あっちから変なの出てきた

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第十二章 【 それぞれ虚無へと続く道 】


 藪北ファミリーの訓練工程を卒業し、大家貴信の直属の部隊となった佐々倉想平は、組織の力も借りて妻と娘の捜索に心血を注ぐことになった。
 組織から支払われる給料は全て妻と娘の捜索に注ぎ込み、組織の諜報部門には煙たがわれながらも、必死にお願いをして行方を探してもらった。
 佐々倉宗平に最初に訪れたのは絶望だった。
 それは諜報部門の一人の男に言われた一言が起因する。
「佐々倉、お前の言う妻と娘。探してみたが当然見つからなかったよ」
 佐々倉には『当然』と形容された言葉の意味が分からなかった。
「戸籍抄本から洗い出し、家族関係、友好関係からあたったが、奇妙なことに行方不明のはずのお前の妻と娘は『どの記録にも登録されない』んだよ」
 登録されない無い。この言葉の意味を、どう理解していいのか分からなかった。現在でも、理解できていない。
「お前の奥さんの情報は、佐々倉、お前によってしか得られない。お前の奥さんの両親は確かに存在した。だが、その実在する両親が、お前の奥さんを生んだ『記録』も『記憶』も無いんだよ。これの意味するところ、分かるか?」
『記録』も『記憶』も無い? それの意味するところ? 佐々倉の想像もつかない闇組織に拉致され、記録も消された?
「お前の同僚や友人も戸惑ってる。お前の両親、兄弟もだ。悪いと思ったが、お前の身辺を調べさせてもらった。ところが、お前が結婚していた事実も、娘を授かった事実も無い。サラリーマン時代の友人、同僚にも確認したが、お前が結婚していて娘がいた事実なんて知らないと答えられた。両親も同様だ。お前が結婚していたとしたら、両親が知らない道理は無いだろう。もちろん、嘘をつく道理もな」
 世界が暗転して、全てがガラガラと音を立てて崩壊していくような気がした。記憶、記録、全て無い。誰も妻と娘の存在を知らない。
「こんな言い方、お前には酷かもしれないが、少し休んだほうがいい。訓練工程は熾烈を極めたと聞く。少し休んだほうがいい」
 佐々倉は茫然自失として、何も答えられなかった。
 これは陰謀か。
 結婚式の鮮烈な記憶が蘇る。
 友人も、会社の同僚も佐々倉の結婚を祝福し、佐々倉の両親も妻の両親も涙を流してスピーチした記憶。
 何が起きているのか分からず、佐々倉は昔の会社の同僚に電話した。
 はたして会社の同僚に佐々倉の言葉は通じず、腫れ物に触るように曖昧に答えるだけ。疲れてるんだ、休んだほうがいい。友人に電話をしてもしかり。誰もが佐々倉の心配の言葉を投げかけてきたが、佐々倉の妻と娘の存在を肯定する人間は居なかった。
 妻の両親にも電話をする。妻の両親は佐々倉が誰かかも分かっていない様子で、終いには警察に通報すると言われ、電話を切らざるを得なかった。
 一縷の希望を残し、自分の両親に電話をかけた。
 あらかじめ事象を聞かされていた両親は「お前が思いたいように思えばいい。ただ、少し休んでくれ」の一辺倒だった。
 はたして佐々倉は、昔の会社の同僚、友人を失い、同じ大家貴信の組織の人間からも気味悪がられ、敬遠されるようになる。
 藪北ファミリーからも距離を置くようになり、佐々倉想平は単独行動が多くなり、孤独の道を歩むことになる。
 妄想?
 幻覚?
 妻と娘の記憶を持っているのは、佐々倉ただ一人。
 誰一人として記憶に無ければ、戸籍、住民票、保険などに、妻と娘がこの世に存在し、生きていた証拠が何一つ無いのである。
 妻と娘と住んでいた住宅。
 その中に、佐々倉は二人の痕跡を探した。娘に買ったおもちゃ、妻に贈ったプレゼント。記憶にある限りの思い出の品を探し回ったが、どこにも存在しなかった。
 いつ無くなったのか。それすら覚えていない。まるで最初から何も無かったかのように。
 俺の妄想?
 全ては最初から存在しないのか。
 ならば、俺は一体何のために会社を辞め、藪北ファミリーに入ったのか。
 その根底を支える動機すら揺るがされる。
 
 
 
「ササクラ、ぼうっとして、なにをかんがえてる?」
 騎手のように佐々倉の頭の上に乗っているトレミの声で、佐々倉は現実に戻ってきた。はたして夢か現か、判別しにくい現実に。
「別に何も考えてない」
 佐々倉たちは、グロウリン城塞都市を囲む渓谷で、追っ手の三ツ目族から逃亡すること数日、まだ渓谷を歩いていた。
 一方通行の渓谷は、両脇を数十メートルの崖に挟まれ、歩けど歩けど上に上れる場所を見つけられずに居た。
 渓谷の谷間には清流が流れていることもあり、魚も泳いでいた。水や食料に困ることも無く、ある意味、隔世に渡ってきてから一番平穏な時期を過ごしている。
 薄暗い渓谷を数日間歩くうち、この渓谷は永遠に続くのではないかと思われた。それほど代わり映えしない渓谷が続いている。
「これからどうするの、ササクラ」
 頭上からトレミが尋ねてくるが、答えられない。とにかく現世に帰る方法を探さなくてはならない。そのための方法はまったく分からない。
「人の居る町があれば情報収集できるんだが。その町を探す方法すら分からない。トレミ、お前何か分からないのか」
「トレミ、わからないよ。ずっと洞窟にコソボ婆と一緒に住んでたんだ」
 それもそうだ。隔世の知識で言えば、佐々倉と同じようなもの。
「何か無いのか。お前はコソボ婆という婆さんに何か聞いてないのか。なんでもいい。異世界の話を聞いたことがないか?」
「ないよ。ハザマの世界のことは聞いたけど、ササクラがよく言う、別の世界の話、したことないよ」
 このどん詰まり具合はちょうど、この渓谷と同じ。上に上りたいが、どこにもその取っ掛かりが無い。ただひたすら歩いて探し回るしかない。
「聞けば分かったかもしれないけど」
「聞けば分かる?」
「うん、コソボ婆はなんでも分かるんだ。水晶を通して、何でも見ることが出来るんだ。だから、カナデは城塞都市にユーナが居るって分かったんだから」
 ササクラは思わず立ち止まる。聞き捨てなら無かった。
「ユーナの居場所が分かった……。そうか。ならば、イスカ領域の場所を聞けば、あるいは……」
 そこまで口ずさんで、あることに気づく。
 イスカ領域の場所を聞くのはもちろん、ユーナの居場所が分かるくらいなら、俺の探し人を探すくらいのことは……。
「どうした、ササクラ」
 トレミの言葉も耳に入らない。
 これまで深く考えなかったが、隔世には佐々倉の想像を絶する能力の持ち主がたくさん居る。あるいは、現世に居るよりは探し人を見つけやすいのではないか。
 だが、奏が洞窟に入ってコソボ婆の居る場所にたどり着くまでには、壮絶な道のりだったと訊く。
「トレミ、その洞窟に戻るとして、コソボ婆が居るところまでの道順は覚えているか?」
「……う〜ん、たぶん。でも、カナデと出口に向かってるとき、道はふさがっちゃったような……。よく覚えてないや」
 道がふさがった。
 地図があるわけでもないし、どのくらいの距離があったのか。奏は洞窟に入ってから出てくるまで十日以上掛かったといわなかったか。やはり行くのは自殺行為か。
「どうにかしていく方法は無いか。そういえば、ラリルドが洞窟に向かったんだったな。どうにか合流する方法は……」
「ねえ、ササクラ」
 トレミの声は届いていない。佐々倉はどうやってコソボ婆のところに行くかにフル回転し始める。
 ようやく見つけた小さな手がかり。だが、命がけである。奏がいかにして洞窟内を冒険してきたか、詳しくは聞いていないが、明かりも地図もない、天然で出来た岩の隙間をひたすら進む、博打のような探検だったと聞いている。
「ねえ、ササクラ、あれ」
 トレミが佐々倉の髪の毛を引っ張った。
「なんだよ」
「あれだよ。ほら、川のずっと先」
 佐々倉は正面をじっと睨みつけた。
 渓谷は薄暗い。太陽が真上にある一時間程度だけ渓谷は明るくなるが、それ以外は常に夕暮れのようにおぼろげだ。
 渓谷は緩やかなカーブを描いており、おそらく前方を見渡せても二百メートルほど。薄暗い渓谷はさらに視界を縮めている。せいぜい、五十メートル先の道筋がかすかに見える程度。
「誰か座ってるように見えないか、ササクラ」
 嫌な予感をさせるトレミの言葉。誰か居るのか。
「三ツ目族か?」
「よくわからない。だけど、三ツ目族の感じじゃないよ」
「本当に居るのか? 岩の陰とかじゃないのか?」
「さっき、すこしだけ動いたから、きっと生き物だ」
 生き物ということは、人とは限定されていない。動物の類かもしれない。
「どんな様子だ? こっちを見てるのか?」
「なにかに座ってるみたいにみえるよ。川をながめてる」
「人なのか?」
「たぶん」
 この渓谷は一本道。引き返せばグロウリン城塞都市があるだけだし、追っ手だってどのくらい迫ってきているか分からない。
 進むしかない。
「トレミ、俺には良く見えない。少し進むから、何か異変があれば教えてくれ」
 トレミが緊張して、頭上で身じろぎしたのが分かった。
「まかせろ、ササクラ」
 トレミの声を合図に、佐々倉は慎重に歩を進めた。
 十数メートル進んだとき、トレミが声を上げた。
「なんか、こっち見てる」
 薄気味悪くなった。
「敵意がありそうか?」
「わかんない。でも、襲い掛かってきそうでもないし」
 もう少し近づく。いずれにしても、この道を進むしかない。願わくば、相手側が警戒して逃げ出してくれることを願う。
「見てる。おじいちゃんみたい。杖を持ってるよ」
「ああ。俺にも見えてきた」
 清流沿いにある岩に腰掛けた老人が居る。
 齢八十くらいの老人に見えた。みそぼらしい布切れを纏い、魔術師のような杖を持っている。
 隔世の人間は、老人だからといって侮れない。眷族のような得体の知れない力を持っているのだ。
 十数メートルの距離に近づいたとき、おもむろにトレミが声を上げた。
「おおい、じいちゃん」
 佐々倉の足が止まる。馬鹿野郎と罵倒しても良かったが、それより老人の反応をうかがうほうが先立った。
 老人は静かに腰掛けたまま、黙ってこちらを見ている。暗がりに見る老人は薄気味悪い。
 老人がおもむろに腕を持ち上げた。杖を持っていない腕を持ち上げると、手招くように手を上下させる。
 こっちへ来いと言っている。
 相手からしてみれば、佐々倉もトレミも得体の知れない人間であろうが、老人にうろたえるような様子は見られない。
 まるで、二人を待っていたかのような落ち着きよう。
「じいちゃんが呼んでるぞ」
「分かってる」
 周囲に他の人影はない。
 こんなところに老人が居る違和感はなんだろう。
 いや、あるいはこの近くに、老人でも渓谷を上り下りできる場所があるということではないのか。話を聞けば、その道を案内してもらえるかもしれない。
 不安が転じて、希望に変わった。
 佐々倉は老人に近づくと声をかけた。
「あんた、何でこんなところに居る」
 間近で見る老人は、生きているのが不思議に思えるほど、ミイラのようにやせ細っていた。
 老人は佐々倉を見上げたまま無言である。老人の瞳は黒々と光沢を持っていて、草食動物を連想させた。
「じいちゃん、どうしたんだ?」
 トレミが声をかけると、老人はニムニムと口元を動かした。
「ぬしらこそ、何をやっておる。こんな渓谷で」
 紙をくしゃくしゃに丸めるような声だった。
「わしはここに長いことおるが、人が通ったのは初めてじゃ」
「どこから来たんだ。上にあがる道を探してる。どこかに上がる場所が?」
「さあな。わしはずいぶん昔に渓谷に突き落とされてから、ずっとここにおる。わしは上に行きたいなどとは思わぬが、いずれにしても道は知らぬ」
 内心舌打ちをする。情報が無い以上、得体の知れないもうろく爺にかかわってもしょうがない。
「そうか。じゃあ、達者でな。俺たちは先に行く」
「ぬしらが来た方角。城塞都市しかないはずじゃが、はて、逃亡者かの」
 立ち去ろうとした佐々倉の足が止まる。
 無邪気なトレミが答えた。
「そうだよ、じいちゃん。トレミたちは城塞都市のほうから来たんだ。じいちゃんはどっからきたんだ?」
 佐々倉は慌てて頭上のトレミを掴み上げると「黙ってろ」とたしなめた。
「わしはウィンディアの住人じゃった。年老いて足手まといになったわしは、渓谷に捨てられたんじゃ。別に同情してほしいわけでないぞ。わしはこうして、平穏に暮らしておるからな」
「じっとこっちを見ていたな。何か用があったんじゃないのか?」
「ぬしの頭上に乗ってるものがめずらしくてな。近くで見とうて手招いたまで。そんな小さな人間がおるとはな。お迎えが来る前に珍しいものが見れたの」
 隔世でもトレミは珍しいらしい。
「こんなところに住んでるじいちゃんも珍しいぞ」
 佐々倉の手の中でトレミが声をあげる。すると、老人はしわくちゃな顔を、さらにしわくちゃにして笑みを作った。
「そうじゃな。だが、ひょっとしたらここはこの国の楽園かも知れん。三ツ目族もおらぬし、卑屈になって道徳を失った二ツ目族もおらん。綺麗な水もあれば魚も草もある。小動物にも出会う。わずらわしいことも無く、日々ここで釣りをして過ごす毎日。これを楽園と言わずしてなんと言おうか」
 この世界に居ればそう思っても不思議は無い。
 だが、老人にしては言葉もしっかりしている。会話も成立している。佐々倉は老人の傍にあった岩に腰掛けた。
「ここはユベリアのどの辺りか分かるか?」
「城塞都市より北東。上に行ってもまだまだ荒野が続いておる」
「近くに二ツ目族の町は無いのか?」
「近くには無い。もともとユベリアはやせ細った大地。人が多いのは森林地帯の南か、漁場が豊富な北の一部。中央部の荒野はもともと一ツ目族の土地」
「ならば、なぜ三ツ目族は荒野のど真ん中に拠点を張ってるんだ?」
「ふうむ。それは、荒野の周囲が特別な土地だからであろう」
「何が特別なんだ」
「三ツ目族が二ツ目族に対する最大の脅威。それがなんだかわかるか?」
 考えるまでも無い。
「眷族か?」
「そう。グロウリン城塞都市の周囲は、眷族の力が弱まる土地。ぬしは見なかったか。城塞都市の周囲に奇妙に乱立する岩の数々」
 確かに見た。等間隔ではないが、おおよそ規則正しく立ち並ぶ岩の数々。
「あれが作用しておる。つまり、立地的に二ツ目族に攻めにくい場所があの場所ということ。この渓谷にしろ、一度落ちれば登る場所は無い。強固な城塞都市を築くための、都合の良い場所だった」
 ふと感じる。
 三ツ目族は強大な支配力を持ちながら、その実は二ツ目族を強烈に恐れている。その恐怖は、あの強固な城壁を見れば分かる。
 老人の話は興味深い。だが、グロウリン城塞都市の情報は、必要な情報ではない。
「どの方向へ行けば町がある?」
「町へ行く。それには目的があるのじゃな」
 お前には関係ないだろ。そういいかけて止めた。有益な情報を得るまでは。
「その小さい人間が関係あるのか?」
 老人は佐々倉がつかんでいるトレミを指差す。
 トレミは自分の話になったことが嬉しそうに声を上げる。
「トレミか? トレミはカナデやササクラと一緒に、あっちの世界に行くんだ。そのために町に行くんだよ」
 どうやったらトレミの口をふさげるのか。こんな小さな人間の口をふさいだら、窒息死させてしまいそうだ。
「なるほど、あっちの世界か。あっちの世界とは外国のことか?」
「まあ、そんなところだ。それより、町の方角だ。知ってるのか?」
「町に行ったところで、国外に出る方法など得られぬ。知っておれば、教える前に自ら亡命しておる」
 佐々倉は苛立った。素直に喋ればいいものを。ひねくれた老人の相手をしていては、いつか首根っこ捕まえて、いいから教えろと怒鳴り散らしてしまいそうである。
「町は北にある」
 老人はおもむろに言った。
「南にいくよりは近いだろう。だが、町は三ツ目族の管轄化にある。町に入ることはできても、出ることは容易に適わぬぞ」
「ならば、小さな集落でもいい」
「いずれにしても、小さな集落は点在しておるが、把握はしておらん。星の数ほどあるウィンディアを探したほうが早いだろう」
 佐々倉は悩んだ挙句、ひとつの質問をした。
「ひとつ教えてくれ」
 老人は口元をムニムニと動かすと頷いて見せた。
「隔世……この国には、どんな眷族が存在するんだ?」
「どんな眷族とは?」
「どんな能力を持つ眷族がいる? たとえば空を飛んだり、火を噴いたり」
「それこそ星の数ほど存在する。長く生きたわしでも把握しきれぬほどにな」
「ならば、知ってる範囲で……例えば知りたい事を教えてくれるような眷族はいるのか?」
「ふうむ。抽象的ではあるが、何でも知っている万能の眷族は知らぬ。だが、眷族の能力は多種多様。目的に沿う眷族は必ずおるだろう」
「あんたは眷族を持ってるのか?」
 老人は押し黙った。トレミが佐々倉を見たり老人を見たりしている。
 やがて老人は重そうに口を開く。
「自分が眷族を持っているかいないか、軽々しく口に出来るものではない。眷族を持っていると知られれば、命にかかわることもある。他人の眷族を奪う盗賊もおる。力ずくでな」
 聞いてはいけないことだったか。この先、軽々しく口に出来ない質問であることは間違いない。
「だが……もう失うものなど無い。ぬしがわしから眷族を奪おうと、もう正直どうでも良い」
「心配するな。持っていたとしても奪うつもりは無い。別に喋らなくてもいい」
「じいちゃん、心配するな。ササクラもトレミの眷族だ。他にもいるぞ。レオンっていう頼りになる奴だ」
 老人が首をかしげる。またトレミが好き勝手に発言する前に話題を切り替えようとしたとき。
「その眷族が、どんな能力を持っておるか、ちゃんと理解しておるか?」
「ササクラが?」
「俺はお前の眷族じゃない。話をややこしくするな」
 老人は「どれどれ」と言いながら目を瞑った。
 すると、微かな風がそよいだ。
 不審に思って周囲を見渡す。ところが、老人の周囲がほのかに発光し始めたものだから、佐々倉は目を見張った。
 光は老人の足元に集約し、発光体はやがて形を持った。
「眷族……?」
「わしの持ってる眷族じゃ。名をシュークという」
 老人の足元に現れた眷族は、大きな眼を持つ鳥。
「フクロウか」
 見てくれはフクロウのそれ。フクロウは翼を羽ばたかせて老人の肩に乗った。
「シュークは持っている眷族の特性を調べることが出来る。貴重な眷族じゃ。奪おうと思っても無駄じゃ。おおよそ、この眷族と相性が合うのは万に一つ」
「言っただろう。奪うつもりはない。だが、こんな眷族を持っていればウィンディアを追い出されることもなかったんじゃないのか?」
「言っただろう。自分が持っている眷族を知られるということは命の危険があると。わしは長い間、シュークを隠しておった。むろん、渓谷に突き落とされるときもしゃべらなんだ。知られるくらいなら死を選ぶ。さて、わしも老いた。長くは召喚しておれん。ちっこい子の眷族の能力を見てみよう」
 老人が肩に乗ったフクロウに何かを囁くと、顔の半分以上を占める大きな双眸をトレミに向けた。
 目がほのかに光っている。
「なるほど、ちっこい子の眷族は二体」
「二体?」
 佐々倉は聞き返していた。
「まさか、俺がトレミの眷族だなんていうつもりじゃ」
「ぬしではない。いや、それより、ササクラと言ったか。ぬしの持ってる眷族は――」
「俺の?」
 佐々倉は思わず腰を起こしていた。「くるしいよ、ササクラ!」というトレミの上げた声に、トレミを強く握り締めてしまっていたことに気づく。
「ぬしの眷族は、城塞都市の真下の渓谷に住んでおる奴だ。ぬし、ひょっとして三ツ目族の警備をかいくぐって眷族と契約を? まさか、そんな無茶を」
「まて、じいさん。俺が眷族を持ってるって、本当なのか?」
「間違いない。しかし、その様子を見ると、自分でも気づいておらなんだか」
 いや、心当たりはある。グロウリン城塞都市の真下に位置する渓谷で、奇妙な洞窟に入り込んだときに触れた奇妙な発光体。
「めずらしいな。あの眷族は、今となっては持っているものは皆無。貴重な種じゃ。悪いことは言わぬ。解約したほうが良いじゃろうて。世の中にはわしのように持っている眷族を検索できる者もおる。貴重であればあるほど、命も狙われやすい」
「その眷族の力は? どんな能力を持っている?」
 老人はフクロウの言葉を聞くように耳を傾ける。
「探知能力」
「……探知能力? 具体的には?」
「例えば……ぬしは先ほど、町のありかをわしに聞いたな。ぬしは眷族の能力を使えば町の場所を知ることができる。いや、制約があるな。場所が分かるのは、ぬしがイメージできる場所、あるいは物だけだ。ぬしが失ったものがあれば、それが消失したりせず、原形をとどめておれば場所を教えてくれるだろう」
 佐々倉は絶句したまま硬直した。
 不思議そうに見上げているトレミにも気づかない。
 まさか……そんなことが……。
 
 
 
 グロウリン城塞都市を出発する準備を整えたクロスは、城内に残っている警備兵達に引継ぎを行うため、一人ひとり、念入りに指示をして回った。ところがその実は、城内の警備兵や使用人たちに広がる噂話を調査するためでもあった。
 その噂話は、不安が暗雲のように宮殿に蔓延っていた。
 グロウリン王族のことである。ユベリア宮殿に三つ存在する城のうち、ひとつはクロスが警備するヴァルアラトス副王の城。残り二つはそれぞれ、ルルアラトス国王。シュレルアラトス法王の城である。ヴァルアラトス城の最高責任者であるクロスは他の城を行き来することは無いが、末端の警備兵であれば城の間での異動人事は無いことではない。使用人や城に従事する様々な役職の人間然り。
 クロスは様々な人間に話を聞くうち、宮殿内に広がる不安が顕著に現れ始めていることを知った。
 ルルアラトス、シュレルアラトスの御姿。国民の前に姿を現すことはもちろん、宮殿に居る誰もがそのお姿を久しく拝見していないのである。
 この意味するところをクロスは推し量りかねていたが、ヴァルアラトスに尋ねるわけにもいかない。
 そして、奴隷の69番が宮殿を襲ったことが、不安を増長させる重要な起因になっていたことは間違いない。
 ユベリア大衆国の建国から千年の歴史において、ユベリア宮殿が二ツ目族に急襲された事実などないのである。あの69番の奴隷が出現させた強烈な眷族。表向きはクロスにより退散させたということになっているが、事実、クロスに倒せなかった二ツ目族として69番は宮殿内に脅威の象徴のように恐怖を広めていっているのである。
 こんなときに城を離れなければならないとは。
 加えて、ルルアラトス、シュレルアラトスの存在に言及する噂。
 宮殿最強と歌われるクロスやラリルドを遥かにしのぐ、最初の三ツ目族たち(ヴァルアラトスはもちろん、ルルアラトス王、シュレルアラトス法王などの王族)の力はわれわれのそれを遥かにしのぐ。クロスがいなくとも、最初の三ツ目族たちの力で十分城は守れる。
 先の69番の襲撃によって、ルルアラトス王もシュレルアラトス法王も姿を見せなかった。ヴァルアラトスは国際会議出席のため不在だったが、ここにきて69番の眷族の大猫が言った言葉が思い出された。
 ――クロス殿は王であるルルアラトスや、その他のアラトス王族を見たことがあるのか。
 ルルアラトス王の御姿を拝見しなくなって、何年経っているであろう。確かに以前から頻繁に姿を見せる御方ではなかった。最初の三ツ目族であるヴァルアラトス、ルルアラトス、シュレルアラトス。
 ヴァルアラトスの城を警備するクロスは、当然ヴァルアラトスの姿は頻繁に見かけるが、それ以外の最初の三ツ目族は?
 約千年前、ユベリア帝国として二ツ目族が支配する世界を解放し、ユベリア大衆国を建国する際、最初の三ツ目族として活躍したのが五人の三ツ目族。
 ヴァル、ルル、シュレル、そしてクロスの母(頭に怪我を負って以来、母の記憶は失っている)コソボ・カユウ、そしてもう一人、キャスティ・モンティという三ツ目族。王族として国を統治するヴァル、ルル、シュレルは、アラトスを名乗った。転じて、女であったコソボ・カユウ、キャスティ・モンティの両名は王族でありながら、積極的に政治にはかかわらず、女神として国の象徴化とされた。象徴化されることにより、二人の女は発言も行動も制約された。発言力も自由な行動も制限された彼女らは、不満を募らせることになる。
 そして、この二人は結局、城を離れることになった。アラトスの名を剥奪されたコソボ・カユウは僻地のファミリアの聖域の見張り役として、半ば追放され、キャスティ・モンティは独立の道を歩む。
 この国に足りなかった、軍部の創設だ。
 そう、キャスティ・モンティは最初の三ツ目族でありながら、後に最初の四ツ目族となった。
 政府の中央機関である三ツ目族のユベリア宮殿と、軍部の中央機関である最北端の大地に巨大な敷地を構える四ツ目族の聖域。この二つの巨大機関は、これまでは均衡を保っていた。外交手腕の秀逸なヴァルアラトスによる功績といえたが、ヴァルアラトスにさえ、軍部の動きを止めることが容易でなくなってきた。
 まかりなりにも軍部である。千年以上もの間、国内紛争は愚か、諸外国からの侵略も無いユベリア大衆国にとって、軍部はお飾りに過ぎず、その存在価値も薄れつつあった。
 軍部は主張し始めるのである。荒野が大半を占めるユベリア大衆国。世界規模から見れば小国である。三ツ目族、四ツ目族という優秀な種族が、この小国だけを統治していることがおかしい。荒野が大半を占める小国では、国力、経済力の発展に限界がある。
 それを国際調和、外交努力にて打開しようとする三ツ目族(多くはヴァルアラトス)と、軍事力にて諸外国に圧力をかけるべきだと主張する四ツ目族。そこに軋轢が生まれること数百年。ひずみは徐々に広がり、限界を迎えようとしている。
 ユベリア大衆国の国際的な軍事国家化。それこそが四ツ目族の悲願。ヴァルアラトスが警戒する種となっている。
 四ツ目族の動向を探らせていた隠密の報告を受ける。
「四ツ目族は兵隊の整備を始めています。諸外国からの脅威が無い今、この準備は国内クーデターの準備と見て間違いないでしょう」
 こんな重大な問題が山積しているにもかかわらず、クロスは単独で城を離れ、たった一人の二ツ目族を追えと言われている。
 それは、使命ではない。
 ヴァルアラトスは巧みに言葉を選んで話をしていたが、クロスには分かっている。
 ――これは、69番という奴隷に対して攻め込まれる、宮殿を破壊される、さらには逃亡されたことの粛清。
 要するにクロスに突きつけられた事実上の『追放』なのである。
 
 
 
 全ての問題を放棄して、城を出て行かなければならない。
 ヴァルアラトスには、城の心配は要らないと諭されたものの、どうにか69番を捉え、あるいは殺害の証拠を得て、一刻も早く城に戻ってくることが最短の解決策だった。
 留守にする間の城の状況は、クロスお抱えの隠密に任せれば情報が断裂することはない。
 城を『追放』されるクロスは、出発直前にその隠密から報告を受けていた。
 脅威の速度で逃げていた二ツ目族は湿地帯に入ってから急速に速度を下げたらしい。隠密は複数の眷族を保有しており、グロウリン城塞都市の渓谷に存在する眷族の聖域で、追跡能力のある眷族も契約した。いわば、人の行方を探す達人である。それでなければ、ラリルドの行方を常に把握などできていない。この隠密の忠誠心にクロスの立場も支えられているといって等しい。
「クロス様。69番の行方ですが……ラナ・カンという眷族の召喚の限界のようです。今は二ツ目族の徒歩にて、足場の悪い湿地帯をゆるゆる歩いているようです」
「なるほど、いま城を出れば、やつらが湿地帯を越えるころに追いつくか」
「その湿地帯の先に『魔の森』と呼ばれる政府管轄下の森がございます。あるいはそこで他の同胞に捕らえられるかもしれません」
「政府の管轄下だが、あそこにいるのは三ツ目族ではない。私の失態を他の者に尻を拭かせるのも納得いかん。なんとしてもこの手であやつを葬るのだ」
「他の者……それは、わたしめでも同様でございますか?」
「そうだ。お前であっても手出しはならない。だが、あの奴隷は強力な眷族を使う。いかにお前でも容易ではないだろう」
「わたくしめの役割は隠密。同様に暗殺も担います。必要があれば、いつでも実行に移せます」
「どうなるか予想できん。今は手を出すな。少なくとも私が追いつくまで」
「御意に」
「お前の能力に期待しているぞ」
「恐縮でございます」
「そうだ。お前の能力のため、隠密としてそばにおいてやっている。二ツ目族のお前をな。二ツ目族ゆえ、隠密としてしか雇えないが」
「いえ、滅相もございません。至極光栄に存じます。二ツ目族の私をおそばにおいていただけるだけで……」
 城を後にしようとするクロスについてこようとする警備兵は多かった。部下たちにはヴァルアラトスの勅命にて、数日間留守にすると伝えているが、それでも城塞都市から外に出ることなど一度も無かったクロスが、単独で城を離れることに、目ざとく『追放』という真相に気づくものも少なくない。
 信頼を寄せる部下たちを尻目に、クロスは城を出て、移動手段である駆馬を迎えに厩舎に向かった。
 その道中のことである。
 ユベリア宮殿の西に存在する、何もない開けた空間がある。それは三百メートル四方の森を刳り貫いたように存在する。
 飛行場である。ここには普段、漆黒の飛行船が巨大な体躯を主張しながら居座っているはずであった。
 ところがこの日、飛行船は存在しなかった。空虚な空間がぽっかりと口を開けているだけである。
 飛行船はヴァルアラトスが外交のため、海を越える際にしか使用されないはずである。ヴァルアラトスは現在、外交の予定はないし、事実、今も城にいるはずである。
「どうして飛行船がない……?」
 考えても答えは出ないし、飛行船がどこかへ飛び立ったのなら、なぜその情報がクロスのところまで届いてこないのか。
 ――やはり追放か。
 クロスは事実上、警備長の任を解かれているのだろう。いままで当たり前のように報告のあった情報が、すでに届かなくなっている。
 ――こんなことにめげている場合ではない。
 ヴァルアラトスの命令に従い、クロスはヴァルの留守中に二ツ目族を殺さなかった。ヴァルアラトスがこのままクロスを追放するわけがない。長い年月で築いてきたヴァルアラトスとクロスの信頼関係は嘘ではなかったはず。
 今はヴァルアラトスの言葉「全てうまくやるから、しばらく姿を消せ」の言葉を信じて、進むしかない。
 クロスは日除けのマントを翻し、旅路を開始させるのであった。


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