているそうです。人造人間兵器開発のヒントになると思ったのでしょう。そう言った理由で、ここを拠点のひとつとしたようです」
 人造人間兵器の開発。ぞっとしない響きである。噂では奏も聞いていた。二ツ目族を使った人体実験。人造兵士の研究。想像もしたくない。
 だが、シエルの情報はどれも作戦が作れるほどのものではなかった。
 森の大きさ、樹木の密集度、森に棲む動植物など様々な情報を聞き出したものの、どれも利用できそうな情報はない。
「それと、ユーナさんですね。廃墟の町でカナデさんたちと別れてから、ユーナさんの情報も集めました」
「ユーナの?」
 奏はシエルに詰め寄るように身を乗り出した。
「最初に言っておきますが、ほとんど大した情報は得られませんでした。ただ、城塞都市を脱出したと言うのは確かなようです。北へ向かっているのも確かでしょう。北に向かう理由について、想像できるものを並べます。ユベリア大陸の北端には四ツ目族の拠点があります。そこに向かっている、と考えるのが一番自然です」
「四ツ目族の拠点に何の用があるんだ?」
「理由までは分かりません。合理的な理由は想像するしかありません。可能性のひとつです。北にはそれくらいしかないのです」
「他には?」
「他には、もうひとつ。大陸の北で有名な場所と言えば、もうご存知の通り」
「魔の森……?」
「そうです」
 奏は押し黙って考え込む。ユベリア大陸の北には四ツ目族の拠点と、魔の森しかない。そのどちらかを目的地としてユーナが北に向かっている可能性。決して少ない確率の想像ではない。
「さきほど現れたルウディも、魔の森でタモンさんという人を救うことがユーナさんを救うことになると言ってましたね。それは暗にユーナさんが魔の森にいると物語っているのではないでしょうか。タモンさんを助けることによって間接的にユーナさんを助けられる。なら、傍にいるはずです」
 確かに短絡的には考えられない。だが、情報がほとんどない現状では、藁にもすがるような情報でも、行くべきである。
 シエルの知っている情報が全て吐き出されると、奏は静かに口を開いた。
「作戦らしいものはないけど、ラナ・カン。君は少し休んでほしい。必要になったら呼ぶから。あと、シエルは申し訳ないけど、もう少し一緒に居てほしい。道案内をお願いしたい。二人とも、いいかな?」
 ふうむ、とラナ・カンがうなずいてみせる。シエルはメガネを押し上げると「もちろん、喜んで」とうなずいた。
 前に進むしかないのである。情報が極端に制限された中、ユーナを探すのは暗闇の森の中で、目的の落ち葉を捜すようなものというのは分かっている。
 心模様は暗かった。いつまでも精神が持ちそうに思えない。出来るだけ早くユーナにたどり着き、現世に連れて帰らなければならない。
 その焦燥感さえも、誰かに操られているものだとしても……。


----------------------------------------------------------------------
PREV                          NEXT
----------------------------------------------------------------------

【訪問者】  【閲覧者】

inserted by FC2 system