あっちから変なの出てきた

----------------------------------------------------------------------
PREV                          NEXT
----------------------------------------------------------------------

第八章 【 グッド・バイ・マイ・ラブ 】


「一体、あの道具はなんだ。あんなヒヨッコのむさくるしい男が、なぜあれだけ高出力の具現化の術を使えるのだ」
 山を降りた伊集院照子が不意に声を上げた。
 いま、ラナ・カンがユーナとナユタを運び、その横を伊集院照子と奏が歩いている。山のふもとの田舎道である。時刻は午後九時を回り、ヒグラシの音が夏の終わりを知らせている。
「あの道具は戒具と呼ばれるもので、十二年前に大家貴信が開発した道具です」
「まさか、戒気というやつか? 明治では戒気は実証されない御伽噺だったが」
「大家貴信が戒気を分析して、出力できる道具を開発したんです。電池の電力を放出するような仕組みだと聞きます」
「でんち?」
 伊集院桜子が首をかしげる。
 明治時代には電池がなかったのだろうか。
「電気を溜め込める道具です」
「電気? 電気とはあれか? 火を使わず明かりを灯し続けたり、遠くの者と会話を繋ぐ目的で使われる機械のエネルギーとなる……」
「たぶんそうです。その電気エネルギーの仕組みのように、人間の戒力と呼ばれる力を体外に放出する道具です」
「なるほど。おそらくそんな道具が未来で作られるだろうと予測はしていたが、まさかアレほどの出力だとは驚きだ。だが、あれを使うのは少々リスクが大きいようだ」
「リスクが?」
「戒気も情気も、おそらくは本質が同じ。念や想いが力となる。心的な力だ。だが、情気と戒気が区分されるのはその出力元の感情の違いにあると私は考える。シンプルな言い方をすれば、情と戒はそれぞれ感情の正と負。負の力を放出し続ければ人間の心はいずれ病むだろう。さらに重要なのは、あの道具にが人間が本来持っているリミッターを無視して力を放出するものならば、あれを使用し続ける彼らは心を病むどころか、いずれ心を失いかねない」
「心を失う?」
「人間の身体の構造とはそういうものだ。力を発揮しすぎないように制御されている。たとえば親指の筋肉。こいつは六十キロの重さを持ち上げることが出来るが、普段、そんな力は発揮できない。筋肉繊維がズタボロに切れてしまうからな。そうならないように、人間の身体は自分を守るために40%ほどの力の出力で制限されるよう造られているのさ。あの道具は、そのリミッターを解除し、能力の100%を無理やり発揮させるものだろう。使い続ければやがて心は疲労し、壊れ、失うことになる」
「本当ですか?」
「あの二人の人間が、私に匹敵する能力者であるのなら別だが、どうやら凡人に毛が生えた程度のようだからな。お前も教訓にするといい。力は発揮しすぎるな。大きな力を使えば、必ず代償がある」
「でも、危険な道具なら今すぐ使用をやめさせないと」
「そうだな。そうしたいのならそうすればいい。だが、今はまだいい。お前の当面の使命は、この私を湯船に漬かせ、うまい食事を食わせて、寝床を用意することだ」
 さすが英雄である。唯我独尊ぶりは並ではない。
 こんな人間といつまでも一緒にいたら身が持たない。
 伊集院照子はふもとの町まで降りると、走っている車に驚き、街灯に驚き、連立する住宅に驚いた。
「これが家なのか? 一体何の素材で出来てるんだ。鉄がこれほどまでにそこら中に使われている。なんて裕福な時代になったものか」
「明治時代は裕福じゃなかったんですか?」
「裕福な人間もいた。欧米かぶれの貴族気取りが横行していたが、国として裕福だったかとは言い難いな。なあ、現代の世でも婦女子は男どもに抑圧されているのか?」
 女性が抑圧され、亭主関白の当たり前の時代。妻は産む機械のごとく、男子を儲けるための生理的な道具同然だった。
「男女平等が日本でモラルとなってからだいぶ時間も経って、男性の意識も変わったと思います。女性は自由に発言や行動して、余計な抑圧もなく生きれる世の中になったと思います」
「なるほど。それは喜ばしい」
 表情は変わらないが、若干声は明るかった。
 ふと奏は思った。
 伊集院照子は明治という、その時代に生きていた人間は現代に一人もいない過去からやってきた異邦人。
 伊集院照子も、ユーナたちと同様、別世界からの来訪者なのである。
 奏はあまり意識しなかったが、伊集院照子は目覚めた百年後、ようするにこの現代に放り込まれ、戻る手段も無く、家族も無く、奏の想像すら出来ないとてつもない孤独の中にいるのではないか。
 ひょっとしたら、伊集院照子が奏に対してあれこれ詮索するのも、奏が人外を故郷に帰そうとする行為が伊集院照子の心になにか特別な感情を抱かせているのかもしれない。
 伊集院照子には決して戻ることの出来ない、百年前の故郷を思い……。


 ユーナが一ツ目を出現させたことは、マイナスにはならなかった。漠然としていた人外襲来のイメージが委員会の人間たちに明確な危機として現実感を生み出した。保身や体裁などをかなぐり捨てて、真剣味を増したと言える。
「攻め時だな」
 本部のキャンプエリアに戻ると、多くの術師たちが集結しており、緑眼の獅子とその子息は盛大な拍手と完成に迎えられた。
 現在は『イスカ領域調査部』の本部テントに戻った弦に、鳴音楽が声をかけた。
「俺は引退を考えている。術師、委員会顧問ともにな。引退前にお前にすべてを引き継ぐため、俺は最後の立ち回りをしようと思っている」
「最後?」
 聞き返すと、緑眼が弦を捕らえる。
 妙にかしこまってしまうその眼光。それを自分も持っている。緑眼の威圧感と強制力を身近で知っているからこそ、弦はいつでも微笑を絶やさずにいた。
 それも今日までか。
 生ける伝説が引退する。
 確かにそう言った。
「これからはお前の時代だ。今回の人外襲来の危機もお前が指揮を執れ。俺はサポートに回る」
「しかし、我々は立場が悪いのでは?」
「心配するな。生ける伝説は伊達じゃない。それに証明して見せたではないか」
「証明?」
「時代は変革期にある。委員会は今までどおり情力や戒力だけに頼る時代ではなくなったのだ。物理的に人外を拘束、駆除する方法を検討する時期になったのさ」
 正直、弦には楽の言っていることのほとんどを理解できなかった。
 直前に自分の起こした行動――御札を詰め込んだ特殊車両で人外に突っ込んだ行為に自失呆然としていたからもあるが、弦が楽の企みに気づくのはもう少し後のことだった。
 この会話後、弦を連れて直々に委員会本部のテントに出向いた楽は、委員会の上層部と、海外からの外交使節を本部に集めた。
 アメリカ、中国の公使を含め、各国の海外勢の体制が整いつつあるのか、ドイツ、イギリスの特使も会議に参加した。
 キャンプエリアに集結している術師たちの興奮と動揺ぶりに何が起こったのか説明を求める委員会の上席連中と海外勢に向かって、緑眼の獅子はまず起こったことを説明し、弦の勇気により一ツ目の殲滅に成功したことを報告した。
 会議に参加した弦は夢から覚めたように目を見張った。
 楽が人を惹きつけるカリスマを発揮し、人を説得する巧みな話術を駆使してある提案を行った。
 委員会の人間であれば、誰もが眉をひそめ、問題外と首を横に振りそうな大胆な提案である。
「警察機構に協力を求めることを提案します」
 会議は騒然となった。
 自然管理委員会と警察庁の間には、相入れぬ溝と、過去の因縁による確執があった。協力し合うことなどいままでは皆無で、むしろ忌み嫌いあう敵同士だった。
 それは日本に限らず、海外でも同様だ。
「さらには防衛省、日本に駐在するアメリカ軍に協力を依頼し、明日の人外襲来危機に対して物理作戦を決行します。先ほどご説明したとおり、現在の自然管理委員会の技術力、持ちうる力の出力では人外襲来の防衛はとても不利です。我々がロープで一ツ目の行動を制限した後、大量の御札で人外を駆除したと同様な作戦が必要です。警察機構、自衛隊、軍隊に物理的な作戦を担っていただき、我々が確実に人外を駆除できる状況を作り出して欲しい。術師は、駆除できないまでも相手の行動を制する攻撃ならば仕掛けられるはず。目をつぶす、足を折る等の攻撃です」
「しかし、これまでの確執の問題はどう解決する? いまさらどの面下げて協力を依頼するというのだ」
 楽がにやりと笑ったのが分かった。
 楽が席を立つと、まるで大統領の盛大な演説のごとく、大きな手振りを交えて声を上げた。
「すべて私にお任せ願えれば、明日の人外襲来までにすべての準備を終わらせましょう。私には策があります。作戦はおってご説明しますが、この人外襲来の危機を乗り切るには、海外勢の協力だけでは足りません。警察と自衛隊への協力要請を許可ください。必ず解決して見せましょう」
 おお、と声を上げたのは日本人の少数と海外勢だった。
 アメリカの若き海外特使の心に火をつけたのか、金髪青年は立ち上がって目を輝かせながら拍手を送った。お国柄の派手さにフィーリングでもあったのだろう。
 海外勢が賛成の中、日本人は渋面するしかない。
 いまから中国や他の海外の軍隊派遣は難しいだろう。ならば日本に駐在しているアメリカ軍、自衛隊の協力しか有り得ない。
 果たして策があるという楽は、一体どういう行動に出ようとしているのだろうか。
 賛成可決で、大家貴信に成り代わって対策本部室長になった鳴音楽はそばに弦を付かせた。
 苦々しそうに本部テントを後にしようとする大家貴信に向かって、鳴音楽が言った。
「大家氏のお持ちの藪北ファミリー。彼らに協力いただけないだろうか。それにあなたが考えていた従来の作戦を踏襲したい。私のアドバイザーとして陣頭指揮に加わっていただけないだろうか」
 大家貴信が忌々しそうに振り返る。
 緑眼の獅子がカリスマ性を発揮し、委員会を牽引し始めた今、大家貴信は断れる立場にない。
 楽は大家貴信がこっそり裏工作して、また良からぬ悪巧みを行う前に傍において監視したかったのだろう。それを察して大家貴信は不愉快だったのだ。
 大家貴信が作戦の核として提唱していた「術師」としての力の向上を期待できる新型戒具の使用とA級御札の使用。それは自然管理委員会に根付く古い隠匿的な風夕にのっとった古い考え方だと鳴音楽が真っ向から否定し、これからの時代は他の組織である警察や自衛隊との協力体制の下、物理攻撃と術師による特殊攻撃のコラボレーションが必要だと提唱した。
 思想は真っ向から対立している。
 そして勝負は明白だった。
 奏がしでかした反逆行為により、鳴音家消失の危機を見事、逆転劇で乗り切って見せたのである。
 鳴音楽はこのチャンスを待っていたのだろう。じっと目立たず、機会を覗っていたのだ。
 そこへ一ツ目の出現。そして使える人材は、弦が先読みして集めておいた『イスカ領域調査部』の部下たち。
 機転を利かせて、物理作戦を交えて人外を駆除して証明して見せた今、鳴音家消失の危機は去ったどころか、ふたたび伝説の復活と術師たちは興奮し、士気が高まった。『イスカ領域調査部』の英雄行為とともに伝説は継続すると弦が祭り上げられ、今こうして鳴音楽の傍にいる。
「さすがです」
 心底驚嘆して弦はそうもらした。
「ですが、警察庁と防衛省の協力なんて得られるんでしょうか」
「問題ない。もう手はずした。警察庁長官と防衛省長官は私の古くからの友人だ。明かしたことはないが、実は幾度となく作戦をともにして、死線を潜り抜けてきた仲間だ。私たちが酒を酌み交わしながら語り合った夢。公に協力しあい、お互いが手を組み合わせる時代の到来。今まさに実現するだろう。自然管理委員会の歴史は変わる」
 弦は身震いした。
 胸がいっぱいになり、思わず感動で涙が出そうになったのをどうにか堪えた。
 鳴音楽が警察庁、防衛省との根回しを終え、協力体制の確約をもらった時点で自然管理委員会上席と海外勢の公使たちが再び本部に集められ、鳴音楽が作戦を披露した。
「まず、拠点を移動します」
 にわかに会議がざわついたが、言葉の意図を確かめようと、生ける伝説に耳を傾ける。
「認識していただかなければならないのは、人外襲来が起こるのがこの『園山』ではないということです」
 不思議なことに、異議を申し立てるものは皆無だった。不可解であるがとりあえず話を聞こう、そんな雰囲気が場を埋めていた。
「これからお話しすることはただの理屈です。ですので私の提案については、私を信じていただくか信じないか、そのどちらかになります」
 緑眼の獅子が話して聞かせたのは以下の理屈。
 ユーナが初めて発見されたのは鳴音楽が担当している水無月市に存在する青空公園という場所。しかし、一ツ目が出現したのがこの『園山』だった。ユーナは青空公園に出現し、出現箇所を悟られないために園山まで足を運んだ後、一ツ目を出現させることで、人外が再び襲来する場所を人間に園山だと勘違いさせた。
 つまり、園山はスケープゴート。フェイクなのである。
「考えてみれば、隔世から人工的にイスカ領域を作り出し、渡ってくるとしたら、一からイスカ領域を作り出すより、既存のイスカ領域を利用して穴を広げるほうが効率が良い。だが、自分が出現した場所を悟られなくなかったユーナは園山が出現箇所であると人間に思い込ませたかった」
 誰もが真剣な目つきで鳴音楽の話に聞き入っている。
「その勘違いに一役買ってしまったのが、私の愚息である奏であります。恥ずかしい話ですが、奏は人語を解する人間の少女のような人外に深い同情をしてしまったようです。このことの責任は追って果たさせていただきます」
 今回の件を最後に引退。
 その理由は、やはり奏の尻拭いなのだろうか。
 そこで初めて質問が飛んできた。
 中国の女性公使の通訳が代弁した。
「奏氏は人間に有効な御札を使用していると聞きましたが、事実ですか?」
「事実です」
 即座に答える楽。続けて説明する。
「奏を捕らえようとしたここにいる弦が食らっていますし、ラナ・カンによる自然管理委員会本部襲撃事件のときも、奏がラナ・カンを連れ出す際に対人間用の御札を使用したとの報告があります」
 別の人間から声が上がる。
「その責任は重大だぞ。人間に有効な御札を使用するなど言語道断。深刻な反逆行為だ」
「心得て居ります」
 すると、中国の講師が立ちあがってひどい剣幕で、母国語で捲くし立てた。何を言っているのかは分からない。通訳の翻訳を待つ。
 通訳はメモ帳を手にしながら丁重に言った。
「反逆行為などというくだらない議論をしたいのではありません。私は知っています。人間に有効な御札の製造方法は中国の行雲途山にしか存在しません。彼がその製造方法を見ることが出来るとは思えません。私は奏が対人間用の御札を手にすることになったその理由と経緯を知りたいのです」
 するとアメリカの特使も口を出した。
「私も興味がある。もし、対人間用の御札を自ら考案し、作り出したというのなら、ぜひわが国の国家研究機関に招いて――」
 負けじとドイツの特使が声を上げる。
「それは我々も同様だ。奏がその気なら、ドイツがリーダを努める国際連盟のイスカ領域開発計画に――」
 まったく、海外勢はおおらかである。
 格式ばった頭の固い日本人の発想とは違う。
 国防省に侵入したハッカーを、大金をはたいて雇おうとする大企業がいるくらいだ。
 鳴音楽が両手を挙げて、騒然とする場を制した。
 静まり返って、視線が鳴音楽に集中する。
「愚息の奏については、何らかの処分が下って当然だと思っています。ただ、残念ながらそれを議論するより、差し迫った問題がある」
 人外襲来の未曾有の危機。
「警察庁、防衛省の協力要請は承認いただきました」
 これも異例のスピード承認である。決定を下すまでの承認フローによるチェックポイントはそれこそ無数に存在し、すべてのルートを多大な時間を費やし検討されなければならないはずが、鳴音楽の警察庁、防衛省の両長官への直通ホットラインがあっての異例中の異例なスピード承認だ。
 生ける伝説なくしてこの作戦は成しえないのだ。
「在日米軍への協力調整は手間取っているようですが、警察庁、防衛省の協力が得られるならば作戦に支障はありません。具体的な作戦は以下のようになっています」
 まず、早急に青空公園の周辺住民を避難させなくてはならない。緊急避難について理由を求められても、後付でどうにでもなるだろう。とりあえずは細菌漏れのバイオハザードでも不発弾回収でも、なんでもいい。
 それから集結した警察官に地域巡回と交通規制の要請を出す。絶対に一般人を人外襲来が予測されるエリアに立ち入らせてはならないからだ。
 周囲を固めてから、中心部では自衛隊と委員会の協力体制が必要になる。
「その作戦については、実は確かなものはありません。そこで提案があります。まず、われわれは状況を完璧に把握しなければなりません。襲来する人外の勢力について我々が把握しているのは、一ツ目レベルの人外がおおよそ百体。それ以外の人外が百から二百。多くて総勢三百体との情報。これでは埒が明きません。ほぼ手立てなしと考えてよいでしょう」
「絶望的な状況だといいたいのか? あれほど自分に任せろと豪語した男の言葉とは思えんな」
 上席連中から不満の声。
 一切動じることのない緑眼の獅子が言い放つ。
「だからこそ、人外の協力が必要です」
 そう言った瞬間、それまでで一番会議が騒然と色めき立った。
「協力と言ったのですか?」
 アメリカ公使を通訳した女性の言葉。
 力強くうなずいた鳴音楽が「協力です」ともう一度言った。
「親馬鹿と言われてもかまいませんが、我が息子の奏は正義感の強い男です。決して人外に協力し、人間界に混乱をもたらそうと考える男手はありません。証拠に、奏はここまでやってきて、人外襲来の場所を知らせに来ましたし、なによりこれほど暴れまわってくれたラナ・カン、およびユーナの出現させた二体の人外出現の中にあって、人間側の死傷者がゼロである。これが偶然だとは思えない。奏たちはただ追い詰められて、逃げ回っているだけだと考えています」
「だから協力要請すれば、我々に情報を提供するとお考えか?」
「ええ」
「どうやって連絡を取る?」
「そこは大家貴信氏に尋ねたい。大家貴信氏の部下が奏たちを追跡していると」
 全員の視線が、一斉に大家貴信に向く。
 渋面しながら沈黙を守っていた大家貴信は発言を余儀なくされた。
「確かに私の部下二名が現在、人外を追跡しています。ですが――」
 大家貴信が言葉を続けようとしたのを遮って、鳴音楽が言った。
「奏と人外たちは青空公園か自宅に向かったのでしょう。行き先が分かっているのなら連絡の取り様はいくらでもあります」
 大家貴信は黙って目を瞑った、
「時に――」
 中国の女性公使が手を上げて発言した。
「奏氏や人外に協力を要請し、一体どんなメリットをもたらすというのでしょうか」
「もちろん、人外の弱点についてです。相手の特性を知ることで、こちらの立ち回りようも変わってきます。偶然ですが、われわれは一ツ目の弱点を知ることが出来ました。それは脳天に近い額部分です。一ツ目はヘリで上空から脳天を狙った攻撃を行えば対応できます。それ以外にも地上作戦で色々と策は講じていますが、敵が一ツ目だけでないと分かっている以上、一ツ目以外の敵を知る必要があります」
「仮に奏氏が人外襲来に良からぬ形で関わっていないとしても、人外は自分たちの同族を売り飛ばすような真似をするだろうか」
「奏に説得させます。これほどまでに人外と意思の疎通を図った人類はかつていません。それはつまり、かなりの信頼関係が結ばれていると考えていでしょう」
「奏氏が人外襲来に協力する形で信頼を受けているとしたら?」
「問題ありません。そうであればその場で私が奏を抹消します」
 呑まれた。
 会場が鳴音楽の言葉一つ一つに呑み込まれていく。
 まるで催眠術でも掛けるかのように。
 鳴音楽の言葉には、過去の実績に裏づけされた説得力がある。
 彼がそう言った以上、それは真実となるのである。
 緑眼の獅子が、息子を殺すといえば、間違いなく殺す。
 
 
 
 奏は人外たちと伊集院照子を自宅に招いた。
 家族は当然不在だ。
 行くところの選択肢がなかった。
「尾行はあるが、干渉してくる気配はないようだ」
 伊集院照子があくびをしながら言った。
「尾行が?」
「やはり気づいていなかったか。馬鹿者め。尾行しているのは先ほどの戒具使いどもだ」
 戒具使い。
 藪北ファミリーか。
「相手も尾行を隠してはいない。つまり掴まえようというよりは、我々の所在を常に把握しておこうという目論見だろう。突然襲ってくることもない。ゆっくりしようか」
 伊集院照子は、さあ案内しろと顎をしゃくった。
 ところが、伊集院照子を風呂に浸かせるよりも、飯を喰わすよりも、寝床を用意するよりも早く来客があった。
 簀巻きにされていたユーナとナユタを解き、布団に寝かせたあと、姉の琴の服を用意して伊集院照子に着せた頃だった。
 来客を知らせるインターフォンに奏は緊張して、おもわず伊集院照子を見る。
「いい加減、私に依存するのをやめろ」
 伊集院照子は面倒臭そうに手をひらひらさせる。
 仕方無く玄関まで様子を見に行くと「どちらさま?」と声をかけた。
「鳴音楽顧問役から申し付けられて参りました新野辺と申します」
 玄関の外から声がした。
 訊いたことのある声と名前。
 玄関を開けると、三人の中年男性が立っていた。
 一人はすぐに警察手帳を見せたので警察官だと分かった。もう一人は明らかに軍服と分かる格好。そして残りの一人が新野辺と自己紹介した男だろう。
「親父の……?」
「ええ。お父上は、明日に起こる人外襲来の指揮を取ることになりました。お兄様はその補佐役として任命されました。詳しい事情はお話します。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
 奏は怖々と頷くしかなかった。
 
 
 
 男たちを居間に案内すると、ラナ・カンが警戒して「フーッ」と声を上げたが、中年三人はラナ・カンに対して深々と一礼して見せると、ラナ・カンは戸惑ったかのように奏を見る。
「とりあえず、こちらへどうぞ」
 ソファーに案内すると、お茶を用意しようとした奏に「時間がありませんので結構です」と断られた。
「私は自然管理委員会の新野辺と申します。今回作戦の諜報担当を任せられております」
 もう一人は公安調査庁の牧瀬と名乗り、もう一人は防衛省情報本部の山川と名乗った。
 聞いたこともない機関。一体何者なのか。
「明日起こる人外襲来について、我々はユーナ氏、ラナ・カン氏に助言を頂きたく、参ったしだいでございます」
 丁重な口調に、丁重な態度。
 これは一体どういうことだ。
 すると、ダイニングテーブルに腰掛けていた伊集院照子が声を上げた。
「自分たちの愚かさにようやく気づいたようだ。まあ、遅すぎるかもしれないがな」
 新野辺たちは不思議そうに伊集院照子を見る。
「こちらは?」
 返答に困る質問だ。
 なんと答えるべきか。
「私のことは気にするな。話を進めろ」
 不可解そうにしながらも、新野辺は話し始めた。
 まずは現在の事情からだ。
 人外特殊災害対策室は責任者が大家貴信から鳴音楽へと変わったようだ。
 鳴音楽が具体的な人外の駆除方法を、実際に一ツ目を倒すことで実証し、それをサポートした鳴音弦も評価され、室長となった鳴音楽のサポート役として抜擢された。
 それまでの考え方も一新され、通力に傾倒する委員会の考え方を一転し、急遽警察庁、防衛省との連携が決まった。
 愕然と訊いていた。
「ずばり訊きますが、あなた方、つまり鳴音奏氏を含め、ユーナ氏、ナユタ氏、ラナ・カン氏は人類の敵なのか味方なのか」
「はい?」
「鳴音楽室長はあなたのことを人類に盾突く悪人では決してないとおっしゃっています。しかしそれは肉親の言葉。我々の中では訝しんでいる者も多くおります」
 それは仕方無いことだ。事実、奏は人外を連れて逃亡するという反逆行為に手を染めたのだ。それが大家貴信の策略で多少デフォルメされようとも。
「我々も同様です。そのことを確認するためにこうしてやってきたのです。ぜひ、あなた方の口から身の潔白を証明していただきたい。そうすれば我々はあなた方を追う事もないだろうし、むしろ協力体制を整えられる」
「協力?」
「ええ。明日の人外襲来。あちらの世界からこちらにやってこれるなら、三人の人外もその穴を取っ手元の世界に戻れるはずです。その手引きをしてもいい。もっとも、あなた方が身の潔白を証明できたらですが」
 身の潔白の証明。
 そんなこと、一体どうすればいい。
 でも証明すれば、あれだけ苦心していた隔世へ戻すことも人間の協力のもと行える。
 すると、突然伊集院照子が高笑いを始めた。
 全員の視線が伊集院照子に集中する。
「笑えるな。実に笑える。いいように口車に乗るなよ奏。前にも教えたが、お前が一番警戒しなければならないのは人外などではない。明日の人外襲来の危機などでもない。一番警戒すべきは人間。人間の敵は、人間以外有り得ない」
「お言葉ですがお嬢さん」
「お前にお嬢さん扱いされる覚えはない。お前らの魂胆は分かっている。身の潔白を証明白などと吹っかけて、襲来する人外の情報を得ようとしているのだろう。馬鹿にするのもほどほどにしろ。情報が欲しいのならそれなりの態度で示せ。偉そうに上からものを言ってるんじゃない。少なくとも菓子折りのひとつでも引っさげて、丁重に床に額を擦りつけな。出来ないのなら諦めて尻巻くって帰りな」
 三人の中年は顔を見合わせた。伊集院照子はさらにまくし立てる。
「偉そうに私に駆け引き持ちかけてんじゃないよ。愚か者は愚か者らしく涙鼻水たらして哀願しな。人外の弱点が知りたければまずは貴様らから条件を示せ。その条件で協力するかしないか判断するのはあんたらじゃない。私たちだ。いいか、愚か者どもよく聞け。私たちと交渉したいなら一番偉い奴を連れてきな。鳴音楽といったか? そいつがここに手土産を持って話しに来たらいくらか話を聞いてやってもよい」
 新野辺は一瞬顔を蹙めたが、三人の中年が互いに顔を対わせると、小声で二三言葉を交わす。すると、奏に向き直った新野辺は穏やかな表情で言った。
「お父上が来たら奏氏が話づらいだろうと、むしろ気を遣い過ぎたようです。室長ならすでに来ています。必要であればこの場においでいただきましょう」
「え?」
 親父が?
 なにか発言する間もなく、新野辺は携帯電話を取り出すと父親らしき人間に連絡を取った。
 程なくして玄関に誰かが入ってくる音がしたと思うと、居間に現れたのは鳴音楽本人だった。
「奏、元気そうだな」
 奏は全身が即座に凍りついた。
 そう。新野辺の気遣いはまさに的を居ており、奏は父親のまではなにも発言できやしない。
 しかも、父親の背後には弦が立っている。緑眼が二人揃えば威圧感は相当なものである。
「来たな緑眼」
 伊集院照子が言った。父親は伊集院照子の存在に気づくと、一瞬、眉を顰めた。
「まさか……」
 父親はらしくなく言葉を失った。
「ご存知なんですか?」
 弦が背後から声をかける。
「いやまさか。信じられん。だが……」
 やはり言いよどむ鳴音楽。
「纏っている情気からして常人ではない。奏がS級の御札を本部から盗み出したと聞いてから、もしやと思っていたが」
「一体誰なんです? 知ってる方ですか?」
「知ってるもなにも……まさか御札状態から復元されたというのか……?」
 知っている。父親は伊集院照子を知っている。
「奏がやったのか?」
 父親が奏を見た。
 奏は卑屈に目を逸らしながら頷いてみせると、父親は目を丸くして額を撫で付けた。
 どういう意味の態度だろう。びくびくしながら様子を覗っていると伊集院照子が口を開いた。
「いい加減なことを。少しは予想していただろうに。まあ、自己紹介は要らないみたいだがな」
 伊集院照子が悪戯っぽく笑う。
 父親は息苦しそうに顔を蹙めた。
「いや、しっかり自己紹介してもらおうか」
「必要ならするが、それを言ったらあんたが信用を失うぞ、緑眼」
「いいから名前を名乗れ。お前は伊集院照子なのか?」
「伊集院照子ですって?」
 そう驚嘆の声を上げたのは弦だけではない。新野辺もソファーから腰を上げるほど驚愕した。分からないのは何とか庁とか、何とか本部とかいった二人だけ。
「まさか、どうして明治の英雄がここに? そんなわけがない。なにを根拠にそんな馬鹿げたことを?」
「そうです父さん。明治から生き続けていたとでも言うんですか?」
 父親は煙たそうに肩を竦める。
「一から話してやるつもりはない。だが、よく知ってる顔だ。間違いない。藪北ファミリーがあっさり敗れたと聞いてどんな猛者が要るのかと思えば、相手が彼女なら無理もない」
「説明してください。父さんが頭がおかしくなってしまったとは思いたくない。まさか冷凍状態で現在まで保存されていたなどと曰わないでくださいよ」
 鳴音楽は溜息ひとつ漏らしてから言った。
「委員会の最高機密事項の一つだ。口外は出来ない。だが信じろ。事実だ」
 伊集院照子はテーブルをとんとん叩く。
「そろそろ交渉を始めないか? さて、どんな土産を持ってきた? まさか手ぶらって訳じゃあるまい」
「相手が明治の英雄だと分かっていればもう少し土産の内容も変わっていただろうけどな」
「いいから出してみな」
 父親が提示した土産は、奏の願いをかなえようとするものだった。
 つまり、人外襲来時に人外をイスカ領域の穴に放り込む手伝いをするというのだ。
 思ったとおりであったが、伊集院照子は納得したようだ。
「確かにこいつらだけでは隔世には渡れないだろう。他の人間の協力が必要かもな。まあ、それでいいか、奏」
 伊集院照子が話題を奏に向けた。
 不用意だった奏は頭が真っ白になり、ただ頷くことしかできなかった。
「で、でも伊集院さんはどうするんですか?」
「私のことは心配するな。お前の親父が私のことを知っていたのだから、こいつは私を悪いようには出来ないだろう。丁重に迎え入れるさ」
 一通り話が進むと、今度はこちらが話す番となった。
「条件に納得したのなら、次はこちらが情報を貰う番だな、奏」
 奏は言われて、ラナ・カンを振り返った。
「ラナ・カン……」
 それまで黙って話を聞いていたラナ・カンが奏の肩口に乗ってきた。
「だいたい話のスジは分かった。全て話しようじゃないか、奏」
 ラナ・カンは人外襲来を阻止すべくこちらの世界に渡ってきた。
 大家貴信の謀略で敵対されてしまったが、もともとラナ・カンは人類の味方なのである。
 ――しかし。
 奏はラナ・カンに耳打ちする。
「ラナ・カン。大家貴信のことは言わないで欲しいんだ。酷い目に合わされて怒ってるのはわかってる」
「まさか、驚いたぞ。潔白を証明するにはあいつのことを話すしかないではないか」
「そうなんだけど……」
 大家貴信。本当に酷い奴だったし、酷い目に遭った。
 だけど、伊集院照子に言われて思ったのだ。人類の誰より、今回の人外襲来危機に対して準備し、少なくとも数時間前までは人類を守る手段を唯一持っていた男だ。
 誰もが慌てふためく中、たった一人。
 変態扱いされながらも、たった一人、事態に対する準備をし、委員会の人間たちを引っ張ってきた。
「分かった。奏が言って欲しくないというのなら黙っておこう。要するに私は来襲する人外の情報を与えてやれば、逃亡状態から脱却でき、思う存分戦う事が出来るということだな」
「うん……でもラナ・カン、もう力は……」
「いや、これも戦いの手段の一つ。情報を人間に与えれば、私も人外襲来の戦いに力を添える事が出来る。今の私の精一杯な戦い方だな」
「ごめん、ラナ・カン」
「なにを謝る必要がある」
「だって、人外だって同じ世界の仲間だろ」
「心配するな。仲間ではない。人外襲来を防がなければ、私の同族や家族が危険な目にあうかもしれないのだ。憂いでなどいない」
 奏は「頼む」と一言伝えると、鳴音楽に向き直った。
 そのとき。
「私が話します」
 奏の背後で眠っていたはずのユーナが立ち上がってそう訴えた。
 奏は慌てて言った。
「ユーナは休んでて」
「私も力になりたい」
「でも、そんなことで体力を」
「いいんです」
 ユーナは確かなまなざしを奏に向けながら言った。
「私、本当に奏さんに良くして頂きました。少しでも力になりたいんです。それに、私のほうがラナ・カンより人外襲来のことをよく知っています」
 確かにその通りだった。ラナ・カンは襲来してくる人外たちの敵であることに対し、ユーナは手引き役だったのだから。
「でも」
 なおも止めようとする奏の両腕を掴んで、ユーナは悲痛そうな顔をして訴えた。
「私が奏さんのために何かの役に立てるのなら死んだって構わないんです」
 ユーナはいつだって死んだって構わないと言う。それがいつでも本気の言葉だったから奏はなおさらユーナに休んでいて欲しかった。
 ところが鳴音楽は奏の想いと裏腹に嬉々としてユーナの申し入れを受けれた。
「ありがとう。一ツ目については脳天が弱点であることは知っている。ほかにどんな人外がやってきて、どんな力や特徴、弱点を持っているのか、詳しく聞かせて欲しい」
「はい」
 仕方がない。
 奏は椅子を運んできて、ユーナに座らせると、冷えないように毛布を膝にかけた。
 少しでもユーナに変調がきたしたら止めるつもりだった。
「大した献身ぶりだな。お前の『人外を隔世へ戻す』という想い。本気なんだな」
 奏は返事をしなかった。
 なにを今さら、と思ったからだが、鳴音楽の言葉には別の所思が潜んでいることに気づいたから黙っていた。
 ユーナは話し始める。
「一ツ目の脳天が弱点であるのは、一ツ目が退化の術で『一ツ目ボタン蟻』としてこちらの世界に来た場合です。復元したとき、ボタンの場所だけはしばらく復元が遅れているためです」
「なるほど。では次も一ツ目は一ツ目として現世へ渡ってくるのかな」
「正直分かりません。でも、可能性はあります。一度開けた穴をもう一度開けるときはもっと大きく空けられると思うんです。それに、前回での問題点とかも改善されるはずだから、もっと大きな穴が空くと思います。ひょっとしたら一ツ目レベルでも、そのままの姿で渡ってくるかもしれません」
「その場合、我々は一ツ目に対してどう対処すべきだと思う?」
「一ツ目はあまり利口ではありません。大きいせいで動きも緩慢です。たった一つしかない目を潰せば動きは制限できると思います。それ以外は。大した事は思いつきません。ふだん、私たちの世界で一ツ目を捕らえたりする場合、圧縮の力を持つ能力者に、一ツ目ボタン蟻に退化させるくらいなんです」
「そうか。人間に退化の術を使える者はいない。となると、やはり目潰しか。ところで、ほかにどんな人外が襲来する?」
「やってくるのは一ツ目と二ツ目だけだと思います。後は飼いならしたトンベルクでしょうか」
「トンベルクとは?」
「獣族です。ラナ・カンのように知能レベルは高くなく、二ツ目に服従する動物です」
「犬のようなものか? どんな生き物なんだ?」
「トンベルクには三種います。ソラ・トンベルクとハシ・トンベルク、それからヨロ・トンベルク」
「ふうむ、訊きなれない名前は難しいな。その三種はどんな力を持っている?」
「ソラ・トンベルクは羽が生えており、空を飛ぶ事が出来ます。ハシ・トンベルクは地上での移動手段などで背中に乗ります」
「馬のようなものだ」
 ラナ・カンが補足する。
「ヨロ・トンベルクは甲冑の役目をします。二ツ目の身体に巻きつき、二ツ目の非力な筋力や防御力を高めます」
「なるほど」
 鳴音楽が顎に手を当てながら頷いている。
「それでは、大きく分けて一ツ目と二ツ目がやってくる。二ツ目の移動手段や甲冑としてソラ、ハシ、ヨロの三体の人外がやってくる。それ以外には?」
「ユベリア大衆国で奴隷として扱われているのは一ツ目と二ツ目の二種族です。三ツ目、四ツ目は現れません」
 ユーナの説明に鳴音楽がううんとうなる。
「三ツ目、四ツ目という種族が存在することも驚きだが」
 次にラナ・カンが言った。
「三ツ目、四ツ目は我々の同胞だ。国際連盟の同胞という意味だが」
「つまり、ラナ・カン氏はユーナ氏の敵ということか?」
「そうなるな」
 傍で新野辺たちが小声で話し合っている。ラナ・カンは気にする様子もない。
 鳴音楽が問うた。
「多少路線がずれるが、三ツ目族、四ツ目族とはどんな種族なのか。ラナ・カン氏との関係は?」
「三ツ目族は非常に知的で通力も高い種族だ。冷酷であるが身体能力も高い。四ツ目族は情熱的で野蛮。一番の特徴は寿命が長いということ。一個体が積み上げる経験の差が、三ツ目族との位の差を生んでいると言って過言ではない。まあ、そんなところかな。ユベリア大衆国では身分の位は目の数で決まるらしい。当然一ツ目は一番位が低く、四ツ目が一番高い。彼らは襲来する人外とは対を成す立場におり、敵対している。そもそも三ツ目や四ツ目が奴隷として扱っていた一ツ目、二ツ目の反乱軍だ。我々国際連盟はその叛乱が我が世界で深刻な事態を招くと判断し、こちらの世界に精鋭を送った。それが私だ」
「ふうむ。ラナ・カン氏以外の国際連盟が派遣した精鋭はどうしたのだろうか」
「無事に渡って来られたのは私一人だ。私も奏に救われなければ、退化したネジマキ猫のまま命を失っていただろう」
「それで奏と行動をともにするようになったと?」
「それもあるが、一番は奏が私の言うことを信用したことだろう。疑いもせず」
 全員が考え込むように、場に沈黙が流れる。
 沈黙を打ち消すようにユーナが口を開く。
「私は解放軍を手引きする役目で、先陣としてこちらの世界に来た者です。過去の二体の一ツ目を出現させたのも私ですし、奏さんに出会わなければ、私は手引き役としてその任を全うしていたでしょう。奏さんはなにも悪くはないし、全ては私に責任があります」
 全て責任を被るといいたいのだろう。
 冷静に考えて、それはない。奏の問題は『人外をつれて逃亡した』ということなのだ。
 奏が口を開く。
「ユーナを隔世に帰す協力をしてくれるんだろ」
 鳴音楽が奏を見る。奏は必死に目を逸らさないように勤めた。
「これからの話の内容による。ラナ・カン氏は自然管理委員会本部を襲撃し、ユーナ氏は大家貴信に向けて自分が人類に敵対していると自白してしまっている」
「自白?」
 奏がユーナを振り返る。
 ユーナは戸惑ったように奏を見返す。
「私、言い逃れをするつもりはありませんが、自白した憶えがありません」
「記憶がないだけだろう。薬を使ったのか、他の手段を使ったのか分からないが、君は人外襲来について大家貴信に問われ、こう答えた。『虹色の洞窟』と」
 奏はユーナの返答を待った。ところがユーナは何のことか分からなそうに奏を見たり鳴音楽を見たりラナ・カンを見たりしている。
 ラナ・カンが奏を見ているのに気づいた。
 ラナ・カンを見返す。なにを言いたいのかは分かっている。
 ここで大家貴信の悪行を全て話せば、懐疑の視線は全て払拭できるかもしれない。
 鳴音楽が言った。
「委員会の上席連中、それに海外使節の連中を納得させるだけの理由がいる」
 どうするべきか。
 思い悩んでうつ向いた奏に向かって伊集院照子が大きな声を上げた。
「お前らは全員揃って大馬鹿やろうたちだな!」
 一斉に視線が伊集院照子に集中する。
「虹色の洞窟? なぜそんなことも分からない。現代の術師はそこまで能力が落ちぶれたのか? 落ちぶれたのなら、なぜこの私に意見を求めない? お前らの何百倍も優秀なこの私に」
「何か分かるんですか?」
 奏が詰め寄った。
「私が分かりやすいように説明してやる。馬鹿の頭脳でも理解できるようにな」
 場に緊張が生まれる。
「ラナ・カンが本部を襲ったのは、ラナ・カンが人外襲来に向けて、人間に危機感を植え付けたかったからだ。その証拠に、死傷者は一人もいないのだろう。現実、そのおかげで、微々たる物であるが人外襲来に対する準備を行う事が出来たし、こうしてお前らが明日の人外襲来について真剣に議論できているのだ。頭の悪いお前らには考えも及ばないだろうが、ラナ・カンは一番効率的で一番聡明な手段でお前らを救おうとしたのだ」
 無駄に思える大きな声も、説得力を持たせるには必要なパワーだった。
 鳴音楽が「分かった」と頷いた。
「それでいいだろう。他にも委員会を説得する理屈はある。それでいいな?」
 鳴音楽は新野辺たちを振り返った。
「我々は情報を得られれば、どんな条件でも構いません」
「ということだ。さて、ユーナ氏とナユタ氏だが」
「それも簡単」
「簡単?」
 睨み付けるように鳴音楽が伊集院照子をみる。緑眼にまるで物怖じしない伊集院照子は、むしろ憎む相手のように刺々しく言った。
「虹色の洞窟、とは自白ではない。これもお前らを救うために与えたヒントだ。愚か者で通力も低いお前らにとっては何のことだか分からないだろうが、これはほぼ場所を指し示しているに等しい」
「でも私、本当にそんなことを言った憶えがないんです」
 ユーナが訴える。伊集院照子は呆れるように肩を竦めて見せる。
「イスカ領域。それを視覚的に捕らえた場合、まさに表現方法としては虹色の洞窟という言葉が相応しい。普段、お前らのように愚か者の術師には視覚的に捕らえる能力などないだろうが、私には見える」
 ふと、奏は思い出した。
 伊集院照子が園山について「ここにイスカ領域は存在しない」と断言した。
 イスカ領域は人外が出現して見せなければ、その存在に気づける人間はいない。
「ユーナはイスカ領域を目で見る事が出来るのか?」
 伊集院照子の問いに、首を横に振るユーナ。
「だが、人工的に大きく広げられたイスカ領域が普段より大きな力を放出する瞬間、それはユーナにも視覚的に捉える事が出来たはずだ。イスカ領域を通ってくるときの記憶はなくとも、薬や催眠術などの方法で意識が混濁状態にあるとき、ふと幼児の頃の記憶が蘇るのと同様、お前は無意識に口にしたのだ」
 今まで口を閉ざしていた鳴音弦が口を開いた。
「しかし、虹色の洞窟がイスカ領域を指し示すものだとしても、どうやって場所を特定できるというのですか? 日本中には百を越えるイスカ領域が存在します」
「それについては奏が答えるだろう。おい、奏。お前、どこかで虹色の光を見てないか?」
「俺が? 虹色の光なんて……」
 見た事がない。そう言おうとしてふと気づく。
 あの夜。
 奏の初仕事の夜。ユーナとナユタに初めてで会った夜。
「み、見た事があります」
 伊集院照子に向けられていた視線が、一斉に奏に集中する。
「どこだ、奏」
 鳴音楽の低い声。
「あの夜。初仕事の夜。ユーナと初めて会った夜、青空公園で見ました」
「正確な場所を覚えているのか?」
 奏は戸惑いながら頷いて見せた。
 伊集院照子はおかしそうに笑って見せてから言い放った。
「これで人外襲来の正確な位置が判明した。いいか、愚か者の術師たちよ。現状を見ろ。お前らが慌てふためいている中、人外襲来について一番人間たちの行動を煽り、情報を提供し、人外襲来の正確な場所まで探り当てたのは、今までお前らが敵対して追い掛け回していたここにいるラナ・カンとユーナと奏だ。誰よりも人類に貢献しているとは思わないか。偉そうに上からものを言うのもこれが最後だ、馬鹿者どもめ。お前らは黙って私たちの要求どおりに動いて、今度は私たちにきっちり貢献しろ」
 何てことだろう。
 伊集院照子は一瞬にして、これまで絶望的だった奏たちの立場を逆転して見せたのである。
 おかしそうに笑って見せたのは伊集院照子だけではない。
 鳴音楽が肉食獣のように歯をむき出して笑って見せた。
 初めて見る父親の表情に鳥肌を立てた。
「まったくその通りだ。これは我々が奏たちのために尽力を尽くさなければならない番だな」
 父親が奏を見た。
「人外襲来はなにをしようと必ず起こる。我々が手をこまねいている間、着実にお前たちが動いていたおかけで、我々は明日の準備が出来る。委員会には私のほうから上手く説得する。その後のことも心配するな。俺が全て上手くやる。最後の大仕事だからな」
 鳴音楽の優しい言葉。
 厳格な父。
 恐ろしい父。
 今ほど頼もしいと感じたことはない。
 感動すら覚えながら 奏はユーナを見ると、ユーナが目を丸くしている。
「ユーナ、帰れるよ。自分の世界に」
 ユーナはまん丸にした目に涙を溜めて「本当ですか?」と訊いてきた。
「本当だよ。ほら、信じてて良かったろ。諦めないで良かったろ。絶対に帰れるって言ったじゃないか」
「また家族に会えるんですか?」
「会えるよ」
 そう言うと、ユーナは顔を伏せた。
「すごい……奏さんは本当にすごい。本当に約束を守ってくれるなんて。あんな絶対に無理な状況だったのに。誰だって諦めて不思議じゃないことばかり起こったのに。私は何度も何度も諦めたのに」
 ユーナは両手で顔を覆って泣き出した。
「ナユタの様子を……」
 そう言ってユーナはナユタの寝かせてある隣の座敷まで歩いていく。
 奏のおかげ。奏はそう思えなかった。そのほとんどは、伊集院照子のおかげだ。彼女はその伝説が指し示すとおり、本当に頭のいい術師だったんだ。
 奏は伊集院照子を見た。
 すると伊集院照子は奏を睨みつけて「なに見てやがる」と悪態づく。
「勝手に復元させたのに、どうして味方してくれるんですか?」
「何度言わせる? 私の御札状態を解除したお前には私に対して責任があり、同様に解除させられた私にはお前に責任が発生する」
 そう言って顔をそむける伊集院照子。
 代わりに口を開いたのは鳴音楽。
「色々事情がある。そのことについては全て終わったあと、俺からお前に聞かせてやる。今は情報提供を頼む。すぐに作戦を練り直し、明日までに準備しなければならないからな」
 奏は頷いてみせる。
 それからほぼ夜通し通して、ユーナとラナ・カンから全ての情報を鳴音楽に提供したのだった。
 
 
 
 夜が明けた。
 オレンジ色のカーテンが室内を朱色に染め、まるで夕暮れのような印象を抱かせた。
 居間のソファーに横になっていた奏が身体を起こすと、静寂な室内を意識した。
 これから人類未曾有の人外襲来が起こるとは思えない静寂だった。
 糸が張るような森閑。
 時計の針が時を刻む音だけが、時間の流れを意識させる。
 奏は身体を起こした。
 身体の節々が痛む。
 眠れたのは三時間程度か。
 隣の座敷間で眠るユーナとナユタの様子を覗った。
 静かに寝息を立てており、傍らには子猫サイズのラナ・カンも猫のように包まって寝息を立てている。
 伸びをしながらトイレに向かうと、バスルームからシャワーの音。伊集院照子だろう。
 用を足し、居間に戻るとユーナがおきていた。
 テレビのBGMもなく、外からの騒音もない。まだ世間は眠っている早朝。
 ユーナは奏を待っていた。
「おはようございます。奏さん」
 静かな朝を強調するかのような静かな声だった。
「おはよう、ユーナ」
 目を細めて、にっこりと笑みを作るユーナ。
 思わず胸が大きく鼓動する。
「奏さん。よく眠れましたか?」
「うん。まだ少し眠いけど」
「もうすこし休んでても大丈夫です。私、起こしてあげますから」
「うん。でも、もう眠れそうにないよ。嫌な夢を見そうだし」
「嫌な夢?」
「うん」
 すると、心配そうなユーナが近寄ってきた。
 ものすごく近い。
 今、ラナ・カンもナユタも眠っている。
 伊集院照子もバスルームでシャワーを浴びている。
「嫌な夢ってなんですか?」
「それは……」
 答えないでいると、ユーナがうつ向いた。
 一拍の間。
 ユーナが奏の手を握った。
 ユーナの手が震えていた。
「私も恐いです。私、今さら自分の世界に戻って、本当にちゃんと生きられるか」
 ユーナは隔世では裏切り者。
「大丈夫だよ。ラナ・カンと一緒に帰るんだ。ユーナが人外襲来に協力したと、ラナ・カンに言ってもらえば、きっと守ってくれる」
「本当ですか?」
 ユーナが顔を起こして、奏を見る。
 いつもだ。
 瞞されているのかな。
 毎度こうやって視線を向けるユーナに、最初から瞞され続けているのかな。
「きっと大丈夫」
 ユーナは少し笑って、少し残念そうに「もう、奏さんともお別れですね」と言った。
 ――嫌な夢。
 それはユーナとの別れ。
 ユーナを隔世に戻すためにやってきたと言うのに、その実はユーナと別れたくなかった。
 ユーナがこの世界で生きれればいいのに。
「私、もっと奏さんと一緒に居たかった。私があっちの世界の住人じゃなければ、ずっとこっちの優しい世界で奏さんと生活できたのに」
 想いが重なっている。
 決心が揺らぐ。
 隔世に戻さないとユーナは死んでしまうのに、このまま手を握ってどこかへ逃げてしまいたくなる。
「奏さん。私たちの世界では、挨拶にするときに、することがあるんです」
「挨拶?」
「そう。挨拶です。おはようございます。こんにちは。こんばんは。そんなときにすることがあるんです」
「どんなこと?」
 ユーナが再び顔を伏せ、ちらりと奏の顔を覗いてくる。
 手は握り合ったまま。
 胸は高鳴ったまま。
「なんだよ。何をするんだ? 御辞儀とか?」
「違います。もっと違うこと」
 ユーナは身体を捩じらせてもじもじする。
 なんだろう。
 何度も何度も奏の表情を覗いながらユーナがぼそりと言った。
「口と口をくっつけて……」
「く、くち……」
「た、ただの挨拶です。こんにちは。おはようございます。こんばんは……」
 消え入っていくユーナの声。
 なにも言えない。
 ユーナもうつ向いたまま顔を起こさなくなった。
 ただの挨拶。
 こんにちは。
 こんばんは。
「本当に……挨拶?」
「はい……ただの挨拶です」
 全身が心臓になった。
 風もないのに地面が波打っている。
 時間の流れが突然急速に流れ出す。
「火を吹く女は……恐いですか?」
 そんなわけがない。
 奏は震える手をユーナから離し、ゆっくりと持ち上げる。
 ユーナの両肩に触れる。
 ユーナは肩を張っている。
 挨拶。
 ただの挨拶。
 おはようございます。
 こんにちは。
 こんばんは。
 そして、さようなら。
 少し力を込めて、ユーナの身体を引き寄せる。
 すると、ユーナが顔を起こし、奏を見上げた。
 不安そうな。
 悲しそうな。
 やはり、別れの挨拶。
 ユーナが双眸を閉じた。
 ユーナの顔が間近にあった。
 近づけていく。
 心臓が大太鼓の連打のように大きな音を心に轟かせる。
 火を吹く少女。
 彼女はこちらの世界にやってきて、一体どんな思いだったのだろう。
 帰ることの出来ない、孤独への旅。
 奏は?
 ユーナの唇に、唇を重ね合わせたとき、自分の胸には一体どんな感情があふれ出すのだろう。
 近づいていくユーナの顔。
 奏も瞳を閉じ。
 ――がちゃん!
 居間のドアが開く。
 まるでその音は、食器を思い切り床に落としたかのごとく、間近で起こった落雷の音のごとく聞こえてきて、奏は竦みあがった。
 弾かれるようにユーナと奏が距離を置く。
「お」
 居間に入ってきた伊集院照子は声を上げて固まった。
 何かに気づかれてしまっただろうか。
 ドキドキしながら振り返って伊集院照子の様子を覗った。
 今、ユーナと奏がしようとしていたことがバレてしまったどうじようなどという杞憂は、一瞬で吹っ飛んだ。
 なぜなら、そこに全裸の伊集院照子が立っていたからだ。
 全身の血液が頭に流れ込んできた気がした。
 ぼんっ、と音を立てて脳天から噴火を起こしたかと思うと、奏はそのまま仰向けに卒倒した。
 
 
 そして、未曾有の危機がやってくる。
 それぞれの運命を背負った戦士たちが、それぞれの想いを込めて戦前へ向かう。
 そこに訪れる結末は、最良であるか、最悪であるか。
 まだ、誰にも知りえなかった。

 

----------------------------------------------------------------------
PREV                          NEXT
----------------------------------------------------------------------

【訪問者】  【閲覧者】

inserted by FC2 system